第5話
「嘘……」
「ちょっと、貴方、私の家に穴を開けないでよ。そもそも、何の用?いきなり来て」
第15階級魔法は現状、蛮族であれば魔神クラス、人族であれば大魔導士の称号を持つ者でないと使えないはずよ。大魔導士クラスの人間がノスフェラトゥの眷属になる訳が無いし、こんな霊力が全く感じられない奴が魔神な訳が無いわ。
こうなったら、力ずくで行くしか無いわね。
「
空間切断は私のオリジナル魔法。第14階級の
右手の小指の宝石から放たれた斬撃が結界を切り、その先の魔女も壁ごと胴体から真っ二つにする。
レッサーヴァンパイアだから、体を二つにされた程度で死にはしない。直ぐに
「貴方の主の名を言いなさい」
「ふふ、その魔法、貴方もしかして、セベラ・ラトヴァレヘトかしら?」
「蛮族如きに名乗る名前は無いわ」
「貴方、私を捕まえて前と同じように、あのお方を呼び出すつもりなのね。でも残念、あのお方はもうこちら側に来たわ。呼び出すことはできないのよ」
「それはこれから試すわ」
女の胸にナイフを突き立てて溢れ出た血を床に垂らして魔法陣を描く。何度も何度も描いてきた、眷属の主の魔神を呼び出す魔法陣。花園の魔女はあいつの眷属だった。だったら、これでようやく。
「貴方も可哀そうよね。アウリスなんていう馬鹿なエルフに恋をしているんだから」
どうして、こいつがアウリスの名前を知っているのよ。こんな下っ端が知っているはずが無いわ。記憶を読んだのかしら。でも、蛮族が精霊魔法を使えるはずが無いわ。元人間だとしても、蛮族と成れば精霊に嫌われて一切の精霊魔法が使えないだけで無く、精霊の加護も失う。
「彼、私の故郷を滅ぼしておきながら、私一人をレッサーヴァンパイアにしておきながら、何て言ったと思う?”ごめんなさい”って言ったのよ。謝る位なら、端からノスフェラトゥを引き連れて私の故郷を滅ぼさなければいいのによ」
「まさか、まだ自我が……」
「そう、そうなのね、セベラ・ラトヴァレヘト。全ては貴方のせいだったのね」
ふと気が付くと、私は縛られて胸にナイフを突き立てられて地面に倒されていた。喉の奥から血がせり上がってきて吐き出す。
いつから、私は入れ替わっていたの。
「……まさか、精霊、魔法……」
「ええ、この子だけは私の為に残ってくれたの」
レッサーヴァンパイアの女はそう言って、宙を愛おし気に撫でる。蛮族になっても仕える精霊ね。そんなのもいるなんて、聞いたことは無かったわ。蛮族の傍にいるだけで精霊は消滅していくのに、それでも一緒にいるとは、大した忠誠心ね。
「忠誠心じゃないわ。愛よ」
「……どう、だか……」
心も読んでくると言うことは、闇系統の精霊ね。闇という名前だけど、単に暗闇を好んでいるからそう言う名前が付いたとか、精神に作用する魔法を多く使えるからそう言う名前が付いたとか。
そんな無駄なことを考えている暇は無さそうね。ナイフは深く刺さっているけど、心臓は外れているから直ぐには死なない。けれど、出血で死ぬのも時間の問題。寒気がしする。痛いと言うより、痺れた感じがするのは、私のナイフに塗ってある痺れ毒のせいね。
「愛と言えば、貴方が鏡を壊したのね」
「……」
