第3話

「どうして、俺の異世界生活はこうなったんだ……」

「知らないわよ」


 やる事も無いので、昼間だけど一階の酒場でカウンター席に座りながら、オレンジジュースを煽る。酒はどうにも好きじゃないので、飲まないのだけど、ソウイチも同じようでオレンジジュースをちびちびと飲んでいる。


「俺、契約破ると消し炭にされるし、頭のおかしい魔法使いと一緒にいなきゃいけないし、言葉わかんねぇし、翔子いないし、死んじゃったから帰れないし……」

「私だって貴方と旅をするなんて御免だわ」

「俺が知ってる異世界生活ってのはな、チート能力で無双して、のんびり生活を送りますわーとか、ヒロイン助けまくってモテるわーとか、そんな奴なの」

「あ、そう」


 ソウイチは酒を飲んでいるはずじゃないのに、顔を真っ赤にして語り出す。もしかしたら、飲んでいるのオレンジジュースじゃないのかしら。まあ、話だけなら聞いてあげようじゃないの。どうせ、この町だと仕事なんて無いし。


「それなのに、助けたヒロインはクレイジーチビ魔法使いだし、俺、今日2回もお前のせいで炭にされたし、俺のチート、言う程チートじゃねぇし、そもそも、言葉違うって聞いてねぇよ!」

「……今、クレイジーチビ魔法使いって言ったかしら?」

「ああ?」

「よーし、歯を食いしばりなさい!」


 いつも鞄に仕込んでいる作りかけのギミックゴーレムの腕を飛ばして、ソウイチをぶん殴る。案の定、綺麗な弧を描いて体が飛んでいく。今度は、酒場の壁を貫通して外に飛び出たわ。


 飛んでく途中で衝突した厳つい冒険者が憤慨してソウイチの元に歩み寄っていくのが見えた。彼に散々、怒られるといいわ。私にチビとかクレイジーとか言った罰よ。さて、私は巻き込まれないうちに退散っと。


「おい、嬢ちゃん」

「あははは、何でしょう」

「ちょっと話聞こうか?」


 いつの間にか私とソウイチは黒いプレートアーマーの一団に囲まれていた。ここで騒ぎを起こしても、最悪指名手配沙汰になるので黙って彼らの言うことを聞く。


 そして、私はソウイチが埋まっていた穴の前に座らせられた。ソウイチは意識が飛んでいるのか、引き抜かれるなり隣に無造作に置かれるがびくともしない。


「ここはな、お前たちガキが来るような所じゃねぇんだよ!これ、どう落とし前つけてくれるんだ!」


 ソウイチが衝突した厳つい盗賊みたいな風貌の男がそう言って、さっきできた壁の穴を指さす。別に張り替えて補修すればいいだけの事じゃない。あと、酒場で乱闘騒ぎ何てしょっちゅうある訳だし、この程度は目を瞑って欲しい物ね。


「15メタル」


 男はそう言って手を出す。15メタル寄越せということかしら。手持ちは無いから、払えないわね。こうなったら、ソウイチを犠牲にするしか無いわね。


「弁償しろ!」

「……生憎、私は無一文なの。だから、彼の剣で許してくれないかしら?」


 そう言ってソウイチの剣を指さす。男は、部下たちに何やら指示し、部下の何人かが気を失うソウイチから剣を取り上げて、検分する。


「バーニーさん、これ、見た目は華美っすけど、ただのブロードソードっす。魔法も何もかかっていないし、只の鋼でできているっすよ」

「いくらだ?」

「まだ傷が少ないんで、10メタルが良いところっすね。あ、待ってくださいっす!この男、金プレート冒険者っすよ!」


 検分していた男がソウイチの胸から下げていた金色の板を掲げる。それを見ると、厳つい男は顔のしわを伸ばすようにあんぐり口を開ける。そして、飛び出さんとばかり目をかっぴらく。


「き、き、き、金プレート冒険者だと!本当か!?」

「本当っす!バーニーさん!これならあいつらを、やっと!やっと助けられるっすね!」

「ああ、そうだな!よかった、金プレート冒険者に貸しを作れたぜ!アスピス様!ありがとう!」


 バーニーは膝をついてソウイチに向かって両手を組み、祈り出す。バーニーの他の仲間も同じようにし始めた。かなり妙な光景ね。面白いから、ソウイチに小瓶に入れた気付け薬を嗅がせる。


