第6話

 途中までは良かった。途中まではよかったのよ。気が付いたら、私は手足を縛られた状態でどこかの地下牢の中に閉じ込められていた。暗視が利くので、灯が無くても大体の部屋構造はわかるけど、分かったところで道具無しだとどうしようもない。


 取り合えず、状況を整理する。まず、私はゴーレムに乗って北の町まで私は辿り着いた。そしたら、町に人の気配が無くて、変だと思って調査をしようと近くの酒場のドアをノックした。そしたら、ドアが開いて、そこから先の記憶が無い。


 精霊魔法耐性を上げる防具類を装備していたはずなのだけど、記憶を消されていると言うことを考えると、まさか、神に祝福されし者は既に雪の女王の眷属にでもなっているとでも言うの。


 王都の、しかもジーモンのギルドのあるフロサクアの近くで、あり得るのかしら。魔神が召喚されれば、王都の占い師や星詠み達が気づくだろうし。


 そうなると、飲んでいた酒に毒でも混ぜられていたのね。迂闊だったわ。


 色々考えても仕方ない。まずは脱出方法を見つけないと。いい感じに隠し扉とか無いかしら。こういう時、布団として置いてある藁の下に出入り口があるとか。


「セベラ!」


 藁の下の木製の蓋を外すと、見慣れた異世界人の顔が見えた。思わず、蓋を閉める。こんな都合の良いことがあっていいのかしら。


 もう一度開けると、木目に合わせて顔を真っ赤にしたソウイチの姿があった。


「いきなり閉めるなんて酷いよ!」

「あら、ごめん。まさか、貴方がここにいるとは思わなかったもので」

「事情は後で説明するから、まずはついてきて」


 ソウイチについていくままに、藁を被せて蓋を閉め、梯子を下りると少し広い空間に出る。そこには既に光明ルクサロアで作った光の球を片手に持った女の姿があった。


 姿かたちは人間みたいだけど、体の所々は鳥っぽい。眼帯をしていて胡散臭いわね。


「ねえ、ソウイチ。この盗賊女は何者?それに、どうしてここに?バーニーの所にいたんじゃないの?」

「それは……」


 ソウイチが言い淀んでいると、例の鳥女が話しに割って入って来た。


「エルフのガキ、そいつはお前を助けるためにわざわざここまで来たんだ。まずは感謝位するもんだろ」

「何よ、貴方」

「礼儀の成ってない奴に名乗るななんて無い」


 何よ、礼儀が成ってないって。ガキと言う貴方の方が礼儀が成ってないわ。


「何よ、鳥人間」

「何だと!?」

「まあまあ、二人とも落ち着いてって。セベラ、彼女はマイラだ。取引に応じてくれるなら手を貸してくれるって」

「ソウイチ、甘いわね。盗賊は裏切るわよ。きっと、既に他の仲間に場所を知らされているに違いないわ」

「別にそんなことはしねぇよ」

「まあ、私の眼が黒いうちは好きにさせないわ」

「セベラって、そんなに強いのかな……」

「何よ!私はゴーレムマスターよ!ゴーレムさえあれば、誰にも負けないわ!」

「そんなに大声を出すなよ。ここで言い合ってても仕方ないし、ほら、さっさと行くぞ」


 マイラとソウイチには、色々と言いたいことはあるけど、助かったのは事実だし、マイラの言う通り、ここでダラダラしているのも時間の無駄だから、特別にこれ以上は何も言わないであげる。私って本当に優しいわね。