「鏡を壊したせいで、その破片が彼の眼と心臓に刺さって、彼はあのお方の眷属と成った」
「……」
「ただ、貴方は好奇心旺盛な彼に珍しい鏡を見せたかっただけなのに、貴方のせいで、彼は心を蝕まれ、苦しんで、苦しみ続けながらあのお方の忠実な僕にさせられている。私がこんな目に遭って苦しいのも、彼が苦しいのも、氷漬けになった家族も、全て貴方のせい。それなのに、何故貴方はそんなにも無理に生きようとするの?無理に私たちに手を出すの?全ては貴方のせいなのに」
「……だとして、何、かしら?私は、後悔、は、していない……」
意識が遠のく。でも、こんなところで死ぬのは御免よ。まだ、アウリスを取り戻せていないのだから。
こうなったら、あれを使うしか無いわね。
「……かけ、まくも、畏き、ディミオ、ゴース……」
例え、私が化け物と成ったとしても、アウリスは取り戻す。私が生きている限り、彼を取り戻せる。
それに、あの時、彼は私に誓ってくれた。何があっても、私と一緒にいるって。だから、例え私が世界を滅ぼすことになっても、全世界の人間が敵に回っても後悔なんて無いわ。
「……我が、罪、有らむをば、許し給え……汝、我が力と、なりて、終末を、共に、迎えん……」
「貴方まさか……噓でしょ、そんなはずは無いわ!だって、貴女は神罪人……」
「
「セベラ!」
その時、扉を蹴り破って現れた彼の声で私の呪文は途切れた。
「大丈夫か!?」
「誰!?」
頭上のドアが開き、ソウイチがやって来た。ソウイチは私の方を見ると、慌てた様子でレッサーヴァンパイアに武器を構える。
「待ってろ、今助ける!」
「早く、この娘を殺さなければ!
レッサーヴァンパイアが虚空から氷の塊を私に向かって放った。ソウイチは直ぐに私と女の間に入って、全て大剣で薙ぎ払う。
「セベラ!その怪我……!」
「……それ、より、あいつ、を……」
「……わかった」
ソウイチは唇を硬く閉じ、大剣を構え直す。
「直ぐに終わらせる」
「その輝き、まさか、聖剣!?嘘よ!そんな!嫌!私、まだ……」
ソウイチは黒い大剣を真っすぐに振り下ろす。慌てたレッサーヴァンパイアの女が頭から真っ二つに割れ、断面から白く灰になっていく。
「どうして、神様……」
「異世界転生者、舐めるなよ」
ソウイチは彼女の言葉の意味が分からなかったようで、罵詈雑言と認識したのか消え去るまで深そうな顔を向けていた。それも束の間、直ぐに私の元に駆けよって来た。
レッサーヴァンパイアが消えたことによって、網は消えたが、ナイフは自分の物なので、刺さったまま。さっきから、あんまりよく見えなくなってきたのよね。
「大丈夫か!セベラ!」
「……サイド、ポーチ、緑、宝石……」
「サイドポーチ……これか!?」
ソウイチが何かを手の上に置く。さっきの呪文は不発に終わったせいで魔力を無駄に消費したから、もう一度は唱えられない。だったら、効果はいまいちだけど、これを使うしかない。
「
掌の石が熱くなると同時に、そこから暖かい流れが胸まで伝わるのを感じる。体の芯から温まるような感覚がして、意識がはっきりとしてくる。どうやら、正解だったみたいね。
それと同時に、みぞおちの辺りに鋭い痛みが走り、思わず呻く。
「くっ……」
「お、おい!大丈夫か!