「くっせえ……」


 咳き込みながら気が付いたソウイチは、ぷるぷると震えながらこちらを睨むも、目の前の光景に気づき、直ぐに唖然とする。ここまで表情をコロコロ変えるなんて、異世界人って変ね。


「お、おい、セベラ、今はどういう状況なんだ?何でこのおっさんたちは俺に対して祈ってんだ?」

「どうやら、貴方に用があるらしいわ」


 バーニーと呼ばれている男の指示の元、私とソウイチは直ぐに手近なテーブルに案内された。金プレート冒険者と分かった途端、態度が豹変したけど、一体、どうしたのかしら。ソウイチも何が何だかわからないと言った様子で、こちらを見ている。


「一旦、俺を殴り飛ばした件は置いておいてやる。それで、彼は誰だ?」

「私も知らないけど、貴方に依頼したいことがあるみたいよ」

「俺に依頼?」

「金プレート冒険者である貴方に是非とのこと」

「本当か!?」

「まあ、詳しい話はこれから聞くわよ。貴方は、どうせ彼らの話わからないでしょ?」

「そうだな」

「だから、翻訳したうえで後で伝えるから、黙って笑顔で座ってて」

「変に訳さないよな?」

「そうするつもりの人間にそう聞いてどうなると思う?まあ、今回についてはそのつもりは無いわ」

「わかった」


 ソウイチは渋々と言った様子で頷く。私としても、彼に曲がった情報を伝えるメリットが何も無いし、15メタル弁償を回避するチャンスなので今回ばかりは普通に話を聞くつもりよ。


 対面に座るバーニーと彼の二人の仲間に向き合って、話を続ける。


「俺はバーニー。それでこいつらは」

「リックっす」

「ダーニーだ」

「俺たちはこの町でこの酒場を取り仕切ってる冒険者だ。まあ、小さいギルドだが、銀プレート相当の冒険者は結構いるんだぜ。それで、そちらさんは?」

「私はセベラよ。それで、隣の彼はソウイチ。それで、私は彼と共に冒険者をしているのだけど、彼は辺境から来たばかりで共通語を知らないの。だから、話は私が聞くわ」

「ああ、別に構わねぇ。お前たちがこの依頼を受けてくれるなら、15メタル何て払わなくていい。何なら、報酬の半分はやる。どうだ?」

「依頼内容を聞かないと分からないじゃない」

「確かに、それもそうだな。済まない、気がはやりすぎた」


 バーニーは礼儀正しく頭を下げた。彼は元々、そこそこの階級の人間だったのかしら。まあ、関係無いわね。


「それで、依頼は?」

「花園の魔女の討伐だ。報酬は100メタル、そのうち45メタルを俺らが貰う。30メタル分は情報料金、15メタルは酒場の修繕費だ」

「悪くは無いわね」


 どうせ次の町に向かうお金も依頼を受ける手段も無いし、受けない理由は無いわ。でも、この依頼が闇ギルドからの依頼で、花園の魔女なる人物の殺害命令なら、指名手配になるリスクがあるし受けたくないところね。


「それで、花園の魔女はどんな魔女なの?」

「花園の魔女はレッサーヴァンパイアの闇魔法使いだ。数週間前にフロサクア湖の近くのフローの森にある古城に住み着いたんだ。数日後には、その古城は一面の花畑となっていて、付いた名前が花園の魔女。尚、花は全て魔物だ。フロサクア湖はここから少ししたところにあるだろ。だから、安全性の観点から討伐を国家魔法庁が依頼を町中のギルドに出したんだ。ほら、これが依頼書だ」


 バーニーは依頼書を机の上に出す。ソウイチが身を乗り出して眺めているが、何が書いてあるかわからないようで直ぐに椅子に戻る。依頼書には確かに国家魔法庁の魔法刻印がされていた。反射で七色に光るところ見るに、偽造では無さそう。


「間違いなさそうね。レッサーヴァンパイア程度だったら、銀プレート冒険者位で倒せるはずよね。どうして、金プレート冒険者を?」

「それは簡単なことだ。これまでに俺の所も含め、町中の沢山の銀プレートの冒険者達が依頼を受けて死んだよ。俺たちも2日前に一度挑戦してみたんだが、パーティーの半分が死んじまったんだ」


