第4話
翌朝、一階に降りてみると、掲示板の依頼を物色する冒険者達に紛れて、ソウイチとバーニーの姿があった。バーニーは朝食のハムエッグを食べているみたいだけど、ソウイチは何やら貰った黒い鎧を着こんで、壁にかけてある鏡の前でポーズを決めていたわ。馬鹿なのかしら。
ソウイチに話しかける前に、軽く朝食でもと思ってバーニーの隣に座って、同じのを注文する。
「おはよう、エルフの嬢ちゃん」
「……おはよう。言っておくけど、私、お嬢ちゃんと呼ばれる年齢じゃないわ」
「だったら、エルフのばあさんとかの方が良いか?」
「はぁ……、お嬢ちゃんでいいわ。それで、ソウイチに鎧を渡したのね」
「ああ、そうだ。どうだ?中々に似合っているだろ?」
「彼が着るには大きすぎはしないかしら?」
「まあ、多少は大きいかもだが、問題ない範疇だろ。それにしても、金プレート冒険者だって言うのに、専用武器防具とか無いなんて珍しいな」
「彼、全部ギャンブルで失ったのよ」
適当に答えてみたら、予想以上に衝撃だったのかバーニーが手を止めた。フォークからベーコンが落ちる。割と私の知り合いではよくある話だと思うのだけど。
「そんなに驚きだった?」
「ああ。俺、てっきり金プレート冒険者ってのはもっと、こう、高貴な感じだと思ってたからよ」
「案外、そうでも無いわよ。冒険者何て、所詮ごろつきでしかないのだから」
「まあ、それはそうかもだが、知名度も上がると自ずとそれ相応の風格が出てくるってもんじゃねぇか」
「貴方はもっと多くの金プレート冒険者と出会うべきね」
「それもそうかもな」
丁度、パンとベーコンハムの朝食を店員が持ってきたので、受け取って食べ始める。ここのパン、結構硬いけど、ハムは美味しいわね。流石、湖の子豚亭というだけあるわね。関係ないかもしれないけど。
朝食を食べていると、ソウイチがこちらに気が付いたのかガチャガチャと音を立てながら歩いてきた。
「セベラ!おはよう!」
「ええ、おはよう」
「見てくれ!鎧だ!何かよくわからんが、部屋にいつの間にいたバーニーさんが着せてくれたんだ!かっこいいだろ!」
ソウイチはそう言って黒鋼の鎧を見せびらかす。サイズが合ってないせいで、動くたびに五月蠅いほどにガチャガチャ鳴るし、位置が微妙にずれていて見た目は悪いし、そもそもバーニーから貰った鎧もそこまでいいものでは無いし。
デザインからして、製造元はフロサクアならウッツの工房辺りで量産されているモデルね。値段の割には耐久力があると評判だけど、結構な重量があるから基本的にタンカー向けの防具なのよ。だから、よく店先で盾とセット販売されていた印象があるわね。
材質は魔石の含有率が低めの黒鋼だから、低級魔法の威力を半減させる程度の魔防性能だけど、オーガの一振りでも壊れない程の対物性能はあるから、レッサーヴァンパイアの作った植物系の魔物程度だったら問題なさそうね。
ただ、レッサーヴァンパイアを倒すとなると、魔防の方が微妙だから、後で信憑性作りの為に、オリハルコンの盾でも渡しておこうかしら。でも、彼、両手剣なのよね。
「そんなに見つめるほど、俺の鎧、かっこいいだろ!?」
「ええ、そうね」
まあ、彼、あれでも異世界人だし、それだけで誰もが信じてくれそうね。
「そういえばさ、この鎧、どうやって脱ぐんだ?」
「固定具を外せば普通に脱げるわよ。そうよね、バーニー?」
「何だ?」
「ソウイチがこの鎧の脱ぎ方を知りたいって」
「それなら、中の紐を緩めればいいだけだ。だが、きつく締めないとだから、外すと面倒だな」
「固定具って、これか」
「今外すと付け直すのが面倒らしいわ」
「これ、動きにくいのに!?」
「このまま過ごす事をお勧めするわね」
「……まあ、仕方ないのか。わかった」
思っていたより素直にソウイチは納得したみたいで、それ以上鎧について何も聞かなかった。
「そういえば、俺、朝ごはん食べてないんだけど」
「それで?」
「代わりに注文してくれない?」
「嫌よ、と言いたいところだけど、まあいいわ。同じのでいいかしら?」
「ああ」
朝食の後、各々持ち物の最終確認を終えて遂に出発となった。予定通り夜明け頃に湖の子豚亭を出発できてよかった。
