第2話
残念なことに、私は宿に泊まる金も前の町でゴーレムに全部使ったので、あてどなく彷徨うこととなった。これからどうしよう。
ふらふらと歩いていたら、後ろから例の異世界転生者が付いてきた。何度か帰れと言ったけど、帰る場所が無いとか何とか言ってきて、面倒だったので、そのまま無視することにした。
鬱陶しいけど、だだっ広い穀倉地帯と湖しかないここら辺では隠れようも無いし、透明になったところで草の動きとかでバレるので、仕方なく無視して歩いた。
しばらく、ギルドのある王都を目指して歩いていたけど、当分辿り着けそうになかったので、手近な廃墟を見つけて、そこの馬小屋に泊まることにした。本当は、母屋の方に泊まりたかったのだけど、屋根に穴が開いていて、中がかなり腐食していたので、仕方なく、屋根が壊れていない馬小屋の方にした。
勿論、臭い藁の上とかに寝るつもりは無いので、ある程度は綺麗にしてから、リュックに詰めている寝袋を取り出す。あと、防犯のためにゴーレムを配置するのも忘れないわ。それから、戸口前で突っ立っている彼に声を掛ける。
「それで、どうして此処までついて来たのよ!」
「だって、言葉が通じるのがお前しかいないんだもん!それに、村の人たちに追い出されたし、どうすればいいか分かんなかったんだよ!」
「それで、貴方は私の泊まる馬小屋に来たと。まさか、私の身体目当て!?」
「んな訳無いだろ!どっからどう見ても子供なお前にそんな感情ある程の変態だと思うか!?」
「変態顔ね」
「嘘だろ!?」
正直、私は人間の顔の区別なんてつかないので、適当なことを言っている。でも、私に対して子供とは失礼ね。でも今日は色々とありすぎて、無知を咎める気力はもう無いわ。
「はあ、言っておくけど、私は子供では無いわ。あと、私はセベラよ。セベラ・ラトヴァレヘト。元、セントレストの森のエルフよ。いい?わかった?」
「ああ、わかったよ。そうすると、思ってたより、エルフって小さいんだな」
異世界転生者はエルフなんて知らないらしいのだけど、思ったより小さいって、まるで知ったような口振り。案外、彼の居た世界にこちらから行く人が居たりするのかしら。
そもそも、私たちが異世界と呼んでいる所はもしかしたら異世界ではない可能性はあるのよね。言語が古代語だったり、過去に存在したと言われる技術を知っていたりするし。まあ、過去に戻る事も、異世界に行くこともできないし、確かめようが無いのだけどね。
「それで、貴方の名前は?」
「俺か?俺は霧生 宗一。一応言っておくが、名前は宗一の方な。日本の学生だ」
「そう。で、ソウイチ、これからどうするかわからないのよね」
「ああ、そうだな」
適当に帰れとか出て行けと言ったところで、厚顔無恥な彼がどこか行かないことは検証済み。だったら、彼をここから出すにはそれなりに正当な出ていく道順を示すしか無いわね。
「だったら、年長者としてアドバイスをあげるわ。一先ず、ここから出ていきなさい。そして、北に向かって歩くのよ。そうすれば、王都が見えるはずよ。王都の城壁は朝になれば解放されるはずだから、そしたら中に入って、大通りを真っすぐ行くの。噴水のある広場に出るはずだから、そしたら緑の屋根の3階建ての大きな建物を探しなさい。そこが冒険者ギルドで、ギルドマスターが何かと色々手配をしてくれるわ」
「本当か!?でも、昼間、異世界転生者は西の地獄に送られるか、辺境に押しやられるとか言ってなかったか?」
「そうね。まあ、でもやる事が無いなら丁度いいんじゃない?もしかしたら、貴方の誠意を示せたら、何かしら職を貰えるかもしれないし」
「確かに、行く当てもやりたい事も無いからな。ああ、わかった。そうしてみる!ありがとう、セベラ!」
ソウイチはそう言って、馬小屋から立ち去って行った。てっきり、私を疑ってもっと問い詰めるとかすると思ったのだけど、人を信じやすい性格みたいね。ああいうのには、これ以上関わらないのが一番ね。
ソウイチを見送って、そろそろ眠くなってきた。この時間になると、魔力が尽きるから仕方が無いわね。
