エメス・シーカー:自称ゴーレムマスターのエルフは異世界転生者と出会う
雨中若菜
セベラと雪の女王
第1話
私みたいなゴーレムマスターというのは、どこの学派にもどこの国にも属していない魔法使いだから収入源は無いわ。それなのに、魔導書やら触媒やらで多額の支出がある訳だからいつも貧乏。神官の人たちみたいに、魔法使いにも歩いているだけでお金くれないかしら。
まあ、現実はどうもこうも変えられないので、今日も元気に冒険者として野盗退治に出かけている。もっと高額の依頼を受けたいのは山々なのだけど、残念ながらパーティーを結成してない私にはここら辺のレベルしか受注できないのよ。あんまりよね。
それで、今回受けた依頼だけど、野盗に捕まったデード村の村長の娘の救助よ。もう、村長の娘は助けたのだけど、駆け付けた時点で娘が死体だった場合、報酬ってどうなるのかしら。
「って、私死んでないから!?」
突然、人型ゴーレムに縛り付けた女が目を覚まし、叫び出す。心の中で言っていたつもりが、いつの間にか喋っていたみたいで、この女にも聞こえていたみたい。
「貴方、てっきり死んだのかと思ってたわ」
「どこがよ!?生きてるでしょ!というか、これ何!外してよ!」
人間の娘がジタバタしながら、ピーピーと喚く。その五月蠅さときたら、バンシークラスね。一応、心臓が止まってたし、死亡確認はしたのだけど。
きっと、さっき放った
「生きているなら報酬貰えるし、よかったわ」
「それだけ!?生きていて良かったー、とかそんな反応は無い訳!?」
「私、ゴーレム以外には興味ないの」
「じゃあ、これはゴーレム!?どうしてゴーレムに括りつけられているのよ!」
「私の腕で貴方を運べると思って?」
「だとしても、他に方法があるでしょ!」
「確かにもう少し効率の良い運搬方法はあるわ。だけど、今はあまり時間が無いみたいなのよ」
時間が無いというのも、私たちは今、数十人の野盗に追われている。別にあの程度、簡単に殺すことは出来るけど、無用な殺生は良くないって言うでしょ。だから敢えて見逃してあげたのに、どうやら彼らはそうと気づいてないみたいね。
「囲まれそうね」
「もっと早く逃げてよ!私、まだ死にたくないわよ!貴方、冒険者でしょ!あんな連中、さっさと殺してよ!」
「殺すことは可能だけど、無用な殺生は良くないって習わなかった?」
「今はそういう場合じゃないでしょ!こっちが死ぬのよ!」
「貴方の勝手で命を奪えというのは、やはり人間は傲慢ね」
「あの時は、約束してたの!トーマスの奴が、月が昇ったら森の入口に来いって。だって、愛の告白とかだって普通思うじゃん!って、聞いてる!?エルフのチビッ子!」
今、彼女、子供を意味する言葉を私に向かって言ってたような気がするけど、私は大人だから、子供の暴言程度、一度くらいは見逃すわ。
「おい!チビ!」
「今、近くに誰かいたかしら?」
「あんたのことを言っているのよ!」
前言撤回、やっぱり見逃すことは出来ないわ。
すかさずゴーレムの振動抑制魔法をオフにする。すると、ゴーレムが急に上下に激しく振動をしだす。きっと、あの女はゴーレムの硬い石の胴体に背中を嫌という程にぶつけるに違いないわ。いい気味ね。
「きゃーー!痛い!痛い!ごめん!チビって言ったことは謝るから!きゃーー!」
「暫くそこで反省しているといいわ」
もうすぐ森を抜けて、デード村が見えてくるはず。流石の野盗でも、村に入れば襲ってくることは無い。しかし、私はそこで立ち止まった。
「囲まれたわね」
「ちょっと!これ止めてよ!あと、今、囲まれたって言った!?逃げられないって言うの!嫌よ!こんなところで、死にたくないわ!って、痛い!痛い!」
「貴方の命ついては、安心して頂戴。このまま逃げてもらうから」
ゴーレムに近づいて、振動抑制魔法をオンにした後、その胸の窪みに魔結晶を埋め込む。ここに魔結晶を埋め込むと、自動で自動走行モードに遷移するから、このまま馬の脚でも追いつけない速さで村まで走っていく。
