第7話
闇ギルド「スノウホワイト」の本部は、名前からして威圧的な印象を持っていたけれど、目の前に立つ木造の二階建ての家を見て、正直、肩透かしを食らったような気分ね。
もっと陰湿で巨大な砦のようなものを想像していたけど、確かにそれだと一瞬で正規ギルドや軍に見つかってしまうわよね。
マイラの準備した変装は簡素なもので不安もあったけれど、何故か闇ギルドの人間には気づかれず、あっさりと保管室に辿り着けたわ。警戒心が無いのか、あるいはおバカさんが多いのかしら。
「お前、装備はそのアクセサリーだけでいいのか?」
マイラが疑わし気な視線を向けて来た。全く、魔法を知らない人間はこれだから駄目なのよ。
「ええ、これさえあれば十分。貴方こそ、その軽鎧で平気なのかしら?」
「私の体は頑丈だ。生まれつきの
「確かバジリスクと人間の合成生物だったわね。ここまで自然に混ざるなんて、滅多にないわ。まさか、血縁関係でもあった?」
軽い冗談のつもりで聞いたつもりだったけど、マイラは低い声で話し始めた。どうやら、本当だったみたいね。
「ああ、生まれてすぐ、知らぬ間に混ぜられた。顔も知らない双子の姉がバジリスクだったんだ」
マイラは懐かしむように一瞬だけ視線を遠くに向けた。
「じゃあ、雪の女王への恨みはそのせい?」
「いや、違う。親父の形見の剣を奪われた。私はそれを取り戻すだけだ」
「雪の女王って人以外もコレクトしていたなんて初耳だけど」
「その剣を奪ったのは、彼女に仕える人間だ」
「まさか、アウリスが?」
「そうだと言ったら?」
マイラは挑発するようにニヤッと笑う。
「そうだとしたら、アウリスを殴って取り返してあげるわ」
「そうかい、それは心強い。だが、残念ながら違う奴さ。氷の戦士、クリメントっていう奴だ。知ってるか?」
「前に戦った時に居た気がするけど……、覚えて無いわ」
「そんな気はしてた。さて、もう装備は整ったか?行くぞ」
武器を色々物色しているソウイチにマイラは声をかける。ソウイチは既に装備を整え終わっているようで、いつの間にかバーニーから貰った鎧に着替えていた。
「ちょっと待って!何か強そうな武器があるかも……」
「お前の女神様から授かった武器以上のは無いよ。ほら、さっさとしないと他の連中が来るぞ」
「あー、俺のドラゴンスレイヤー……」
「ソウイチ、ドラゴンスレイヤーが欲しいなら、私、持ってるわよ?」
「マジで!じゃあ、戦いが終わったら頂戴!」
ソウイチはドラゴンスレイヤー如きに目をキラキラと輝かせている。彼の元々居た世界ではそれほど高価な物だったのかしら、あれ。ゴーレム製造時のくず鉄として利用できないか前に剝ぎ取った物が有り余ってるから、いくらでもあげるけど。
「別にいいわ。有り余っているし。マイラも欲しい?」
「いらねぇよ。私はこの一振りで十分さ」
マイラは腰の古びた剣を指し示す。確かに、ドラゴンスレイヤーより上等な剣は世の中に何本もあるしね。
「装備も整ったことだし、どんどん行くわよ」
「おー!」
「少しは気をつけろよ」
「まあ、大丈夫よ。何が来たところで、直ぐに倒すわ」
保管室のドアを開けた途端、いきなり闇ギルドの仲間たちと鉢合わせたわ。装備を取る時に変装は解いていたから、言い訳も効かなさそうね。
「おい、チビエルフ、何が来ても直ぐに倒すんだろ?」
「えーっと、それはそうなんだけど、この距離感で魔法を打ったら皆巻き込まれるわよ。って、今、チビエルフって言ったかしら?鳥女」
「ああ?」
「まあ、二人とも落ち着けって。ここは、俺に任せろ」
ソウイチが白い歯を煌めかせて、堂々とした足取りで敵の前に進んでいく。一体、彼は何を考えているのかしら。
「どーも、皆さん。異世界の勇者です」
ソウイチが唐突な冗談を投げかけ、辺りには微妙な空気が漂った。
「「「「は?」」」」
不意を突かれた表情の私含め全員がつい声を漏す。