寝袋の中に入って横になる。季節は春とはいえ、結構冷えるけど、睡魔に抗うこともできず、私は直ぐに気を失った。
翌朝、鳥のさえずりと共に気持ちよく目覚めた私は最悪の出迎えを受けた。
「おはよう、セベラ!」
「うげっ」
何故か、ソウイチが馬小屋の入口に居たのだ。確かに昨日、王都に行くように話したし、彼が出ていったのも見たわ。なのに、どうして此処にいるのよ。
「どうして、ソウイチがここに!?」
「セベラ、ここに居ったのか」
聞き覚えのあるしわがれた声が聞こえた。これは、ジーモンね。
ということは、ソウイチはちゃんと、ギルドに着いたと言う事でもあり、私の事も話したと言う事ね。しかし、運が悪いことに彼はジーモンの酒場の方に行ったと。私の教えた場所と違う場所じゃない。
今度、どこかの神殿で幸運を上げるおまじないしに行こうかしら。
「よし、ここは、逃げるに限るわね!」
「待つんじゃな」
脱兎の如く駆けだした私の腕をジーモンのゴツゴツした手が、がっちり掴んできた。そして、油ぎった髭顔で満面の笑みを浮かべる。私の細腕では、ドワーフ戦士らしいあのがっしりした腕は振りほどけそうになかった。
こうなったら、ゴーレムで殴っても、魔法で燃やしてもびくともしないこの腕から逃れる術はただ一つ。
「
呪文を唱えたが不発に終わった。よく見たら、ジーモンは触れた相手の呪文を封じる神具の腕輪をしている。私一人の為に、何てものを持ってきているのよ。そもそも、それ国宝なのに持ち出しを許可する王も王よ。
「今回は逃がさんぞ」
「ちっ」
抵抗は諦めて、素直にジーモンに腕を掴まれるがままにする。そこにソウイチが駆け寄って来た。
「ジーモンさん、セベラと知り合いなんですか?」
「まあ、そうじゃ。腐れ縁じゃな」
ジーモンはそう言って、掴んでない方の手で髭をいじる。ソウイチはどうして、この老いぼれドワーフに対して敬語なのかしら。そもそも、どうして、ジーモンはソウイチを連れてここまで来たのよ。昨日の件ならソウイチは関係無いじゃない。
「それで、私に何か用?」
「ソウイチに聞いておくれ」
「で、何?」
「まずはこれを見てくれ」
ソウイチはそう言って、胸元から金でできたタグを取り出した。冒険者ライセンスの中でも、二つ名が付くレベルじゃなければ、一番上の等級の物ね。まあ、異世界転生者なんだから、それ位は貰えるのだけど。
「セベラのお陰で、無事にちゃんと冒険者になれたぜ!ありがとな!」
「あっそ。で、どうして私を捕まえるのよ」
「それについてはこっち」
ソウイチは懐から手紙を取り出して見せて来た。それは、王家からの直々の依頼書で、フロサクア国王の直筆の符号が書いてあった。何だか、イやな予感がするわね。私って結構、直観が当たるタイプなのよ。
「俺は正式に異世界転生者として認められて、冒険者として、この任務を貰ったんだ。セベラ・ラトヴァレヘトが魔王とならないか勇者として見張れってな!」
「魔王って何よ!全部貴方の仕業ね、ジーモン!」
「ああ、そうじゃ。あのな、お前さんの悪行は、もう儂らでは見切れぬわい。ヴァリスパトリアム城の破壊、スノーフォール山崩落、隕石落下未遂、フロサクア湖の主の勝手な討伐、オリハルコンドラゴンによる大混乱の発生、ここまでしておいて幸いなことに怪我人も死人も出ていないとはいえ、経済的損失は計り知れぬぞ。お前さん、最近着いた二つ名を知っておるか?」
ジーモンが指を突き付けて、眉毛をぴくぴくさせる。怒っているとはわかるのだけど、ギトギトしたその禿げ頭が眩しくて、つい目を逸らす。
「真剣に聞いておるのか!?」
「はいはい、聞いてるわよ。で、私についた二つ名って何かしら?今まで通り、”天才美少女ゴーレムマスター”じゃないの?」
「誰もお主をその二つ名で呼んだこと無かろう。それで、ついた二つ名は”魔王の再来”じゃ」
「あははは、そんな事、ある訳無いじゃないの。冗談はその顔だけにして頂戴」
