第10話【幕間】とある姉弟と大魔導士

 弟のギルバートは王立魔法学園がはじまって以来の天才と呼ばれていた。

 半分くらいはお世辞も入っているのだろうが、実力があるのに間違いはない。


 実際、忖度なく挑んだ学園の生徒たちや教師、時には現役の魔法兵団に所属する魔法使いでさえギルバートの増長を止めることができなかった。


 勝てば勝つほど調子に乗り、他者を見下し、世界は自分を中心に回っているのだと言わんばかりに尊大な態度で日々を過ごしている。


 魔法兵団へ入団したあかつきには「そのままではダメになる」と心身ともに鍛え直してやろうと思っていたが……まさかここでギルバートを完膚なきまでに叩きのめす者が現れるなんて予想もしていなかった。


 おまけにその人物というのが元農家の男。

 なんでも、魔法兵団への中途採用試験も兼ねて行われていたらしく、ギルバートとはひと回り以上の年齢差があった。


世界的に名の知れた魔法使いに弟子入りしていたわけでもなく、攻略難易度の高いダンジョンを単独で攻略したわけでもない。


経歴も実績もない元農家の男など、本来であれば書類選考の段階で軽くあしらわれるのがオチだ――が、彼は魔法兵団の若きエースで炎麗の異名を持つシャーリー・オルティスの師匠だという。


 とても信じられず、彼女は弱みでも握られているのかと勘繰ったほどだ。

 ただ、その人物があの伝説の大魔導士とされるゼルク・スタントンであると聞かされて状況は一変する。

 

 実在するはずがないとされていた魔法の天才。

 だが、それはあくまでも魔法兵団幹部の見解だ。


 かく言う私自身も、そんな男が本当にいるのだろうかと懐疑的な意見を持っていた。

 しかし、弟ギルバートとの戦いぶりを見て確信する。


 間違いない。

 彼こそ伝説の大魔導士である、と。


 学園では敵なしで、勢いに乗っているギルバートがまさかあのような素性の知れない中年男性に手も足も出ず一方的にやられたのだ。


 ギルバートが得意としている炎魔法を同じだけの威力を持つ水魔法で相殺。これだけでも十分凄いことなのだが、彼はさらに水魔法を発動させつつ攻撃用の雷魔法も同時に発動させて弟を倒した。


 試合結果を淡々と振り返っていると、油断したギルバートが悪いように捉えられているのだが、仮に他の魔法使いあの場にいたとしても、きっと弟と同じ状態となるか、或いは別の形で油断を見せていただろう。


 だが、それ以上にゼルク・スタントンという人間――いや、あそこまで来ると本当に人間なのかどうかさえ疑わしいのだが、とにかく彼の扱う魔法はどれも超一級品であった。


 だから、ギルバートは人生で初の敗北を味わったものの、逆にそれがプラスの方向に傾き始めていた。


「姉さん、俺は負けたが……不思議と気分はいいんだ。そりゃあ、最初に負けたと聞かされた時はそんなバカなと憤ったが、改めて試合の様子を記録でチェックしているとあの人がどれほど厳しい鍛錬を積んできたのかが分かる」

「才能豊かなだけではなく努力も怠らない。理想的な魔法使いね」

 

 勝利をして相手に好影響を与える。

 それはきっと、彼の人柄がそうさせているのでしょうね。

 

 近年では国を守るより私腹を肥やす方に熱を入れている者が多い魔法兵団幹部たちにはその現実が受け入れられないのでしょう。


 ……彼には連中のような薄汚い思考に染まってほしくはない。

 このノーザム王国の切り札となり得る逸材なのだから。


 ゼルク・スタントン。


 彼は必ず私が手に入れてみせる。


  ◇◇◇


「ぶえっくし!?」

「風ですか、先生」

「いや、誰かが噂しているのかも……」

「王都は常に大魔導士である先生の噂で持ち切りですよ?」

「えぇ……」

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