 バーニーは悲しげな顔で、仲間を見つめる。確かによく見れば彼らの鎧は真新しい傷が無数にあるのが見て取れた。


「ドーラとトレイシーの遺体は今もあの城にいるんだ!だから、お願いだ!魔女を倒して、仲間の遺体を持ってきてくれ!今なら教会に持っていけば間に合うだろ!頼む!お願いだ!この依頼を引き受けてくれ!」


 バーニーはソウイチはソウイチに深々と頭を下げる。彼は何も話が分かっていないので、困惑した表情を私に向けて来た。


「ソウイチ、レッサーヴァンパイアって知っている?」

「吸血鬼の事か?人の血を吸って眷属にするとか、十字架に弱いとか、太陽に弱いとかっていう」

「概ねそうね。それで、このバーニーさんと仲間たちはそのレッサーヴァンパイアに戦いを挑んで、負けて仲間の半分が死んでしまったそうよ。だから、レッサーヴァンパイアを倒して仲間の遺体を持ち帰って欲しいって」

「成程、わかった。俺ができる事なら、何でも手伝うよ!」


 ソウイチは頷いて、バーニーさんに手を差し出す。バーニーはそれに気が付いて、顔を挙げて何かを察したのか震える声で私に尋ねる。


「す、済まない、彼は何と?」

「引き受けてくれるって」

「本当か!」


 バーニーはソウイチを見つめると、目から大粒の涙を流しながら、その手を固く握りしめて俯く。周りの部下たちも涙を流しながら、ソウイチの周りに集まって口々に感謝の言葉を述べる。


「ありがとう」

「ありがとう、俺、あいつらと二度と会えないのは耐えられないっす」

「ありがとう、どうかあいつらを助けてやってくれ」

「ありがとう、ありがとう、君……」

「セベラ、何て言っているんだ?」

「皆、ありがとう、だって」

「そうか!まあ、俺に任せておけって!」


 ソウイチは黒の鎧男達に笑顔でサムズアップをした。サムズアップの意味は異世界でもこちらでもグッドサインという意味で共通みたいね。


 こうして、私とソウイチはレッサーヴァンパイアを討伐することになった。雑魚を倒すだけで、弁償代金が浮くだけでなくて、報酬も貰えるなんて儲けものね。きっと、バーニーは私がギルド所属じゃないと知らないだろうから、私とソウイチに対して報酬を分けて払ってくれるだろうし。


 それにしても、レッサーヴァンパイアの魔女ね。普通の固体なら、銀プレート相当の魔法使いと戦士と僧侶とタンカーが居れば倒せるはずなのに、皆死んだのよね。


 そうなると、花園の魔女は只の蛮族では無くて、異常固体、或いは魔神の眷属の可能性があるわね。魔人の眷属、まさかあいつの眷属じゃないわよね。


「ねえ、古城には雪は降っていたかしら?」

「雪?まあ、確かに降っていたな。だが、まだ春になったばかりだし、何か気になるのか」


 昨日、デード村に向かう途中、フローの森の近くを通ったけど、雪の痕は見られなかった。雪が降ったとの話も聞かないし、強い個体、雪、あと一つ程度の確証があればいいのだけど。でも、あいつの眷属の特性と一致するわ。


 もし、あいつの眷属なら、その血を以てして召喚ができる。今度こそ、ジーモンらに邪魔されないで、彼を取り戻せるかもしれない。


「……バーニー、こちらの報酬の分を使って、このソウイチにそれなりの装備を準備してあげて。なるべく、対魔法の術が施されている鎧をお願い。私たちの報酬をいくら使ってもいいわ」