「ソウイチ、何をふざけてるのよ?」
「セベラ、知ってるか?初手でボケると、相手は不意を突かれやすくなるんだっと」
ソウイチは素早く大剣を振り抜いて腹で二人を叩きつけた。その一撃で二人の男は壁に吹き飛び、床に倒れ込む。動かないし、気絶しているみたいね。
「よし、二人とも行こう!」
「そんな方法、アリなのかしら……」
その後の道のりは華のない戦いの繰り返しだったわ。銅プレート冒険者程度の力しかない敵を前に、ソウイチとマイラが容赦なく峰打ちで倒していく様は、見ていて滑稽なほどね。
彼らは悪人なのだから、憐憫なんて湧かないけど。
外に出た瞬間、周囲を見回して気を緩めた。敵の影は無いどころか、気持ちのいい朝日が辺りを照らしていた。
「こんなに簡単で良かったのかしら」
「本番はこっからだろ」
マイラが静かに指をさした。すると、向かいの建物の二階の窓から青いマントを纏い、細身の剣を構えた仮面の女が降って来たわ。
可憐に地面に着地するなり、マントをたなびかせて高らかに声を上げだした。奇人、或いは馬鹿、天才という可能性もあるけど、どうでもいいわね
「我こそは――!」
「セベラ、あれ誰?」
「私も知らないけど、仮面が派手だから強いかもしれないわね」
「あれは、雪の女王の眷属オレーシャよ。魔剣士だから気をつけて」
三人で話していたら、オレーシャは急にこちらに向かってつかつかと歩み寄りながら、叫び出したわ。友達になりたくないタイプね。
「ちょっと!名乗りの途中なんだけど!」
「
「ちょ、いきなりは卑怯でしょ!
「
「もう!やめてってば!って、マントが燃えてる!?」
オレーシャは地面に転がって、マントの火を消すと、再び堂々とした足取りでこちらに歩み寄ってくる。
「さて、気を取り直して。我こそは……!」
「
「自称ゴーレムマスターさんよ、ご自慢のゴーレムは使わないのかい?」
「こんな奴に使うのが勿体ないのよ。安い奴は全部、ソウイチに壊されたし」
高いゴーレムは破損した時に、パーツに使っている素材が高価なのと、製造方法が特殊な物もあるから使いたくないのよね。フレームに傷、歪みが入るだけでも10メタル以上するのよ。それをわからないから、素人は。
「セベラ、やっぱり、吸血鬼に負ける程度だから……」
レッサーヴァンパイア如きに負ける程度の私な訳ないでしょ。もう、この際だから私の実力を示すしか無いようね。後で私のゴーレムに見とれて、弟子になりたいとか言われても断ってやるんだから。
「……わかったわよ!使えばいいんでしょ!使えば!」
「おい、貴様ら!少しは私の話を……」
「
こうなったら、私のゴーレムシリーズの中でも力作の一つ、フランマハウンドを使ってやるわよ。あんなナルシストなんて、燃やし尽くしてやるわ。
指輪が光り、地面に魔法陣が現れた。そして、魔法陣の中から黒い炎が立ち上る。そして、炎の中からフランマハウンドのボディが見えた。そうそう、やっぱりこの黒いフレームをベースとした分厚い装甲が良いのよ。
それなのに、アウリスはそこの所、スリムなボディの方がカッコイイと言って、言うことを聞かなかったのよね。あんな細身のボディだったら、ドラゴンの攻撃に耐えられるのかしらというものよ。
「セベラ、これは、ゴーレムなのか?」
「ええ、そうよ。私の傑作のひとつ、フランマハウンドよ」
「俺、目がおかしくなっちゃったかな。それとも、夢でも見てんのかな?あれは、まさに、巨大人型ロボットだろ」
「ロボット?何それ?もしかして、北の人たちの言う
「違う、違う、俺の元居た世界で言う、巨大な人型で動く機械のことだ」
「まあ、つまり、ゴーレムの別称と言う事ね。まあ、今はそんな事、どうでもいいわね。さて、オレーシャだったかしら?覚悟しなさい!フランマハウンド!戦闘モード起動!」