 マイラ先導の元、地下の横穴を進む。そう言えば、ここはどこなのかしら。プロセの町のどこかだとは思うのだけど。


「セベラ、君があの夜に突然いなくなって、随分探したんだぞ」

「ご苦労な事ね。でも態々、どうしてそんなことを?」

「あのな、セベラを探す以外の事をすると神罰が降り注ぐんだよ。知らないなんて言うなよ」

「知らない」

「多少は知っててくれよ……俺の苦労を!辛酸を舐めるような思いをした日々を!」


 あの契約はてっきりソウイチが契約を破棄しようとした時のみ神罰と言う名の雷が降り注ぐものだと思っていたけど、そうでは無いのね。


「こればかりは私の責任ではないのよね。まあ、雷に当たった気持ちで過ごすといいわ」

「俺の異世界生活、あんまりすぎるだろ……」

「そういえば、いつの間に共通語を覚えたのよ」


 何気なく話していたけど、ソウイチはつい最近まで古代語しか話せないはずだったわよね。


「あたしが魔法で喋れるようにしてやった。こいつ、多少は精霊魔法の適性が高いのか、この程度の魔法は直ぐに覚えたぜ」

「セベラだって魔法使いなんだろ。どうして今まで教えてくれなかったんだ?数時間で習得できるじゃないか」

「あー、それは……」

「ははーん、さては、神罪人だな」


 全てを察したような様子でマイラはニヤニヤとこちらを見てくる。急に自分の方が優位になったようで、癪に来るわね。


「うっさい」

「しんざいにん?」

「神に祝福されし者とは正反対の存在さ」

「つまり、なんだ?」

「あー、そうだったな。お前、何も知らないんだったな。えーっと、この世界には精霊とか神とかいろいろいるじゃん?」

「それって、昨日マイラに見せてもらった奴?」

「そうそう。それで、神に祝福されし者って言うのは生まれつき、そういう類の奴らに存在が近くて好かれる人種全般を指すんだ。逆に。神罪人は生まれつき嫌われている奴らの事だ」

「それって何かデメリットがあるの?」

「まあ、いろいろあるが、一番は精霊を使った魔法が使えないことと、精霊魔法を防げないことだな。だから……」


 マイラは突然人差し指で何かをなぞった。その途端、足に何かが引っかかってそのまま転ぶ。


「ちょっと!何するのよ!」

「今の、ソウイチは見えただろ?」

「セベラは”かみつみびと”だから見えないってことか!」

「そう言うことさ」

「別になんだっていいでしょ!本来なら、対霊装備でこの程度、何とかなるし……」


 捕まっていたせいで、持ち物が何も無いから、マイラに対抗する術が無くて非常に不愉快だわ。指輪の一つでもあれば、今すぐに空間切断ロカシカレで真っ二つにしてあげるのに。