二階建ての建物が続く酒場街を抜けて、大通りに出る。まだ街は活気づいてないけど、今から目覚めそうなこの雰囲気、案外好きなのよね。東の空が段々明るんできて、緑やオレンジの屋根が照らされて、広場に教会の鐘の影が映る様を見ていると、昔、アウリスと一緒に森を抜け出して近くの町に探検しに行ってた日々を思い出す。
感傷的な今の状況をぶち壊すようにソウイチが話し出す。
「それにしても、さっすが王都だよな」
「ええ、そうね」
「何だよ、その不服そうな言い方は。さては、俺を田舎者だと思っているんだろ。俺の故郷だとな、もっと大きな建物があってだな」
「それで?」
「それでって言われると困るよ。まあ、どっちにも良さがあるよな!」
「そうね」
「セベラさんよ、彼は何といってんだ?」
「王都は凄い建物だって」
「そりゃそうだ。フロサクアはな、花の都と歌われるほど美しい街なんだぜ。って伝えてくれ」
「後で教えておくわ」
思ったより、翻訳って疲れるのね。全く、精霊魔法が使えないせいでこんなに苦労することになるとは。こうなったら、創造神でも呪えばいいのかしら。
だったら、自動翻訳ゴーレムを作ればいいのよ。いや、ここはソウイチにこっちの言語を覚えさせた方が早そうね。
ふと、道行く人から奇異な目で見られた。私と眼があった途端に目をそらされたけど、そんなに変だったかしら。私の服装と言えば、普通に魔導士らしいローブに三角帽子に杖、あとゴーレムの腕が主な体積を占める何かの皮のバックサックだから、変なはずが無いのよね。
バーニーも黒鋼の胸当てに腰に鋼の剣を携えているって感じだし。でも、まあ黒鎧の男に囲まれたエルフの美少女という絵面。バーニーとソウイチの不審者感が凄いのかもしれないわ。冒険者でパーティーを組むにしても、神官の一人は居るだろうし、そもそも女子一人パーティーは色々リスクがあって避けられがちだから、二人が人攫いとかと勘違いされてないといいのだけど。
そのまま大通りを抜けて、町を囲む城壁の近くで乗合馬車に乗り、フローの森を目指す。後は揺られているだけで楽な物なのだけど、バーニーは乗り物に弱いのか顔を青くして黙っているし、ソウイチも浮かない顔をしている。
「こんな重い鎧をあと半日以上つけてないといけないのか……。これって、どのくらいの重さがあるんだ?」
「見た感じだと、鎖帷子に魔石鋼の一種である黒鋼の全身鎧だから、重さは88ポンダス位かしら」
「ポンダス?重さの単位か?なあ、88ポンダスってリンゴ何個分だ?」
「わざわざ、リンゴで聞く?えーっと、リンゴ一個を4アンシアとすると、352個ってところかしら」
「リンゴ352個、40キログラムって重すぎだろ!」
「だから、普通の人たちは軽鎧装備で戦うのよね。或いは、魔導装備かしら」
「もう二度と全身鎧は着ないぞ!」
「はいはい」
馬車から降りてそこから数刻ほど歩いて、フローの森に入る。馬車から降りた時から青い顔だったバーニーは更に血の気の失せた顔をして、今にも倒れそうな雰囲気ね。ソウイチも緊張してきたのか、何も喋らなくなった。私としては、黙ってもらえて楽だからいいのだけど。
頭上の太陽が傾き始めた時、視界が開けて森の中に佇む古城に辿り着いた。ここは、200年前のフロサクア城らしいのだけど、今は見る影も無くなっていて、蔦の張った石壁と辛うじて形を残している塔の一区画が聳え立っているだけだった。
塔の周りには手入れされた色とりどりの草木の中にベラドンナやアウラウネ、アティアグが見えた。よくもまあ、魔物をあそこまで綺麗に配置できるものね。流石、花園の魔女と言われるだけあるわ。でも、朽ちていく美学の前にこうも人工物を並べられると風情も何も無いと言うものだわ。
バーニーが息を荒げながら震える手で私たちの肩を叩く。そして、汗をかきながら、彼は唇に何とか力を入れて言葉を紡いだ。どうやら、花園の魔女でさぞかし恐ろしい思いをしたようね。差し詰め、仲間が植物の魔物に蝕まれる姿とか仲間に擬態した魔物でも見たというところかしら。
「はあ、はあ……、お、お前さん方、あ、案内はここまでだ。後は、た、頼んだ」
「ええ、任せておいて。大船に乗ったつもりで待っていて頂戴」
逃げるように立ち去るバーニーを見送りつつ、装備を再び確認する。今回装備している魔法はこれで良いし、ゴーレムの準備も問題無いわね。
