第3話【幕間】私の大魔導士様
「ゼルク先生……元気そうでよかった」
帰りの馬車の中で、私――シャーリー・オルティスは安堵のため息を漏らした。
コリン村を離れてもう十年以上。
何度か訪れようと試みたけど、結局いろいろあって果たせなかった。
今回だって名目上は業務って感じだし。
それでも、久しぶりにゼルク先生とお話しができてよかった。
本当はもっとゆっくりしていきたかったのに……この後で東の谷に出現したというオークの群れを討伐するという任務が入っていなければなぁ。
まあ、この鬱憤はすべてそのオークたちにぶつけさせてもらうとして、私はグラムスキー魔法兵団長とのやり取りを思い出していた。
◇◇◇
事の発端は一週間ほど前。
魔法兵団で飼育している馬の世話係を新たに雇うことになったのだけど、採用条件の必須事項に「最低でもD級以上の魔法が扱える者」というのがあり、それがネックとなってあまり人が集まらなかった。
そんな愚痴を人事担当の友人から聞いた際、偶然一枚の履歴書が目に入り、驚きのあまりしばらく意識が飛んでいた。
ゼルク・スタントン。
紛れもなく、私に魔法使いとしての道を切り拓いてくれた恩師の名だった。
普段は畑仕事に精を出し、ただの農家と公言しているが、その実力はどう足掻いても特技レベルで済まされるものではなかった。
実際、人事担当の友人は履歴書に書かれている特記事項の数々を読んで「こんな人間がいるわけない。悪質なイタズラ」と一蹴。
書類選考の段階で落とすつもりだったらしい。
ゼルク先生はコリン村から離れようとしなかった。
私や多くの村人たちは先生の類稀な魔法使いとしての才能に気づいており、すぐにでも王都へ出て魔法兵団の入団試験を受けるべきだと話したが、当の本人は今の生活で満足していると乗り気でなかった。
それがなぜ急に職業紹介所に履歴書を提出したのか。
そう考えた時、私は先日の王国議会で決定された一部農村の合併に関する話を思い出す。
確か、コリン村を対象になっていたはず。
私はてっきり別の村へ移り住むのだと思っていたが、先生は農家を辞めて別の道を進む決意を下したのだと察し、すぐさま履歴書をグラムスキー魔法兵団長へと出して彼を魔法兵団にスカウトすべきだと推薦した。
――が、当然、グラムスキー魔法兵団長は渋い表情で履歴書を見つめる。
「ここに記載されている情報のすべてが真実だというのか?」
「はい」
嘘偽りのない先生の個人情報だが、グラムスキー魔法兵団長は信じていないようだ。
「だがなぁ……そのリストも書かれている、全属性の魔法が扱えて魔道具作りの心得があってオークの村やワイバーンを単独で討伐したというのはどうにも信じがたい」
それは仕方のない反応だと思う。
先生の実力を知っている私でさえ、「盛りすぎでは?」と疑いたくなるほどだ。
しかし、どれも事実であるのは間違いない。
特にオークの村討伐に関してはまだ私が村にいた頃の出来事だし。
「これだけでも十分人間離れした存在だというのに、さらに――」
「さらに優秀な魔法使いたちと多く育てあげた実績もあります」
「……確か君もそのひとりだったな」
「はい。先生から炎魔法を習いました」
これがなかったら、私は魔法使いになっていなかっただろう。
まさに人生のターニングポイントであった。
「その成果が史上最年少という若さで単体でのワイバーン討伐成功というわけか」
「いかがでしょう。十分すぎるほどの実績では?」
「だがねぇ……本当に彼が伝説の大魔導士と噂されるゼルク・スタントンなのか?」
まあ、兵団長が疑念を抱くのも無理はないかもしれない。
私だって、魔法兵団に入ってから先生の凄さを知らされたようなものだ。
先生の名前は先に王都へとわたった人たちが噂を広めていた。
つまり、私が来るよりも前からすでにゼルク・スタントンの名は王都で定着していたのだ。
中にはあまりにも常識外れなスペックから創作に登場する架空の人物ではないのかという憶測まで出る始末。
一方、当時から魔法兵団は先生の存在を否定し続けている。
そんなふざけた人間がいるはずないというのが根拠であった。
しかし、今回まさかの本人による履歴書提出という緊急事態に、魔法兵団内はかつてないほど混乱。ちょっとした革命でも起きたかのような騒ぎとなっていた。
兵団長としても、今の状況は一刻も早く打開したいところだろう。
「……分かった。そこまで言うなら直接その力を確認させてもらおう」
「ぜひご覧ください。きっと、私やコリン村出身の魔法使いたちが口にしているのがおとぎ話の類でないと実感できるはずです」
「自信たっぷりだな。――では、彼には魔法兵団の入団試験に参加してもらうとしよう。対戦相手はギルバート・ベインズだ」
その名には聞き覚えがあった。
確か、王立魔法学園を首席で卒業したというエリートだったはず。
成績優秀で家柄も良いため、ひどく増長しているという話も聞く男だ。
「彼の実力をはかるにはちょうどいい相手だろう」
「むしろ物足りないくらいですね。先生にかかれば瞬殺ですよ」
「言うじゃないか。では使い魔を送って伝えておこう」
「詳細については私がコリン村を訪れ、直接先生に伝えてきます」
「そうしてくれると助かるよ」
よし。
これで堂々と先生に会える口実ができた。
仕事で行くのだから誰にも文句は言わせない。
踊りだしたくなる気分を抑えつつ、私は旅の支度をするため兵団長の執務室をあとにするのだった。
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