「お前さん、この依頼書にもお主が魔王にならないか見張れと書いてあるではないか。つまり、誰もが知っている事実じゃな」
「嘘でしょ……」
確かに、今までに色々やら貸した自覚はあるわ。でも、魔王の再来なんて二つ名、大変不名誉だわ。せめて、世紀のゴーレム使いとか天才エルフ魔法使いそういう二つ名でしょ。
そもそも、私、本業はゴーレム研究で、あの事件たちを引き起こしたのは已む得ない事情があったからって、ジーモンも知っている癖に。
「前にお前さんが西の地獄の境界に献上したオリハルコン機動要塞があったから、今まで目を瞑ってきたがな、今回はいい機会だ。ここ十年はこいつと旅をして頭を冷やせ」
「そんな、あんまりよ!」
ジーモンは自分より頭一個高いソウイチの肩を叩こうとして腕を伸ばそうとして、結局背中を叩く。それが強すぎたのか、ソウイチは咳き込んでいる。あと、ソウイチもジーモンの発言に目を丸くしている。
「っけほ、って、ちょっと、ジーモンさん!俺、十年もこいつと旅するんですか!?」
「そうだ。ほら、王がそう言っていたじゃろ?」
「聞いてないって!」
「そう言えば、ソウイチはここの言葉がわからないんじゃったな。はっはっは」
「笑い事じゃないって!俺、てっきり数年だと思ってたのに……」
「それは、私もよ!ソウイチが可哀想じゃない!」
「単にお主はソウイチが邪魔なだけじゃろ」
まあ、それはそうなんだけど、多少は、多少はソウイチの事も考えてなくも無いわよ。もし、私が彼の立場だったらあまりにも勝手な契約すぎて、斬りかかってるわよ。
ソウイチは特に斬りかかることも無く、契約書を握りつぶす。
「こんな仕事、辞めてやる!」
「いや、それは無理じゃな。契約違反をした場合、お前に神罰が降り注ぐぞ」
「神罰なんて知るか!」
ソウイチは紙を破ろうとした。その時、空から一条の光がソウイチの上に降り注いだ。もの凄い音と共に光は消え去り、馬小屋の屋根が吹き抜けと成り、その下には黒炭になったソウイチの姿があるだけだった。これは、きっと、死んだわね。
「ああ、ソウイチ、死んでしまうとは情けないわね」
「死んどらんわ!」
黒焦げになったソウイチは立ち上がった。異世界転生者ってタフなのね。
「回復魔法を、かけてやろう。中級治療(キュラシオ・コア)」
ジーモンがソウイチに触れながら唱えると、炭が落ちて、辛うじてボロボロの布切れで大事な部分が隠れているが、素っ裸同然のソウイチが現れる。
こう見えて、212歳のエルフ、男の裸何て見慣れているわ。
いや、やっぱり見慣れてなんか無いわね。
「きゃー!変態!」
本能的に鞄の中のゴーレムの腕を飛ばしてソウイチの頬を殴る。ソウイチが回転しながら宙を舞い、地面に倒れる。
「もう、俺、嫌!」
「そんなの、私のセリフよ!変態!」
めそめそ泣きだすソウイチの元にジーモンが歩み寄り、優しく肩を叩く。
「お前さん、気落ちするでない。人生、色々とあるものじゃ」
ジーモンがそっとソウイチに自分が羽織っていた汗まみれのコートを掛ける。そして、爽やかな笑顔でサムズアップ。
「こんな日もある」
「「全部、お前のせいじゃー!」」
「り、理不尽!」
気が済むまでジーモンをぼこぼこにした。流石、デーモンスレイヤーの二つ名を持つ戦士なだけあって、私たちの拳程度だと全く効いてないし、全部弾かれたけど。
ジーモンも多少は申し訳なく思っていたのか、お詫びにということで、私たちはフロサクア王都フレイカスにある酒場、湖の子豚亭の部屋を数日分借りてくれた。勿論、私とソウイチ、それぞれ別の部屋よ。
あと、ソウイチはジーモンからおさがりの服を貰えたみたいだけど、長年のドワーフらしい汗のにおいが染み付いていて、本人も着た瞬間顔を顰めていたわ。
さらに、追い打ちをかけるようにサイズが合ってなくて、非常に残念な見た目にもなっていて、可哀想すぎたのか後でジーモンに上着だけ買ってもらっていたわね。
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