「大丈夫な、訳、無いでしょ!」
ついかっとなって、叫んだもののまた痛みが走り、体を丸める。本当、自分の体質が嫌になるわ。
「ど、ど、ど、どうすれば……」
「教会」
「教会?」
「連れてって!」
「お、おう!」
ソウイチに背負われて、私はそのまま近くの町の教会に向かった。道案内は私だし、ソウイチは筋力が余り無いのか、時間経過とともにどんどん動きが荒くなって、運ばれる身としては大変快適とは程遠い道のりだったわ。
ゴーレムを使って自分を運べばいいのだけど、ゴーレム操作を意識が痛みのせいで緩慢になっている時にやると危険だって、前に城を破壊することで実証済みだからこっちの方がいいのよね。
神殿に連れていかれるなり、呪い子だとか、大神官の許可証だとかで色々騒がれたものの、無事治療してもらい、夜の頃には専用の馬車をフレイカスまで出してもらえた。
「な、なあセベラ、お前、一体何者なんだ……?」
「只の天才ゴーレムマスターよ」
「本当にゴーレムマスターなのか?ジーモンさんから聞いた話だと、誰もゴーレムマスターって呼んでないって言ってたぜ」
「それは、ジーモンの嘘よ」
「それに、前に使ってたゴーレム、そんなに強くなかったし、吸血鬼の魔女に負けてたし」
「それは……まあ……偶然だから!タイミングが悪かっただけよ!」
「ふーん」
「色々とあるのよ!色々と!」
こんな奴の前で、醜態を晒してばかりなんて、屈辱的だわ。でも、今回ばかりは彼に助けられた部分もあるし、彼の無礼な態度には目を瞑ることにする。今回だけよ。
湖の子豚亭に戻ると、バーニー達が出迎えてくれた。
「おかえり!二人とも!」
「おかりなさいっす!」
「世話になった、ありがとう」
昨日会った二人も一緒みたいで、三人して私たちの元に駆けよって抱き着こうとして来たので、直ぐに横に避ける。
「ちょっ、セベラ!」
三人に覆いかぶされて、ソウイチはそのまま仰向けにひっくり返った。
「むさ苦しいわね」
「二人とも!無事に帰ってきて、よかったよー!」
「バーニーさん!相変わらず涙もろいっすね!」
「お前もだろ、リック!」
「バーニー、リック、そろそろ除けないと、ソウイチさんが」
「「あっ」」
ソウイチが白目をむき出して来て、漸く三人はその場から離れた。
「ど、ど、ど、どうしよう!俺、恩人を……」
「お、お、落ち着け、リック。ち、ち、ちょっと息をしていないだけだ……」
「大丈夫だ、息はしている」
「「よかったー」」
「茶番は済んだかしら?」
私の一声で我に返った三人は、慌ててソウイチと私を豪勢な食事が並ぶ机に案内した。
「セベラ、今、俺、お花畑と川、また見た気がしたんだ。じいちゃんとばあちゃんがな、手招きしててさ」
「そう」
「……なんか、一言無いの!?」
「ここでは死にかけるなんて日常茶飯事よ」
「異世界怖い!それで、どうしてバーニーさんたちは笑顔で前に座っているんだ?」
「食べ放題らしいわ」
「本当か!?ありがとう!バーニーさん!」
ソウイチは直ぐにテーブルの上のステーキにがっつく。よほど腹が空いていたのか、次々に美味しそうに肉を頬張っていく。湖の子豚亭というだけあって、机の上の料理の大半は豚肉料理だった。
「エルフのお嬢ちゃんは食べないのか?」
「言っておくけど、私は大人で、名前はセベラよ。あと、食事については依頼完了の確認の後ね。食べた分だけ支払えとか言われても困るから」
「まあ、それもそうだよな。安心してくれ、これは俺たちから二人への只のお礼だ。他意はねぇぜ」
バーニーがそう言うと、周りの冒険者達が急にこちらを向いて一斉にサムズアップをしてきた。どうやら、皆、ここのギルドの冒険者らしく、今回、レッサーヴァンパイアを倒したことによって生き返った人も多くいるらしく、皆してお礼がしたいとの話だった。
でも、ここまでの人数でそう言うことをされると、逆に胡散臭く感じてしまうのよね。
「ありがとうな、花園の魔女を討伐してくれて」
「まあ、お礼なら彼にしてあげて。花園の魔女を討伐したのも、他の植物モンスターを討伐したのも彼だから」
