第72話 知られざる事実

「ハインリック先生とあなたが親友? ……あり得ない」


 地を揺らすように強く一歩を踏みだしながら、ジノン・バークハートはグラムスキー兵団長へと詰め寄る。


「もし本当に親友だというならなぜ先生を見捨てたんだ!」

「見捨てたわけじゃない……私も彼を救おうとしていた」


 歯を食いしばるグラムスキー兵団長の表情には無念さがうかがえる。

 ……演技とは思えない。

 心の底から後悔しているように思える。


 だが、その程度ではジノンを納得させるには至らない。


「ならばどうして救えなかった? あんたも幹部連中と同じように先生を都合よく利用してその技術だけを手に入れようとしたんだろう?」

「それは違う。私はハインリックの死に前々から疑問を抱いていた。――だが、どこで誰が手を回しているのか、それを探り出せずにいた。アマンダ・ベインズなど一部の信頼できる部下たちにも魔法兵団を裏から支配する存在を炙りだすため、いろいろと策を練ったが……効果はなかった」


 魔法兵団で最大の権力を持つグラムスキー兵団長でさえ接触できないなんて……これはかなり前々から用意周到に準備されていた計画のようだ。


 だが、今回はその証拠がある。

 ジノンが持っている水晶だ。


 あそこに映っている者たちを捕らえれば、言い逃れのできない証拠を突きつけて尋問ができる。


 チェスター家はドラゴンの力を他国にも売りさばく準備をしていた。

 魔法兵団や学園の関係者がそれに肩入れしていたとなれば、反逆罪として厳罰が下されるだろう。


「ジノン……俺たちを信用してくれ」


 俺も説得を試みる。

 これ以上の被害者を増やさないためにも。


「グラムスキー兵団長は以前から魔法兵団の体制について疑問を抱かれていた。大幅な組織改革も実行して魔法兵団という組織自体を刷新するつもりだったんだ」

「何……?」


 魔法兵団の現幹部を潰そうとしていたジノンにとって、このような情報は初めて耳にするものだろう。

 言った俺自身、つい最近になってこっそりウィンタース分団長から伝えられたばかりだからな。俺の場合、まだ入って日は浅いけどアマンダさんあたりが推薦をしてくれたらしい。


「彼の言う通りだ。私腹を肥やすために組織を悪用する老害どもを駆逐し、魔法兵団を真の意味で民から信頼される組織として生まれ変わらせる――それが私の生涯の目標なのだ」


 堂々と宣言する兵団長。

 その力強い眼差しに嘘がないということはジノンもすぐに察せられたようだ。


 ――ただ、そう簡単に受け入れられるものではないだろう。


 ヤツがここまでの大仕掛けをしてきた原動力は「復讐」のひと言に尽きる。

 それが今、大きく揺らごうとしているのだ。


 ……でも、グラムスキー兵団長がやろうとしていることの根本的な部分はジノンと変わらない。

 歪んでしまった魔法兵団を立て直すため、元凶を追いだそうと策を練っている。

 だから、ここでふたりが協力体制を取れれば……事態は大きく前進することになると俺は考えた。


 だからこそ、彼を説得し、納得した上で証拠を記録した水晶を渡してもらいたい。それから自首をして罪を償わなければ。


 ハインリックが彼に研究を託した本当の理由――それは決して復讐に利用してほしかったからではない。そしてそれは彼自身も本当は気づいているはずだ。


「ここから先は俺や兵団長、そして志を同じとする魔法使いたちが命を懸けて彼らの本性を暴いてみせると約束する」

「…………」


 ――これが決定打となった。


 ジノンは脱力するとその場に膝から崩れ落ちる。

 俺がゆっくり近づくと、彼はすんなりと水晶玉を渡してくれた。


「よろしくお願いします」


 消え入りそうな小さい声でそう呟くと、兵団長が呼び寄せた騎士や魔法使いたちによって連行されていった。


「彼の決意を無駄にするわけにはいかないな」


 グラムスキー兵団長がそう言うと、部下である魔法使いたちは深く頷いた。

 この場にいるのはジノンと同じように不正を許さない正義感の強い魔法使いばかりだからな。


 きっと、国を丸ごと敵に回してもハインリックの仇を取ろうとした彼の気持ちに少なからず共感する部分があったのだろう。


 復讐を肯定するわけじゃないが、俺も彼の考えをすべて否定するつもりはない。

 ともかく……俺は最後の仕事をしようか。


「ゼルク、よくやってくれた。その水晶は私が貴重な証拠品として預からせてもらおう」

「…………」

「? どうした、ゼルク。さあ、早くそれをこちらへ――っ!?」


 話の途中だが、俺は拘束魔法を放って動きを封じる。 

 標的はもちろん……グラムスキー兵団長だ。

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