隣を見ると塔の方を眺めながら、黒光りする大剣を抜き、地面に差すソウイチの姿があった。初陣で怯えているのか、さっきから鎧をずっとガチャガチャいわしているわ。全く、私のゴーレムを倒す位の実力と胆力がある癖に、どうしてかしら。
「行くわよ、ソウイチ」
「あ、ああ……」
「いい?私の後ろから付いてきて。そうすれば、襲われないで済むから」
「あ、ああ……」
植物の魔物の根を踏まないように気をつけて歩いている間もガチャガチャガチャガチャ。もうちょっと静かにして欲しい物ね。それとも、恐怖とかとは違う理由で震えているのかしら。精霊にいたずらされたとか。
「さっきからそんなに震えてどうしたのよ」
「ここの辺りは、何か温かみが無くてさ、何と言うか寒いんだ。あと、不快な気配がするし、これ以上進むのは駄目な気がするんだ。俺、今まで、こんなことを感じたことが無くてさ。何なんだよ、これ」
「ああ、それはね、ここら辺の精霊の気質を感じ取っているのよ。魔神の眷属の住むところにはね、悪属性の精霊が多いから、精霊に近い人は寒気とか不快感がするらしいわ」
「そうなのか。ってことは、ここにいる花園の魔女って魔神の眷属ってこと?」
「ええ、そうね」
「なんか強そうだけど大丈夫なのか?」
「魔神の眷属だろうと、レッサーヴァンパイア程度であれば敵でも無いわ」
喋りながら魔物に気をつけて歩いていると、いつの間にか塔の崩れていない区画の前に来た。恐らく、少し先の塔の中に花園の魔女は居る。
「ソウイチ、作戦は覚えている?」
「ああ。俺はここら辺のなんか悪そうな魔物を倒せってことだよな」
「ええ、そうね。精霊の気配が分かるなら、どれが魔物かわかるでしょ。適当に倒しておいて」
「おい、そんなのわかるかよ。気配とか何だよ」
「まあ、見ればわかるんじゃない?じゃあ、私は行くわね」
「おい!待てよ!」
ソウイチの静止を振り切って、塔に向かう。私だって精霊の気配とか感じたことが無いからわかる訳無いじゃない。でも、ソウイチに嘘を言った訳では無いわ。勿論、故郷の大人たちから聞いた話を元にしているから。
草の生えたレンガの道を通り、塔の麓に辿り着く。多分、向こうも私たちが着たことなんてとっくに知っているだろうし、普通に木のドアを開けて中に入る。
塔の中はあちらこちらが木で光が一寸も入らないように補修されていて、もはや木の家の中だったかと錯覚するほどだった。まあ、レッサーヴァンパイアからすれば日光で消えちゃうのだから当たり前よね。
それにしても、この壁の魔導ランプ、緑の陶磁のカバーに薔薇があしらわれていて、中の色味も暖かめのハニーブラウンで統一、緑色の家具を基調としていて、蛮族の癖に中々に人間臭いわね。元人間のレッサーヴァンパイアなら、無駄に知能があって面倒だわ。
木製の螺旋階段を上り、その先のドアを開けると、円形の部屋に出た。中央には円形の机とその周りに向かい合うように二つの椅子があり、机の上にはティーセットが置かれていた。
そして、向かいの椅子には色白の人間の女性が高貴な雰囲気を漂わせながらお茶を飲んでいた。多分、紅茶だと思うが、正直、コーヒー派の私にはよくわからない。
「こんにちは。エルフのお嬢さん」
凛とした声でレッサーヴァンパイアは挨拶をするが、雑魚蛮族の言葉なんて耳を貸すだけ時間の無駄。すぐさま生贄用に捕獲に掛かる。
「
唱えると、左手の中指の指輪が輝き、魔力の糸を瞬時に紡いで網となってレッサーヴァンパイアに絡みつこうとする。しかし、同時にレッサーヴァンパイアが唱えだす。
「
私が放った魔力の網は一瞬にして現れた乳白色の結界にぶつかって消えた。流石に、網には簡単にはかかってくれないみたいね。
「出会ってから直ぐに戦うなんて、品が無いわね」
「
「
右手人差し指の指輪の魔法を
腐っても、あの魔神の眷属。上級魔法でも11階級程度だと相打ちにできるのね。まあ、想定済みだけど。さて、相手を殺さない程度であれば上の階級魔法だとこれを使うのが良さそうね。
「
第14階級の新魔法、
「
予想外の一言と共に現れた白い壁により、私の放った光線はあっという間にかき消された。
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