「さっすが金プレート冒険者!」
「ありがとう!ソウイチ!」
「セベラ?なんか急に人が集まって来たんだけど、どうしたんだ?」
「貴方にお礼が言いたいそうよ」
「そうなのか。まあ、あの程度、俺にかかればどうってことないけどな!」
「ええ、そうね。ああ、そうそう、バーニー、少しいい?」
「何だ?」
「報酬の話」
ソウイチのいる机から離れて壁際の方にバーニーと向かう。
「それで、報酬は?」
「これと、あの鎧だ」
バーニーはずっしりとした布袋を差し出す。中々な重さがあったから、中を開けると予想以上の量の金貨が入っていた。
「これ、55メタル以上はあるじゃない」
「85メタル入ってる。流石に、修繕費分は引かせてもらったが、倒したのはそちらさんがただろ?それに、二人のお陰で俺の仲間が助かったんだ。感謝の気持ちも入ってんだ、受け取ってくれ」
「そう、わかったわ」
バーニーから報酬を受け取ったはいいけど、実質的に花園の魔女を討伐したのはソウイチだし、私にはもういらないから、後で部屋に置いておくわ。
「そろそろ次の依頼を検討したいのだけど、何かない?」
「そうだな……そう言えば、二人が出かけている間、湖を渡った更に北の方の村で何やら騒ぎがあったって知らせが来たな」
「そう……。詳しく教えて頂戴」
「俺もあんまりは知らないんだが、何でも闇ギルドの連中が関わってるそうだ。あと、季節外れの雪が降ったとか何とか。これはどうでもいい情報か。俺が知ってるのはそんなとこだな」
「雪ね。……バーニー、ソウイチの事、面倒を見てくれる?」
「急にどうしたんだ?」
「一応、彼はジーモンの所の冒険者だけど、問題無いでしょ?」
「まあ、あそことは協力関係だから、派遣という体で預かれるな。だが、急にどうしたんだ?二人でパーティー組んで旅してんじゃないのか?」
「金プレート冒険者じゃ、駄目な依頼」
私はそっとサイドポーチから捻じれた角を削って作った手のひらサイズ程の板を取り出す。
「それは、闇ギルドの……」
「間違えた。これじゃなくてこっち」
ソウイチがポーチを漁ったせいで、思っていたのとは違うまた別の黒い板を取り出したみたいで、直ぐに正しいものを取り出す。
「……大聖女の免罪符。これって、あれだろ?国家英雄クラスの冒険者しか貰えないって言う。……お前、一体何者なんだ」
「大聖女のお友達。前々から依頼されていた内容と、今回の花園の魔女の件が関係していたのよ。もしかしたら、その北の話も関係しているかもなのよね。それじゃあ、私はこれで。あまり、騒がしいところは得意じゃないの」
「なあ、ソウイチに伝言とかあるか?紙に書いてもらえれば渡すぜ」
「特に無いわ。じゃあ、世話になったわね」
バーニーと別れて、こっそり自分の部屋に戻って荷造りを始める。ちゃんと魔力を魔結晶に変換するこの腕輪を外しておく。そうじゃないと、夜の移動とかはできないからね。
下の階の喧騒が静まらないうちに、私は窓から外に出る。チェックアウトについては、さっき二階に上がる前に済ましておいた。
今日、花園の魔女が言っていた言葉が本当なら、雪の女王はもう誰かによって召喚されたことになる。
雪の女王の行動原理は至って単純。彼女は世界中にいる神に祝福されし者を探して、コレクションにしているの。基本的に、魔界に身を置く彼女はこちら側に干渉できないから、眷属たちによって探らせている。
そして、見つけたら眷属の命を持って自らを顕現させ、神に祝福されし者を迎えに行く。その氷を心臓に打ち込むことで。
前に北に行った村で精霊が見える子供に会ったことがある。眷属である花園の魔女がここに派遣されたのは、もしかしたら北の方の足止めなのかもしれない。早く確かめに行かないと。
ソウイチには申し訳ないことをしたかもしれないけど、まあ、出会って数日の仲なんだし、別にいいわね。月明かりが照らす中、二輪車で自動走行するタイプのゴーレムに跨り、私は宿を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます