辺境育ちの大魔導士~農家のおっさん、知らぬ間に英雄となる~

鈴木竜一

第1話 無職はつらいよ!

 俺の名前はゼルク・スタントン。

 今年で四十歳となる立派な独身おっさんだ。


 趣味は農作業。

 特技はちょっとだけ魔法が使える。


 ……あまりの薄っぺらさに、自分で語っていてなんか悲しくなってくるな。

 しかしまあ、これが厳然たる事実というヤツだから仕方ない。


 それ以外にこれといった特徴もなく、ノーザム王国の北端にあるコリン村という小さな農村で平穏に暮らしていた。


 そのコリン村は人口わずか十五人。

 おまけに俺以外はみんな高齢のお年寄りと来ている。


「やあ、ゼルクさん。ちょっといいかな」

「ロイ爺さんか。今日はどうしたんだい?」

「朝起きてからどうにも腰の調子が悪くてのぅ」

「了解だ」


 今日も日課となっている早朝からの農作業を前に、村人たちが俺のもとへやってくる。

 目的は治癒魔法による治療だ。

 何の取り柄もない俺だけど、幼い頃から魔法の覚えだけはよかった。


 両親は幼い頃に病で亡くなり、それからは村人たちが協力をして俺を育ててくれたため、俺はみんなのために魔法を覚えようと努力した。


 本来なら王立魔法学園に通って専門家から指導を受けるのがベストなんだろうけど、あそこはとにかく学費が高いからな。


 おまけに家柄至上主義を掲げているため、俺のような平民はよほど才能がなければ入学を許されない。


 人よりちょっとだけ魔力量が高く。

 人よりちょっとだけ扱える魔法属性の数が多く。

 人よりちょっとだけ魔法を習得するスピードが速い。


 その程度の実力では試験など突破できるわけがないと早々にあきらめ、農家となった。

そして近くの町へ野菜を売りに行っては、儲けの一部で役に立ちそうな魔法関連の書物を買い、独学で習得していく日々を送る。

 

 ――だが、そんな生活もまもなくひとつの区切りを迎えようとしていた。


「時にゼルクさんや、おまえさん次の仕事は見つかったのかい?」

「それがまだなんだよ」


 ロイ爺さんに痛いところを突かれ、乾いた笑みがこぼれた。


 このコリン村は国の政策によって近々他の村と統合されることが決まっている。 

それに伴い、ここで暮らしていた十五人は新しい土地へと引っ越すよう命じられたのだ。

ここは王都からも遠く、それでいて人口が少ない。だから人の多い町へ移り住んだ方が安全であるのは確かだ。この政策について不満はない。

 

 期限はあと一週間。

 すでに何人かは息子夫婦だったり兄弟を頼って村を去っている。

 

 俺も引っ越しをしなくちゃいけないんだけど、その前に再就職先を探していた。

 天外孤独の身である俺には頼れる親戚がいない。

 

 だから住居より先に仕事を見つけ、その職場の近くに暮らそうと考えている。


 農家を続けてもよかったのだが、俺がやっているのは家庭菜園に毛の生えた程度のレベルであり、とても売り物にはならない出来ばかり。やるとしても趣味止まりだろうな。


 村のみんなが魔法や魔道具のお礼にいろいろと差し入れてくれたからここまでもったようなものだ。


 一応、近くの町にある職業紹介所に履歴書を渡してあるので、近いうちに何かしらの返事が来ることになっている。


 ……とはいえ、ほとんど空白なんだよなぁ、履歴書。

 職歴はここで趣味レベルの農家をやっていたくらいなのでほとんど無職同然。

 

 一応、何かの役に立つかもしれないと、特技である魔法関連の情報はビッチリ書いて埋めておいた。


 本職の魔法使いさんたちに比べたら鼻で笑われそうなレベルだろうけど、何もないよりはマシだろう。


「ありがとうよ、ゼルクさん」

「ロイ爺さんもあんまり無茶はしないようにな。明日には息子さんたちが迎えに来るんだろ?」

「それはそうだが、長年よく働いてくれたこの畑の面倒は最後までみてやりたくてね」


 ロイ爺さんはゆっくりと立ち上がりながらそう告げると、近くに置いてあった愛用の鍬を握る。


「あんたの作ってくれたこいつを使うのも今日が最後になるか」


 寂しそうに呟くロイ爺さん。

 彼が腰を悪くした三年ほど前から、俺は地の精霊に頼んで農具に加護を与えてもらった。おかげで力なく畑を耕すことができるようになり、感謝されたっけ。

 魔道具作りも昔から得意で、いろいろと作ったなぁ。


「こいつは家宝にさせてもらうよ」

「大袈裟だなぁ」

「いやいや、随分と助けられたからなぁ。どうだい。いっそこの手の道具を作るために工房を構えては」

「工房か……それも悪くないかもしれないな」


 最後に笑い合って、それぞれの畑へと歩きだす。

 俺もロイ爺さんを見習って畑仕事に精を出そうか――そう思った矢先、俺はこちらへと向かってくる小さな魔力を感知した。


「……使い魔か?」


 仮にモンスターだとするなら、早めに対処しておいた方がいいだろう。

 コリン村近くにモンスターが出るのは珍しいことじゃない。


 一応、書物を読んで見様見真似ではあるが結界魔法で村を覆っているし、それも突き破ってきそうなヤツが近づいてきたら炎魔法や雷魔法などで撃退していた。


 ただ、モンスターと呼ぶには反応が小さい。

 かといって野生動物でもなさそうだ。


不思議な反応を前に戸惑っていると、ついにその正体が俺の前に姿を現す。


 そいつは真っ白な羽毛に包まれた小鳥だった。

 だが、これでもれっきとした使い魔だ。

 その足には魔法で保護された手紙が括りつけられている。


 かなり手厚く守られているようだが、一体何の手紙だ?

 使い魔である小鳥が俺の前に現れたってことは、俺宛ての手紙で間違いない――あっ、そうか。これは職業紹介所からの返事かもしれない。


 次の就職先について何か書かれているかもしれない。

 そう思った俺はすぐさま手紙を広げて中身をチェック。


 そこに記されていた内容は――


【ゼルク・スタントン殿。履歴書に記されているあなたの素晴らしい才能が本物であるかどうかこの目で確認をしたいと思い、手紙を送らせていただきました。詳細は三日後にそちらへ到着予定の使者からお聞きください。カーネル・グラムスキー】


 というものだった。


「三日後に使者が……しかし肝心の職場が書かれていないな。一体どこなんだ?」


 あと気になるのは「素晴らしい才能」という一文。


 履歴書にそんなこと書いたかな?


 全属性の魔法がAランク級のレベルまで使えて、魔道具づくりの心得があって、村を襲おうとしたオークの群れやワイバーンを討伐した経験があるってくらいだけど。


 魔法兵団に所属する本職の方々の活躍に比べたら微々たるものだ。


 ……もしかしたら、誰かと間違えている可能性もあるな。

 

 あと、カーネル・グラムスキーって人の名前もどっかで聞いたことがあるような?

 

 いずれにせよ、三日後にこのコリン村を訪れるという使者にその辺の確認をしっかりしてもらうとしよう。


 でも……できればこのまますんなり再就職を決めたいところだな。






※このあと10時、12時、15時、18時、21時と更新予定!

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