「だったら、俺の使ってない鎧でもいいか?」

「サイズが合うなら何でもいいわ。いつ頃まで準備できる?」

「俺の家にあるし、いつでも持ってこれるぞ。代金はいらないぜ。どうせ、倉庫で埃被ってるだけだからな」

「そう。だったら、出発は明日の夜明け、待ち合わせ場所はここ。メンバーは私とソウイチ、あと案内人として貴方。それでいい?」

「まあ、文句は無いが、いいのか?」


 戦士の人が驚いた様子でこちらを見てる。顔に何かついているとか無いわよね。


「何?不満でも?」

「いや、あまりにも出発が突然だったし、いきなりなんか、こう雰囲気が変わったからな」

「……色々とあるのよ。それで、何かほかに話しておきたいことはある?」

「いや、特には無いな。よし、じゃあ、花園の魔女のこと、頼んだぞ!じゃあ、また明日な」

「ええ」


 自分でもわかっているわ。常に冷静にがモットーの私ではあるけれど、あいつが関わるとどうしても自制が効かないのよ。今もあいつを殺せると思って、口が歪みそうになるのを止めるので精いっぱいなのだから。


 バーニーたちを見送った後、ソウイチが不審そうにこちらを見て口を開く。


「なあ、セベラ。一体、何を話してたんだよ」

「今回の討伐対象について詳細を聞いていたのよ」

「それにしては、何かお前、変だったぞ。そんな跡が付くまで手首を握ってさ」

「……気のせいよ」


 ソウイチに指摘されて初めて気が付いた。いつの間にか、右手首を強く握りすぎて赤く指の痕ができていた。これ以上、このことを言及されても迷惑だわ。


「それで、貴方の防具一式は明日バーニーが貸してくれることになったわ」

「本当か!?」

「嘘つく理由が無いじゃない。それで、明日討伐しに行くわ。勿論、私も同行する」

「ああ。って明日!?」

「遅い方がよかった?」

「まあ、別に疲れているとかそういう訳じゃないからいいけど」

「じゃあ、作戦とか説明するわね」


 机の上にフレイカス近郊の地図を広げて、ソウイチに分かりやすいように指で示す。


「まず、今私たちがいるのが、ここフレイカス。フロサクア王国の王都で、北に大きな湖が見えるでしょ?」

「ああ」

「この湖の南西辺りに小さな森があるでしょ。ここがフローの森で、ここの古城に花園の魔女というレッサーヴァンパイアが住んでいるの。移動は乗合馬車で近くの村まで移動した後、歩いていくわ。出発は日の出で、到着は多分昼頃よ。到着し次第、古城に突入よ」

「昼飯とかそういうのは?あと、持ち物は?」

「そんなの自分で考えなさいよ」

「俺、初めての冒険なんだぜ。どうすればいいんだよ」

「武器さえあれば十分よ。それで、到着後の流れとしては、私が主にレッサーヴァンパイアと戦うから、貴方はそこら辺の木の魔物とかと戦っていて。あと、こっちの邪魔はしないで。魔法使い同士の戦いに貴方が居ても邪魔なの。いい?」

「……わかった。もし、バーニーさんの仲間を見つけたら助けるでいいんだよな?」

「そうね。なるべく傷つけないで、安全圏に連れて行ってあげて」

「ああ、わかった。木の魔物って強いのか?俺、戦いなんて昨日が初めてでさ」

「大丈夫よ、私のゴーレムより弱いから」

「だったらさ、セベラはゴーレムを呼べるのに俺、要るのか?」

「それは、前に貴方が破壊したせいで在庫が無いの。あと、私に何かあった時、このゴーレムが崩れるから、そしたら代わりにレッサーヴァンパイアを倒して」

「俺、できるかな」

「大丈夫よ。それで、はい、これ」


 ソウイチは黙って私から小型の石の人形を受け取った。ここまで説明しておけば、後は大丈夫ね。


 実は彼に説明した作戦は本当の作戦ではないわ。本当の作戦はこうよ。


 まず、私は花園の魔女と戦い、どの魔神の眷属か調べる。もし、あいつならソウイチには持たせたゴーレムが壊れることで私が死んだと思わせて、花園の魔女に似せた魔法生物を倒してもらう。これにより、依頼は達成、私は死んだと思わせて、その間に、私は花園の魔女を生贄にして、魔神を召喚する。その後は、私の全てを以てして、アウリスを取り戻す。


 ソウイチが石の人形を握りしめながら、笑顔で私に手を差し出した。場合によっては冒険者として手柄を上げるその手は微かに震えていた。


「頑張ろうな、セベラ!」

「ええ」


 彼の手を社交辞令的に軽く握り返し、私たちは各自の部屋に戻った。

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