音声認識で私の声を識別し、フランマハウンドは起動するわ。そして、安全モードから戦闘モードに切り替わると、内蔵している人造精霊による制御で私の指示通りにフランマハウンドは動くのよ。ただ、人造精霊の学習量が足りて無いのと、歩行の制御が難しかったのと、強度的課題があったから、キャタピラーにしたことがデザイン的にちょっと不服なのよね。ただ、音声認識機能と人造精霊を搭載できたたと言う点に置いては努力した甲斐があったわね。
「フランマハウンド!北に向かって一斉掃射!」
「ワカリマシタ」
フランマハウンドの両肩のボウガンから無数の矢弾がオレーシャの居る方向に向かって無数に放たれた。建物が少し壊れたけど、まあ仕方ないわね。
「死ぬ死ぬ死ぬって!」
立ち上る土煙の中からオレーシャが飛び出て来た。案外しぶといのね。だったら、次の手を打つまでよ。
「フランマハウンド!焼き尽くすのよ!」
「ワカリマシタ」
フランマハウンド、炎の猟犬というその名前の通り、火炎放射器が備わっていない訳が無いのよ。フランマハウンドの脇腹部にある砲台が展開され、光線が放たれる。そして、辺りは火の海に包まれた。
「見たかしら、これが私の実力よ」
「「やりすぎだ!」」
愉悦に浸っていたら、二人に殴られた。どうしてかしら。
「オレーシャは倒したし、多分、他の闇ギルドの連中も倒したからいいじゃない」
「あのな、馬鹿エルフ、いくら街の住人はもう居ないとはいえ、この惨状をどうするつもりだ?」
「馬鹿とは失礼ね……」
言われてみれば、確かに建物は大体更地になったわね。今も炎が次々に家を焼いているし、光線に当たったところは全て溶けた石と炭を残すだけだし。
「まあ、家なんて数年で建てるし、問題無いわね」
「セベラ、人間にとっての数年は長いんだぜ……」
「私、協力者、間違えたかもな……」
「何よ、その態度は。とにかく、邪魔は消えたし、行きましょう」
渋い顔をしている二人を連れて、雪の女王の元に向かうのだった。
「ところで、雪の女王の在り処の情報はあるのかしら?」
ふと、町を出て、山に差し掛かったところでマイラに聞いてみた。そろそろ、日も暮れそうだし。
「私も知らない。前に戦ったのはこの山だったが、もう移動したかもしれん」
「おい、まてよ!目的がどこにいるかわからないまま、ここまで来たのか!」
「そうなるわね」
「そうだな」
ソウイチは目を大きく開けて、だらしなく口を開いている。馬鹿面を晒して、笑いを取りたい気持ちは尊重してあげたいけど、生憎、構ってあげる程の時間の余裕は無いのよね。
「どうしてそんな冷静なんだよ!」
「まあ、それはな」
「そういうことね。それは」
「「雪が降る所にあいつは居る」」
マイラと声が重なる。
「ちょっと!何被せてるのよ!」
「仕方ないだろ!そっちこそだろ!」
「なあ、二人とも、この山に雪は降ってるか?」
「降ってないな」
「降ってないわね」
「じゃあ、絶対違うじゃん!」
全く、そんな些細なことで怒っていては寿命が縮むだけよ。雪が降っているのは、この山では無いのは勿論、分かっているわよ。
「確かに、そうかもしれん!」
「何真面目そうな顔で納得してるのよ!まさか、鳥女、貴方も気づいて無かったの?ほら、向こうの空を見なさいよ。曇っていて、かつ白い霧みたいになってるでしょ。雪が降ってるか、霧が出てるかの二択でしょ。確認するなら、山から見下ろせば分かるわ」
「確かに」
「珍しく、まともだな」
「何感心してるのよ。ほら、さっさと行くわよ」
気を取り直して、私たちは雪の女王の元に向かうのだった。
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エメス・シーカー:自称ゴーレムマスターのエルフは異世界転生者と出会う 雨中若菜 @Fias
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