「うわ!ちょっと、何よ!きゃー!」
「多分、村までたどり着けるから大丈夫よ」
「多分って何よ!絶対じゃないの!?そんなの嫌よ!きゃー!」
人間の女はゴーレムに揺られ断末魔と共に去っていった。さて、野盗を倒す時間ね。
一先ず、保管庫の人型の簡易ストーンゴーレム15体を
銃だと弾丸に込められる魔力量が少ないから鎧を貫けないけど、相手を殺さないのだからこれで十分ね。
「おい、お前!女を返せ!……って何だ!?」
見るからに堅気では無さそうな、ゴブリン顔の大男が目の前から現れるけど、ゴーレム軍団に驚いて腰を抜かして立ち尽くしている模様。
まあ、ここまで多くのゴーレムなんて迷宮でしか見られないから、こんな昼間の森の中に居たら、大体の人は腰を抜かすに違いないわね。ゴーレムマスターたる私に目をつけられたが最後ね。
このまま怯えた顔を眺めるのもいいけど、時間が勿体ないので鎧の無い足に弾丸をお見舞いする。こうすれば、彼も動き出すでしょう。
「ぎゃー!痛い!何なんだ!これは!」
案の定、男は足を引きずりながら後退りだす。だけど、そこにゴーレムが迫り、石でできた巨大な腕を振り下ろす。
なんとか野盗の男はそれを腕で防ぐけど、骨は折れたでしょう。あまりの痛さと恐怖のせいか、男は泣き出した。大の大人がストーンゴーレム如きで泣くなんて、情けないわね。
「助けてくれ!お願いだ!誰か!」
ぞろぞろと現れた他の野盗たちに目を向けると、殴っても斬ってもびくともしないストーンゴーレムに恐れを成して、何人かは逃げ出すのが見えた。
普通のストーンゴーレムだったら、あれ位で破壊できるでしょうけど、生憎、これはゴーレムに置いては最強の私が作ったゴーレムなの。だから、通常武器程度では壊れないわ。
「ば、化け物だー!」
「逃げろー!」
「死にたくないー!」
森のあちらこちらから悲鳴が上がり、期待通り野盗は散り散りになって逃げていった。逃げようとしない野盗には足に弾丸を打ち込んで、戦意を削ぐ。そろそろ、野盗全員、逃げ出すわね。
今日も私の圧勝。
そう思っていたのも束の間、この騒ぎの中、森の中から一人こちらに向かって走ってくる影があった。
「待てい!」
英雄譚に出てくるような古めかしい口調、というか古代語で、威張った青年の声がした。何だか嫌な予感がして銃を撃ってみたのだけど、直ぐに大剣で弾かれる。
夜なのに私特性の銃弾を弾くとはそこそこの戦士ね。でも、いくら王都近郊の村とはいえ、そのレベルの戦士がこんなところにいるのかしら。ここら辺の依頼はよく、銅プレート冒険者が主に受けているはずなのだけど。
「化物め!この俺が成敗してくれる!」
月明かりを背景に、森の中から見慣れない青いフード付きの服に身を包んだ黒髪の青年が現れた。彼は、何やら体格に見合わない大剣を力まかせにブンブンと振りながら、こちらに近寄ってくる。そして、ストーンゴーレムに一太刀。
大剣がぶつかると同時に、ストーンゴーレムにひびが入り、砕け散った。驚きの光景すぎて、流石の私も絶句する。
私のゴーレムを砕くなんて、あの大剣、上級魔法が付与されているに違いないわ。そうなると、冒険者だと金プレート以上ね。彼は一体、何者よ。って、悠長に見ている場合じゃないわ!このままだと、私のゴーレムたちが全部、砕かれる!
「ちょっと待ちなさいよ!」
青年は私の声が聞こえていないのか、次々にストーンゴーレムを破壊しにかかる。あの触媒、廉価版とはいえ一体辺り3メタルもするし、迷宮じゃないと強化素材が入手できないのよ!
「待って!そのゴーレムは私のよ!壊さないで!」
結局、ゴーレム全てが殲滅されるまで、私の声が青年の耳に終に届くことは無かった。今日の収入は30メタル、ゴーレムの損失45メタル、つまり15メタルの大赤字。貧乏魔法使いには大打撃よ。何だか、泣けてきたわ。
「大丈夫かい、お嬢さん」
私のゴーレムを全滅させた彼が、優しそうに微笑みながら私に駆け寄る。人の物壊しておいて、何なのよ、その笑顔は。何が大丈夫よ、貴方のせいで全く大丈夫じゃないわ!
