第4話 おっぱい見たいの?

 夏休みに入り、僕は先輩の家にお呼ばれた。先輩の家におじゃまするのは、これが3度目だ。

 この人の家、家っていうか豪邸なんだよな。地上3階地下1階。駐車場は5台分あるような。


 先輩の私室に通されて、「ここにどうぞ」とベッドに座らされる。

 そしてTシャツ短パン姿の彼女が当然のように僕の左隣に座って……ちょっ、むき出しの腕同士が密着するんですけど!?

 マジでドキドキするな、もう!


「先輩って受験しないんですよね。このまま大学に上がるんですか?」


 うちの高校は大学の付属だけど、無条件で大学に上がれるのは成績優秀者だけ。上位20%ほどだと言われている。

 僕は、ちょっと無理そうだな。内部進学試験を受ける必要があると思う。


「うん。成績は1年2年の結果だけで問題なかったし、外部に行きたい大学もないしね」


「じゃあ、夏は遊べますね。海とか行くんですか?」


「海ねー。今年も家族で海外行くんだろうなー」


「いいですね、お金持ちは。うらやましいです」


「うらやましいって、わたし高3だよ? 家族で海外旅行うれちぃでちゅ~って年齢だと思う?」


 何歳でも、海外リゾート旅行はうれしいだろう。行ったことないから知らないけど。


「海外のリゾートで海を満喫まんきつなんでしょ? 先輩の水着姿、きれいなんでしょうね」


 思わず、大胆なこといっちゃった。


「満喫? まん、きつ? 後輩くんってば、まんキツだなんて。うふふ♡ 男の子だね♡」


 なに言ってんだこの人。あんまり意味不明なこと、言わないでもらえないかな。

 ……って、あ! そういうことか。なんだよもう、なんでもありか!

 仕方ない、話を修正しないと。


「いいなー。先輩の水着姿、見てみたいなー」


 これでいいか? 修正できたか?


「水着姿って……そんなにわたしのおっぱい見たいの? わー、エッチだー、エロ後輩だ」


 よかった、話の流れを修正できたようだ。エッチだというくせに、先輩はなんとも思ってないように笑ってる。むしろお嬢様的な、お上品な笑顔で。

 っていうかこの人、おっぱいって言った? 聞き間違いかな。


「僕が先輩のどこを、見たいっですって?」


「ん? おっぱい、だけど。見たいんじゃないの?」


 やっぱりこの人、おっぱいって言ってた。いや、それは見たいですけどね。今もTシャツを持ち上げるお胸の盛り上がりに、ドッキドキですけどね!


「なんで照れてるの。見せてあげないよ? おっぱい」


 さすがに照れますよ。憧れの先輩が、普通におっぱいなんて単語を口にしたんですから。

 先輩があれな趣味を満足させようとしているときは『非日常』だから、僕も割り切ってるのか何を言われても受け入れられるけど、こういう『日常での不意打ち』はダメだ。

 というか「おっぱい」レベルの「恥ずかしい言葉」のほうが、僕はドキドキして、恥ずかしくなってしまう。


「はは~ん、男の子はおっぱいが好きっていうもんね。おっぱいって言葉だけで、もう恥ずかしいのかな? おっぱい、おっぱい、お~っ、ぱいぱい♡」


 ダメだこの人は。趣味で恥ずかしい言葉を言い過ぎて、おっぱいは普通の言葉になり下がっている。感覚が麻痺してるんだ。

 ちょっと、理解してもらったほうがいいんだろうか。

 言ってみるか? 僕がおっぱいっていったら、恥かしく思ってくれるのか?


「先輩はお、おっぱいが大きくて、すてきですから……水着姿、みたいです……よ?」


 きょとんとした顔をする先輩。なんですか、その顔。


「めずらしいね、後輩くんがそんなこと言うなんて。いいえ……そんな積極的に、わたしの肉体を求めてくるなんて」


 言い直さなくていいですよ、肉体を求めてないですし。


「おっぱいが大きいって言われて、恥ずかしくないんですか?」


「なにが? わたし、おっぱいおっきいよ。わかってるけど、毎日もみ洗いしてるし」


 も、もみ洗い!? なにそれ、女の人ってもんで洗ってるの!?


「うわ、なにそのお顔~、そんなお顔されちゃうほうが、おねえちゃん恥ずかし~な~♡ かっわい~の」


 やばい、どんな顔してた!? こっちこそ恥ずかしい。


「後輩くんが恥ずかしお顔してるだけで、おねえちゃん、ドッキドキしちゃ~う♡」


 先輩が顔をよせてくる。近い、近いです!


 それに匂いが、いい匂いがするんです……けど。


 顔が覗きこまれる。すぐ目の前にある、美しい唇から目が離せない。


「目、閉じないの?」


 ……は? それは、どういう意味……ですか?


 固まった僕へと、


「あはははっ!」


 先輩は笑った。


「キスされちゃうと思った? ざんねーん、しませーん、されませんよ~? あははっ」


 面白そうに笑う彼女に、心臓がズキズキした。少しでも期待した自分が恥ずかしくて、辛かった。


「……ごめん。からかいすぎちゃった、かな」


 どうしたんだろう? 突然、先輩が真面目な表情になる。

 そして、


 ちゅっ♡


 僕の左のほっぺたに、彼女の唇が落ちてきた。


「お、思ったより恥ずかしいね、これ……」


「せ、先輩!?」


「だってそんな、しょぼりした顔させるつもりなかったもん」


 しょんぼり……してましたか?


「ほっぺにだって、初めてだからね。お父さん以外の男の人にキスしたの」


「……は、はい」


「はじめての、キス……ファーストキス、うへっ、うへへ♡」


 どうしてそんな、ニヤけきった顔するんですか。雰囲気台無しですよ。

 でも先輩のこのお顔は『照れてるお顔』なんだから、それはそれでうれしい。


「僕、うれしいです。ほっぺでもなんでも、大好きな先輩にキスしてもらえるなんて、うれしいです」


 思わず「大好きな」って言っちゃった。

 だけど先輩は気がつかなかったのか、気にもされなかったのか、


「なに? さてはおねえちゃんをニヤけさせるつもりだね? いけない弟だー」


 弟ではないし、先輩はすでにニヤけてるけど、


「はい、いけない弟です。ほっぺにキス、うれしかった。大好きだよ、おねえちゃん♡」


 今度は意識して、「大好き」って言ってみた。

 本当に大好きだから。想いを告げたかったから。


 だけど、めっちゃ甘えた声になっちゃった。恥ずかしい。

 先輩は先輩で、


「いいね! おねえちゃん。もいっかい言ってみ? ほらほら~♡」


 うれしそうにしてくれたから、それはそれで満足だったけど。

 その日はずっと、先輩を「おねえちゃん」呼びさせられた。お昼どきになって、


「外でご飯食べよう。姉弟きょうだいデートしようよ!」


 さそってもらえて、外に出ると、


「おねえちゃんだから、弟の手をひっぱってあげる」


 手を繋いでもらえたのがうれしかった。


『弟じゃなくて、いつか恋人として手を繋げてもらえるよう、頑張ろう』


 そう誓ってしまうほどに、幸せだった。

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