第3話 好奇心旺盛なのね♡

 性癖せいへきをこじらせているときはアレだけど、普段の先輩は結構カッコいい。

 成績は優秀だし、見た目は黒髪ロングのモデル体型お嬢様だ。実際先輩のおうちは、お金もちなんだって。おじいさんが、結構大きな会社の創設者らしい。


 僕が朗読部に入ったのは、入学して間もなくの部員勧誘デモンストレーションで、『風の又三郎』を朗読をした先輩の声と容姿に一目惚れしたからだ。


「この人と仲良くなりたい!」


 と、そんな下心から。


 入部は下心からだけど、この1年間、部活動は真剣にやってきたから、授業中に教科書を読まされても自信をもって音読できるようになった。

 先輩は中学のとき朗読の全国大会で2位になったことがある実力者で、指導は的確で厳しくもあったから、そのおかげだろう。


 部活の時間。部室には僕と先輩しかいない。

 5分ほどの短めな朗読を終えた僕を、


「うん、今のは良かったわ」


 彼女が褒めてくれる。


「そう、ですか?」


 自分では納得できてないけど、先輩が言うならそうなのかも。


「後輩くんって声は普通だけど、感情が伝わりやすい口調なのがいいわよね」


 感情が伝わりやすい? そんなの思ったことないけど。


「だけど会話文は、登場人物によって読む速度を変えるのを意識してね。少年は子どもらしく少し早めに、長老は威厳を持たせてゆっくりと。あからさまにそうする必要はないけど、意識はして。今、誰のセリフを読んでいるかってことを」


 なるほど、心にメモっておこう。


「ちょっとやってみるわね、聴いていて」


 僕が文字をなぞるように読んだ文章を、先輩は歌うように、だけどはっきり聴き取りやすく読み上げていく。

 部室に響く、美しい声。こういうのを、玲瓏れいろうと表現するのだろう。


「どうかしら、わかった?」


 聞き惚れるしかできなかった。


「はい。きれいな声で、すてきでした」


「そう? ありがとう。でも、そういうことじゃなくて……」


 言葉を切ると先輩は、くすっと上品に微笑んで、


「どうしてあたしの顔を、じっと見てるの? 恥ずかしいでしょ。そんなうっとりした顔で見つめられると、後輩くんの(ピー)な(ピー)で、わたしのお顔をどろっどろにしたいのが伝わってきちゃうわよ?」


 あぁ、そういうの求めてないんで。

 部活中ですから、ちゃんと指導してくれればいいんですよ? お上品な顔して、にこやかにいんを口にしないでもらえますか。


 ……って、


「部室でそういうこと言わないって、約束しましたよね?」


「えー、だってー。後輩くんが悪いんだよ? そんな、先輩きれいです〜♡ って顔して見てくるんだもん。恥ずかしくなって興奮して、エロワードがどぴゅどぴゅって溢れだしちゃったわよ」


 いや、なんで僕のせいなんですか。油断も隙もないな、この人。


「どぴゅどぴゅっ? いえ……どびゅっ! どっびゅっん! のほうがいいかしら、リアリティがある? 男の子的にどうかな、意見を聞かせて欲しいわ」


「それは、真面目に聞いてるんですか?」


「もちろん、真面目に聞いてるわよ。ふざける要素ないわよね」


 ふざけてる要素しかないと思うけど、もしかして朗読の上達に関係あるのか? それだって、言葉の違いだもんな。


「最初ので、いいと思いますけど……」


「最初の? どうだったかしら、言ってみて」


「だから、どぴゅどぴゅっでいいと思いますけど」


 しまった! やっぱ罠だった。先輩はすんごいニヤニヤして、


「そーなんだー、後輩くんは、どぴゅどぴゅってでちゃうんだ~♡ だしちゃってるんだ~♡ ふへっ、ふへへっ」


 ニヤけてても美人なの、なんか腹たつな。


「そ、そういう先輩は、どうなんですか!」


「どうって? あー! あれね、わたしが(ピー)ってなったときどうなのか知りたいのね! いいわね、とっても素晴らしいわ。好奇心旺盛なのね♡」


 やばい、余計なこと言っちゃった!


「こ、ここではダメです。家で録音してきてください」


「ダ~メ♡」


 先輩は僕の横に来て耳元で、


「わたしが(ピー)ってなるときは、じゅわぁ~って感じで、どぴゅどぴゅっじゃないわ。女の子は、どぴゅどぴゅしないの。男の子みたいに、たっぷりお汁が溢れないのよ? 身体からだがワフワフして、じゅわ~って感じになるの。どう? わかった?」


 顔が赤くなってるだろう僕を覗きこみ、お姉さん的な余裕の笑みを浮かべる先輩。


「こーふんして、どぴゅどぴゅしたくなっちゃったのかな~? くすっ♡」


 声だけで、言葉だけで、無理やりエッチな気分にさせられる。

 先輩を、この人を僕のエロい妄想で汚したくないのに。


「かっわい~ねぇ♡ お顔、あかいでちゅよ~」


 無言で固まる僕をそのままに、先輩が離れてくれる。


「そういうこと言うの、家でだけですよね……約束、しましたよね」


 怒った声になってるのは、自覚できた。


「ごめーん、つい」


 つい……じゃないんですよ。

 僕は本当に怖い。この人が僕以外の誰かに、性癖を知られることが。


「約束、しましたよね!」


 焦り、不安。なぜこんな、ザワザワしたイヤな気持ちになるんだろう。

 大好きな先輩にエッチなことを言ってもらえて、からかうように遊んでもらえて、嬉しいはずなのに。幸せなはずなのに。


『家の外では、エッチなことは言わない』


 そいうルールだったはずなのに、なしくずし的に「部室ではOK」になってしまっている。多分ここでは、僕とふたりきりだからだ。


 でもこれが続くと、いつか先輩の性癖が誰かに……


「怒った……の? ごめんなさい」


「怒ってないです」


 そう、この感情は怒りじゃない。


「心配……なんです」


 この人には、危機感がない。この人の性癖がこれまで誰にもバレなかったのは、もしかしたらバレてるかもしれないけど大きな問題になってない感じなのは、きっと、ただの偶然だ。

 運がよかっただけ。


「先輩にエッチなことを言ってもらえるのは、ドキドキして嬉しいです。先輩になら、からかわれるのもイヤじゃないです。でも、先輩がそういうことを言う人だって、誰かに知られるのが怖いです、心配です」


「う、うん……ごめん、なさい」


「学校にはたくさん人がいますから、ひかえてもらえると嬉しいです。僕がお願いすることじゃないでしょうけど、でも……お願いします」


「……はい、わかりました。心配してくれてありがとう」


 先輩は真面目な顔をして、頷いてくれた。


 でも、この人、本当にわかってくれたのか?


 次の日、先輩が持ってきたボイスレコーダーには、いつにも増して下品でエロいいんを美しい声で官能的に溢れさせる音声が、10分以上にわたって録音されていた。


「謝罪のつもりでがんばったから、よかったらひとりでするときに使ってね」


 上品な笑顔ですけど、ひとりでなにをするのに使えって言うんですか。わかりますけど、わかりたくないんですよ。

 僕があなたを、そういうことに使うわけないでしょ!?


 この人、男心おとこごころがまったく理解できてないよな……。

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