その嫌な笑顔を見ていたら、ムカついてきたわ。彼をどうこうした所で、ゴーレムは戻ってこない。そうと分かっているけど、こうなったら腹いせに付き合ってもらうわ。
「大丈夫か?どこか痛いところでも……」
「
右手の人差し指の指輪が光り、特大級の雷が青年の頭上に降り注ぐ。辺りの村に影響がない程度に威力を絞ってかつ、中級魔法を選択するだけ、私って優しいわね。一面、焼け野原になったのはご愛敬ということで。
「おい!馬鹿!死ぬじゃねぇか!」
目の前にうず高く積もった炭の塊の中から青年が出て来た。無事だったみたい。
「ちっ」
「おい!舌打ちすんじゃねぇ!折角助けてやったって言うのに、何だよその態度は」
「別に窮地じゃなかったわ!あの程度、簡単に倒せるもの!私の邪魔をしてきたのは貴方の方よ!私のゴーレムを全て壊して!」
「魔物に襲われていたじゃないか!危ないだろ!」
「あのゴーレムは全部、私のよ!」
「魔物を操るなんて……まさか、お前、魔族か!?」
青年は無礼にも私を魔族と勘違いした上に、手に持った物騒な黒光りする大剣を私に向ける。
「魔物なんかと一緒にしないで!あれはゴーレムよ!あと、私はエルフよ!耳長いし、角無いでしょ!」
「だったら、ダークエルフだな!エルフの癖に、森を焼くし」
「ダークエルフは普通に砂漠のエルフよ!本人たちの前で話したら、貴方、魔法で酷い目に遭わせられるわよ!あと、エルフだって森を焼く時は焼くわよ!森はね、私たちの手で適切に管理してあげないといけないの!」
「そういうものなのか?じゃあ、お前は只のエルフの魔法使いで、あの魔物はお前の使い魔か何かという事か?」
ゴーレムマスターである私に対して只の魔法使いと言った挙句に、ゴーレムを魔物や使い魔なんかと混同するなんて、どれだけ常識知らずなのかしら。
「あれはゴーレム!何度言えばわかるの!?」
「そりゃ、知らないよ!俺、ここに来たばっかだもん!」
ここに来たばかり、奇妙な服装、上級魔法が付与された大剣、もしかしたら彼、所謂、異世界転生者なのかしら。だったら、常識が無いのは納得ね。
旅先で聞いた話だと、異世界転生者は誰もが古代語で話し、傍若無人で、無知で、その割には力を持っているから面倒らしいわ。彼もその特徴全てに当てはまっているわね。
今日は厄日だわ、歩く災害に出くわすなんて。
「異世界転生者は皆、自分勝手で五月蠅くて、嫌ね」
「好きで死んでこっちに来たわけじゃねぇよ!って、おい!異世界転生者って沢山いるのか!?」
「ええ、虫のように沢山いるわよ!皆、傍若無人、無知、怠惰、無用の長物ということで、西の地獄に送られるか、辺境に押しやられているわ!」
「はあ!?女神さまから魔王を討伐するのですとか言われてきたのに、そんな目に遭わないといけないのか!?」
「魔王は最初の異世界転生者の勇者が地獄の奥底に封印したわよ!そんな常識的なことも知らないの!?」
「聞いてねぇよ!じゃ、じゃあ、俺はどうすればいいんだ!?」
「知らないわよ!」
「もう、何が何だかわかんねぇよ!」
「私にそんな事、聞かないでよ!」
そうこう言い争っていると、いつの間にか私たちの周りに村人たちが集まっていた。そして、そこから村長が歩み寄ってくる。
「黙れ、お前たち!」
穏和そうな見た目から、急に怒号が飛んできたので、驚きのあまり口論は中断となった。
「娘を助けてくれたのはありがたい。じゃがな、森を焼くまでしろとは言っておらん!報酬は無しじゃ!」
「はあ!?森を焼かないなんて契約書に無いわ!それに、森は直ぐに戻るからいいじゃない!」
「精霊が怒っておる!来週の精霊祭が行えなければ、儂らの収穫量は減るかもしれのだぞ!」
「そんなこと、私が知る訳無いじゃない!」
「おい、魔法使い、あの爺さんは何て言っているんだ?」
「貴方は黙ってて!」
古代語しか話さないから、何となくそんな気はしてたが、やはり彼は、共通語はわからないようだ。中々に声が大きいから、少しの間だけでも黙って欲しいわ。
「さっき、ギルドに今回の件を問い合わせた。結論として、セベラ・ラトヴァレヘト、お主のライセンスを取り上げるそうだ!」
「ちょっと、待ってよ!そんなのあんまりだわ!」
「今日の件だけではなく、ヴァリスパトリアム城の破壊、スノーフォール山崩落、隕石落下未遂等々、全てを加味しての決断だそうだ!これだから、魔王の再来は……」
「なあ、何て言っているんだ?今、ギルドとか、ライセンスとか言ってた気がしたんだが」
「五月蠅い!あーもう!最悪よ!」
もう、何を言っても無駄だった。
結局、私はこの日、冒険者という職を失った。その後、村長からクドクドお説教を喰らい、村から追い出された。
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