 地下の道を進むと、大空洞に出る。そこは地下水脈の様で、光るコケか何かで青白く照らされた無数の滝が見えた。


「町の地下にこんなところが広がってたのか……」

「町ってことは、ここはプロセの下あたりかしら?」

「そうだな」

「あの水は全てフロサクア湖から流れてきてるのか?」

「さあ?そんな事、私が知ってると思うか?」

「野蛮人は勉強なんてできないからフロサクア地下水脈の事も知らないのね」

「何だと!?」

「まあまあ。あ、そう言えば、どうしてセベラはこんなところに?」


 ソウイチに急に話を振られる。折角、始めて見る地下水脈を楽しんでいたと言うのに。


「情報を調べてたらここに。それで、私を捕まえてた連中は誰なの?」

「私ら”スノウホワイト”だ」

「闇ギルドの中でも、雪の女王を信仰している連中ね。と言うことは、貴方はやっぱり敵側だと」

「別に私はあいつ等とはちげぇよ。私の目的はただ一つ、雪の女王をぶっ殺すことだ」

「……」

「そんな目を真ん丸くして、どうしたんだ、セベラ?」

「奇遇ね、私も同じ目的よ」


 マイラも私と同じように目をかっと見開くと、直ぐに私の肩を掴み、揺さぶって来た。


「お前、知ってるのか!?会ったことはあるのか!?」

「会ったことはあるし、知ってるわ。花園の魔女とやらが雪の女王が召喚されたって話をしていたからここまで来たのよ」

「確かに雪の女王は既にこの町で召喚された。勿論、私は雪の女王に戦いを挑んださ」

「無謀ね。よく生きていたものだわ」

「運がいいんだか、悪いんだか、私にはバジリスクが混ざってるからな。簡単には死ねなかったのさ」

「そこで俺の登場ってワケよ」


 ソウイチはそう言って、自分に指を差してドヤ顔を決める。ここは笑うべきなのかしら。


「俺がささっと来て……」

「ああ、不本意ではあるが、彼に助けられた。流石、異世界人というだけあって、女王の眷属なんて一太刀で倒してくれてな」

「それで、契約って言うのは共に雪の女王を倒す事と言う事ね」

「ちょっとは俺の話を聞いたらどうだ?」

「貴方の武勇伝なんて興味ないわ。それに、もし既に女王が召喚されたと言うなら、ギルドの連中が動き出す前に行かないと」

「どうしてだ?」

「私の目的に支障が出るから」


 偶然ではあるが、私の目的と二人の目的が被ったみたいだし、別にマイラが後で裏切ろうとも、私の目的を話しても支障は無いでしょう。


「私は雪の女王を倒して、その眷属になったアウリスを助けたいの」

「アウリスってあの雪の女王の第一眷属であり、最強の氷の騎士のアウリスのことか!?」

「まあ、そうだけど」

「成程、つまり、セベラはアウリスという恋人を雪の女王から助けたいと言うことだな!」


 恋人、アウリスとは確かに近いような関係だったけど、果たして恋人と言っていいのかしら。でも、彼の気持ちを確かめたことなんて無いし、でも、同棲してた訳だし。


「顔真っ赤になってる」

「お前、一体、何者なんだ?氷の騎士の恋人のエルフなんて」

「まあ、話せば長くなるわ。兎に角!ギルドの連中が来たら、アウリスを確実に殺しに来るでしょ!だから、先回りしないといけないの!」

「だが、召喚されてから既に一週間は経ってるぞ。それに、ソウイチは丁度、ギルドの連中と一緒に来てたし」

「ジーモンさんに連れてきてもらったんだ」

「嘘……。なら、早く行かないと!出口はどこ!?」

「落ち着けって。そもそもそんな装備で、倒せると思うのか?」

「それは……」

「急ぎたいなら、黙って私について来い。少なくとも、雪の女王を倒すまでは裏切らないって契約してるからさ」


 マイラはそう言って懐から契約書を取り出して見せた。そこには血で書かれた誓約文が書いてあった。この紙に血で誓約すれば、契約を破った場合、拘束されるのよね。


「確かに、雪の女王を倒すまでソウイチを裏切らないと書いてあるわね」

「ちなみに、同じものがもう一枚あってだな」


 マイラはそう言ってもう一枚の紙を取り出す。そこには同様に、雪の女王を倒すまでマイラを裏切らない、と書いてあった。


「俺は、契約何てしたくなかったんだ。だけど、脅されて仕方なく……」

「……わかったわ。雪の女王を倒すまでは信用してあげる。じゃあ、さっさと案内しなさい」

「はいはい」


 そして、マイラの案内の元、地下水脈の洞窟を進み、闇ギルド本部の地下倉庫に辿り着いたのだった。


「地下の道は入り組んでいて迷いやすいから、知ってる連中は少ないから大声を出しても良かったが、ここから先は静かにしてくれよ」

「わかったわ」

「ああ」

「まず、そのエルフの武器類を取りに行く。ついでに、私も武器類を補充したいから、一階にある保管室に向かう。その後、雪の女王が召喚されたポイントであるプロセ山に向かうぞ」

「異論は無いわ」

「よし、じゃあ早速、変装だ」


 マイラはそう言うと、暗闇の中から何着か服を持ってきた。白い神官みたいな服だけど、これを着ろと言う事かしら。


「これは?」

「スノウホワイトの制服だ。仮面も着けるんだぞ。安心してくれ、洗いたてだ」


 マイラは銀色の仮面も押し付けて来た。何となくそのまま着けるのが躊躇われたので、袖で拭いておく。


「これに着替えてから行くぞ」

「待って、ここで着替えるの?」

「それ以外に方法はあるか?」

「だって、ソウイチがいるじゃない」

「セベラ、俺は二人と違って今、暗すぎて服がどこにあるかさえ分からない。安心してくれ」

「……」

「全ては雪の女王を倒すためだ。ほら、どうした?着替えないのか」

「わかったわよ」


 そして、スノウホワイトの服に着替えて私たちは闇ギルド本部に乗り込むのだった。

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