第52話 四人目の弟子
ユマ・カイリーグ。
彼女は厳密に言うとコリン村の村民ではない。
大商人ノーラン・カイリーグの娘で、彼の別荘が偶然屋敷の近くにあったため、彼女はよく遊びに来ていた。
大金持ちのご令嬢ということで、田舎町へ遊びに来ても大丈夫なのかと心配したが、のちにノーランさん自身が村を訪れ、「娘に一般庶民の感覚を身につけさせたいので、できればこれからも仲良くしていただけると助かる」と頭を下げたのだ。
この行動には当時驚かされた。
世界に名を轟かせる大商人が田舎町の住人に頭を下げてお願いなんてあり得ない話だと思っていたからな。
ただ、結果としてノーランさんの狙いは正しかった。
大金持ちという家に生まれながらも、ユマはしっかりとした金銭感覚を持ち、一般人がどのような生活を送っているのか、いわゆる生活水準ってヤツを理解する。
しばらくすると、彼女は全寮制の王立学園に通うため別荘には当分戻って来られないと告げてシャーリーたちと涙のお別れをした。
それがまさか、こうして同じ職場で働くことになるなんてな。
ちなみに彼女にはふたりの兄がいて、商会は彼らが継いでいくのだろう。
「商人になるのかと思ったら、まさか魔法兵団とはな」
「先生のおかげで魔法の魅力に目覚めましたから。おかげで今はとても充実した日々を過ごせていますわ」
ハキハキとした態度で近況を語るユマ。
どうやら、彼女にはこちらの仕事の方が天職だったようだ。
さて、そんなユマがここへ来た理由なのだが……単純に俺との再会を果たすためだったらしい。
「アドナス山脈一帯を調査するための人員が必要とのことだったので、立候補しましたの」
「それはありがたいな」
「先生のためですもの」
ニコリと上品に微笑むユマ。
口元へそっと手を添えたりするところは、ナチュラルにお嬢様らしい仕草が出ていると言える。
「わざわざ挨拶に来てくれたのか」
「メイジーをお見舞いに行った際、彼女は先生との再会についてわたくしに熱く語ってくださいましたから……これは負けていられないな、と思いまして」
俺の知らないところでそんな事態になっていたとは。
というか、メイジーも元気そうで何よりだ。
その後、ユマも合流してさらに森の奥へと調査の足を延ばすことにした。
ちなみに、ユマは風属性の魔法が得意らしく、魔法兵団では【風慧】の異名で呼ばれているらしい。
しかし、俺の元弟子たちはみんなカッコいい異名をもらっているなぁ。
あと、活躍しすぎ。
周辺調査をするはずが、いつの間にか近況報告の方に熱が入ってしまう。時が経つのも忘れるほど夢中になってしまい、気がつくと辺りが橙色に染まり始めていた。
「おっと、しまったな。こんなに遅くなってしまうとは」
「とりあえず一旦戻りましょう」
「そうだね! また今度みんなでご飯でも食べながら話そうよ!」
「あら、それは名案ですわね」
最後まで明るく話が進む――と、急に背後から強烈な魔力を感じた。
「なんだ!?」
振り返った直後、俺のすぐ横を紫色の矢が通過する。
まずい。
そっちの方向にはマリーナがいる。
このままでは彼女に矢が刺さってしまう。
なんとかマリーナへ声をかけようとするのだが、それよりも先にどこからともなく吹いた突風で視界が遮られた。
「うわっ!?」
さっきまで風なんて吹いていなかったのに、狙いすましたかのようなタイミングで発生。その影響により、逆風をもろに食らった矢は勢いを失った。おかげでマリーナの反応がギリギリで間に合い、彼女は側転でこれを避ける。
間一髪のところで大事には至らなかったが……さっきの矢は一体何なんだ?
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