第2話 まさかの採用先

 約束の三日目。

 朝早くにロイ爺さんとその家族を見送り、畑の手入れをしてから昼飯を食べようとしたその時、一台の馬車がコリン村へとやってきた。


「来たか……」


 緊張の面持ちで、俺は馬車を出迎えた――が、

 

「えっ!?」


 思わず驚きの声が飛び出す。

 なぜなら、馬車の側面には王国魔法兵団の紋章が刻まれていたからだ。


 おいおい……あの手紙って魔法兵団からだったのか?

 そ、そういえば、あの手紙の送り主であるカーネル・グラムスキーって……


「魔法兵団の現団長じゃないか……」


 すっかり忘れていた。

 史上最年少で団長の座についた伝説の魔法使い。

 それがカーネル・グラムスキーだ。


 いやしかし待てよ。

そんな超大物が直接俺に手紙をくれたっていうのか?


 う、嘘臭ぇ……


 にわかに雲行きが怪しくなってきたぞ。


 だんだんと表情が引きつってきた俺を尻目に、馬車の荷台のドアが開いて中から人が降りてくる。


 出てきたのは魔法兵団の制服に袖を通す美人だった。

 年齢は十代後半か、二十代前半くらい。

 

 燃え盛る炎のような長い髪をサイドテールにまとめ、薄い紫色の瞳はジッとこちらを見つめている。


 ……あれ?

 この子――見覚えがあるぞ。


 若い女性などとうに都へと出ていってひとりもいないコリン村だが、数年前までは少ないながらも子どもや若者はいた。


 その中のひとりとよく似ているな。

 

「お久しぶりです、ゼルク先生」

「へっ?」


 せ、先生だって?

 やっぱり誰かと間違えているのか?


 辺境の農村で暮らす俺にこんな美人の弟子はいない。

 というか、弟子なんてとった記憶すらないぞ。


「先生が覚えていらっしゃらないのも無理はありません。最後にお会いしたのは私が七歳の時でしたから」

「七歳?」


 彼女の正確な年齢は分からないが、少なくとも十年ほど前であるというのは間違いないだろう。

 十年前のコリン村は……今よりずっと賑やかで活気があった。

 あの時ならまだ七歳くらいの子どもも確かにいたな。


 赤い髪に薄紫色の瞳――あっ。

 ひとりいた。


「もしかして……君はシャーリーか!?」

「っ!? 覚えていてくれたんですか!?」

「いや、正直忘れていたが……今ハッキリと思い出したよ」

「それでも嬉しいです!」


 喜びのあまり小さく何度もジャンプし、そのたびにサイドテールをピョコピョコと揺れている。これはシャーリーの癖だったが、大人になっても治っていないようだな。


 シャーリー・オルティス。

 幼い頃はこのコリン村で暮らしていたが、商人だった父親が王都に新しく店を構えることになって村を出ていった。

 あの時が確か八歳だったか。

 元気いっぱいで無邪気だったあのシャーリーが、まさかここまでスタイル抜群の美人に成長するとは。


「シャーリー? あのシャーリーなのか?」

「おぉ、間違いなくシャーリーだ! 美人さんになったなぁ!」

「ロニーさん! ケビンさん! お久しぶりです!」


 十年以上会っていないというのに、彼女は村人たちのことをしっかり覚えていて再会を喜んでいた。


 だが、まさか彼女が魔法兵団にいるとはな。

 ――って、ちょっと待てよ。


「な、なあ、シャーリー」

「どうかしましたか、ゼルク先生」

「ひょっとすると……グラムスキー魔法兵団長が送った使者というのは……」

「私ですよ?」


 サラッと答えるシャーリー。

 まあ、タイミング的にもそうなんだろうけど、だとしたらひとつ疑問が。


「もしかして……あの手紙は……」

「魔法兵団が送ったものです。先生にはぜひ我がノーザム魔法兵団に入っていただきたいと思いまして、私の方から推薦しておきました」

「なっ!?」


 やっぱりそうだったか。

 予想通りとはいえ、さすがに驚いたな。

 しかし、驚いたのは彼女も同じようだった。


「最初は目を疑いましたよ。先生ほどの実力者が、町の就職紹介所に履歴書を出しているなんて。もともと魔法兵団で飼っている馬の世話係を募集していたのですが、紹介所から届けられた書類を偶然目にした時は腰を抜かしました」

「実力者……?」


 あれ?

 妙だな。


 この村で暮らしていた彼女ならば、俺の魔法の実力については把握しているはず。


 それなら実力者なんて単語は出てこないよなぁ。


 あと先生呼びになっている理由だけど……昔、村の子どもたちにちょっとだけ魔法を教えていた時期があった。家庭の事情でほどなくみんな村を出ていってしまったけど、もしかしてその時の名残か?


「本当はすぐにでも私と同じ部隊に入っていただきたいのですが、頭の固い上層部はひと目実力を見なければ信用できないってきかないんです。ゼルク先生こそが、王都で噂になっている伝説の大魔導士で間違いないというのに」

「は、はあ……えっ? ちょっと待って」


 王都で噂になっている伝説の大魔導士ってどういうことだよ。

 俺はただの辺境に暮らす農家のおっさんだぞ?


 そりゃあ、人よりちょっと魔法を扱うのは得意だけど、そんなのは素人に毛が生えた程度のもので専門家である魔法兵団に入れるレベルには到底及ばない。


 なんか悪質なデマが流行っているのか?

 早いうちに誤解をといておこうとしたら、シャーリーに一枚の紙を手渡される。


「正式に入団が決定したあかつきにはこちらの条件で働いていただこうかと」

「……どれどれ」


 再就職活動の身としてこれはもう本能というか、反射的にチェックしてしまう。

 ――で、その労働環境なのだが……めちゃくちゃ厚遇されていた。


「こ、これ本当にいいのか?」

「私としてはもっと条件を良くした方がいいと直談判しましたが、上を説得できずお恥ずかしい限りです」


 いやいやいや!

 今の稼ぎの十倍以上だぞ!?

 いろいろ桁がひとつ多い!


 ……逆にプレッシャーが強くなったな。

 入団試験を突破してほしいとのことだったけど、それができそうにないからやっぱりただの夢物語で終わりそうだ。


 その後、俺はシャーリーから試験の日時と場所を聞く。

 彼女はこの後に任務があるため王都へ戻るらしく、正式に入団が決まったらまたゆっくり話そうということになった。


「たくさんの弟子が先生を待っていますから」


 馬車に乗り込む前、シャーリーはそう言っていたが……えっ? 彼女以外にもこの村出身の魔法使いっているのか?


 俺が魔法を見せてきた子って結構な数いるんだけど。

 ……一体どれくらい入団しているのだろうか。

 ちょっと怖くなってきたぞ。

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