第2話 人生詰んじゃうよ~♡

 今代こんだいの朗読部部長である桃咲ももさきしず先輩は、『恥ずかしくなるのが好きな人』らしい。

 恥ずかしいと気持ちいいが直結してる性格というか、性癖せいへきみたいなんだ。


 よくわかんないけど、性癖は人それぞれっていうしな。

 僕だって、女の子が人前ひとまえでお菓子とか食べてお口もぐもぐさせてる姿に、ドキドキして恥ずかしくなる。それと同じだろう。


 僕が先輩の性癖を知ったのは、偶然だった。

 あの日、高校生活1年目が終わりそうになっているころ。先輩は部室に入るなり、本棚の整理をしていた僕が目に入らなかったのか、


「わたし桃咲靜羽は、(ピー)が大好きなエロ子です♡ ご主人さま、こんな変態エロ子に、(ピー)で(ピー)なお仕置しおきをしてください♡ どんなエッチなご命令にも、靜羽はエロエロでがんばれま~しゅ♡」


 と、ステップを踏んで踊るように、軽やかに歌いあげたんだ。

 それはもう、朗読部の部長らしく、滑舌のいいきれいなお声で。


「はぁ~、はぁ♡ はぁ♡ うっわー、めっちゃドキる~。へ、変態エロ子だって、わたし学校で自分を変態エロ子っていっちゃった。どきどきするー、ドキンちゃんになっちゃう~、うへっ、うへへ~。こんなの誰かにかれたら、人生詰んじゃうよ~♡ あはっ、あはははっ!」


 とか、人生詰んじゃうっていう割にすんごい楽しそうだった先輩は、唖然あぜんとする僕を見つけると、


 びくうぅーッ!


 全身で飛び跳ねた。キュウリを見たネコのように。


 沈黙が部室を支配すること、1分弱くらい?

 でも、体感的にはその5倍くらい。


いてたの、僕で良かったですね。僕じゃなかったら、先輩本当に人生詰んでましたよ」


 多少変質者的なことを口走ろうと、僕はすでに先輩に魅了された状態だったから、彼女への恋心が揺らぐことは少ししかなかった。


「う、うそ! いつからいたの!?」


「いつからって、先輩が部室に来る前からですけど」


「だって今日は、掃除当番だから遅れるんじゃ……なかった?」


「それ、明日あしたです」


 先輩の絶望的なお顔、なんかかわいい。ゾクっとした。


「き、聴いてたの!? わたしの人生詰ませるつもりなの!?」


 聴いてたんじゃなくて、聴かされたんですよ。


「そんなつもりないですけど、部の後輩としてはちょ~と気になるところがありますので、詳しい話を聞かせてもらえませんか?」


 このとき僕は、先輩が「やばいことに巻き込まれているかも」と、本気で心配になっていた。

 だってあまりに、常軌じょうきいっした言動だったから。


 先輩は普段、清楚せいそでお上品なお嬢様キャラを演じている。見た目が清楚でお上品なお嬢様だから、その演技は上手くいっているっぽい。

 部内ではそれなりに本性をあらわしているから僕にはお嬢様を言葉を使わないけど、それでもあんなを言う人には思えなかった。


 (ピー)としか表記できない、はっきり書いちゃうとカクヨムの規定に触れて削除されるに違いない、禁止用語が盛りだくさんのセリフを言うような人には。


 本当に、自分の意思で口にしたものだろうか?


 そう思っての確認だったけど……先輩の説明は、想像の斜め下をもぐっていた。


「じゃあ先輩は、自分の意思であんなこと言ってたんですね?」


「自分の意思ってゆーかー、衝動しょうどうのままに?」


「衝動のままって……ダメじゃないですか、自重じちょうしてください」


 先輩の話によると、彼女は『恥ずかしくてエッチな言葉を口に出すのが好き』なのだと、小学校高学年になってから止められないのだと。

 言っちゃダメな場所でいうのが、さらにいいのだと、興奮するのだと。そういうことだった。


 やばいことに巻き込まれてない、誰かに脅されての言葉じゃないというのは安心だったけど……はい、この人。変質者でした。


「言っちゃダメなところで、言っちゃダメです。自分の部屋でガマンしてください。プライベートな空間でなら、許される趣味ですよね?」


 言い換えれば、『プライベートな空間じゃないならやめてください』ってことだけど。


「そ、それはそうだけど。そんなのじゃ、もうガマンできないのッ!」


「キリッとした顔で言うことじゃないですよね? そんなのじゃってなんですか、もうって、どこまで進んでるんですか。ガマンしなさい」


 つい、命令しちゃったよ。


「じゃあ後輩くんは、おしっこするなって命令されてガマンできる? できないでしょ!」


 美人さんが「おしっこ」なんて言わないでください。ちょっとドキッとしたじゃないですか。


「それとこれは違いますよ。お、おしっこ……は、生理現象じゃないですか」


 おしっこって言うの、恥ずかしかった。先輩よく、平気そうに言えるな。


「わたしが恥ずかしくてエッチなこと言っちゃうのも、生理現象だもん! つい言っちゃうんだもん」


 それは、やまいなんじゃないのか?


「ですけど実際、僕に聞かれたじゃないですか。やばいですって」


 病院に行ったほうがよくないですか? と言葉にしようか迷ったけど、とりえず飲みこんだ。


「後輩くんは誰にも言わないでしょ! 言わないよね!?」


「それは、言いませんけど……」


 好きな人の、憧れの先輩のそんな変態的な性癖を吹聴ふいちょうする趣味はない。というか、誰にも知られたくないんだけど。


「言いませんけど、なに? ……はっ! わたしおどされて、後輩くんのおもちゃにされちゃう!? 犬の首輪つけられちゃう? 夜の公園で裸のおさんぽ……くふ♡」


 そこ、ニヤけるとこじゃないですよね? それに、夜の公園で裸のおさんぽってなんですか。そんなのポリス出動案件でしょ。

 ダメだこの人、早くどうにかしないと!


「先輩、どうしてもガマンできないんですか?」


「うん、できない」


 即答しないでください。性癖バレして開き直ってるのか?


「後輩くんは、うんこをがま」


「うんこって言わない! 先輩自分の外見が、清純派美少女なのわかってますよね! いつもはお上品に振舞ふるまってますもんね! そんな汚いこと言っちゃダメです」


「えー、うんこはエッチな言葉じゃないよ……って、もしかして、アレ? 後輩くんってうんこをエッチに思っちゃうアレな人なの!? へ、変態だッ」


 エッチだからじゃなく、下品だからダメって言ったつもりなんだけど? 汚い言葉だからって。

 いや……もう面倒くさいな、これ。


 で、いろいろ妥協点だきょうてんを話し合った結果。


『恥ずかしいことは家でしか言わない。でも喋ったことは録音して僕に聞かせ、後輩くんに恥ずかしいこと言ってるの聴かれちゃった♡ みたいな感じで、性癖を満足させる』


 で、落ち着いた。

 なんとか、落ち着けてもらった。


「じゃあ、これでいいですか?」


「はーい。わーかーりー、まーしーたー」


 適当な返事だな、不満顔だし。


「先輩、本当にわかりました?」


「わかったって。もう家以外で(ピー)とか(ピー)って言いませーん」


「今言いましたよね、(ピー)とか(ピー)って。ここ、家じゃないんですけど」


 先輩の顔が赤くなる。


「そ、そんな(ピー)だなんて……後輩くん、エッチだぞ?」


 さすがにイラッとしたけど、それを許してしまえるほど僕は先輩に恋をしていて、『この人を守らなきゃ』って本気で思ったんだ。

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