第4章:捜査開始
翌朝、高島は一命を取り留めたものの、依然として意識不明の重体だった。「ル・グラン・ブルー」の病院棟の一室。白い壁と消毒液の匂いが漂う静かな空間で、紬と柚子は事情を聴取する多田刑事たちの隣で、独自の調査を進めていた。
窓から差し込む朝日が、高島の蒼白い顔を照らしている。生命維持装置の規則正しい音が、部屋に重苦しい空気を作り出していた。
「ル・グラン・ブルー」の一室。窓から差し込む朝日が、病室の白い壁を柔らかく照らしている。生命維持装置の規則正しい音が、静寂を破る唯一の音となっていた。その中で、紬と柚子は低い声で会話を交わしていた。
「紬さん、衣装の方はまだ見つかりません」
柚子が小声で報告する。彼女の声には、疲労の色が濃く滲んでいた。昨夜からの捜索で、目の下にくまができている。その表情には、焦りと不安が入り混じっていた。
「そうか……」
紬は腕を組む。その仕草には、普段の軽さは微塵も感じられない。彼女の目は、遠くを見つめるように焦点が定まっていない。それは、紬が深い思考に沈んでいることを示していた。
「昨日のワシが聴いた心の声を整理すると、どうもこの業界にはもっと深い闇がありそうや」
紬の言葉に、柚子の背筋が少し伸びる。
「どういうことですか?」
柚子の目に、真剣さが宿る。その瞳には、事態の重大さを察知した色が浮かんでいた。 紬は、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。その口調には、慎重さが滲んでいる。
「みんな表向きは協力的やのに、本心では高島はんの失脚を喜んどる。ライバル心からやのうて、なんか恐ろしいもんから解放されたみたいな安堵感や」
紬の言葉に、柚子は眉をひそめる。その表情には、事態の深刻さを悟った色が浮かんでいた。彼女の頭の中で、様々な可能性が駆け巡る。
「まさか、高島さんが……?」
柚子の言葉は、そこで途切れる。
その先にある可能性を、彼女は口に出すのをためらっていた。
「そこはまだ分からん。もっと調べる必要があるな」
紬の声には、決意が滲んでいる。彼女の目が、ゆっくりと病床の高島に向けられる。高島の蒼白い顔を見つめながら、紬の中で様々な推理が展開されていく。
紬は立ち上がり、窓際に歩み寄る。朝日を浴びた彼女の横顔には、普段とは違う厳しさが浮かんでいる。
「柚子、このファッションショーには、もっと大きな何かが隠されとるんやないか?」
紬の言葉に、柚子も立ち上がる。彼女の目には、紬への信頼と、これから始まる本格的な捜査への覚悟が宿っていた。
「衣装の盗難、高島さんの急病、業界人たちの面従腹背な反応……全てが繋がっとるんや。それを解き明かすのが、ワシらの仕事や」
紬の言葉に、柚子は静かに頷く。二人の間に、暗黙の了解が流れる。この事件の真相を明らかにするまで、二人は決して諦めない。
病室の静寂の中、紬と柚子の決意が固まっていく。華やかなファッションの世界の裏に潜む闇。それを暴くために、二人の探偵は再び動き出そうとしていた。朝日が二人の姿を照らす中、新たな捜査の幕が、今まさに上がろうとしていた。
◆
「ル・グラン・ブルー」の大ホール。昨日まで華やかなファッションショーの準備で賑わっていた空間が、今は異様な静けさに包まれていた。その中を、紬と柚子が慎重に歩み進む。
二人は、まるで捜査現場を調べる刑事のように、鋭い目つきでホールを見回している。紬は、普段の軽薄な態度を影を潜め、真剣な表情で周囲を観察している。一方、柚子はメモ帳を手に、細かな情報を書き留めていく。
高級ブランド「MIYABI」のロゴが大きく描かれたバックパネルの前。そこで紬は、慌ただしく片付けを行うメイクアップアーティストに近づく。紬の目が、わずかに焦点を失う。それは、彼女の特殊能力が発動する瞬間だった。
(高島さんのこと、怖かった……でも、あんな目に遭うなんて)
メイクアップアーティストの内なる声が、紬の意識に流れ込む。その声には、恐怖と同情が入り混じっていた。紬は、その複雑な感情の裏に潜む何かを感じ取ろうとする。
一方、柚子は衣装ラックの前で、若いデザイナーの助手と向き合っていた。彼女の鋭い観察眼が、助手の些細な仕草や表情の変化を逃さない。
「高島さんって、どんな人だったんですか?」
柚子の問いかけに、助手は一瞬ためらう。彼の目が、周囲を素早く見回す。そして、誰も聞いていないことを確認すると、小声で答え始める。
「厳しい人でした。でも、才能のある人には手厚く支援してくれて……」
助手の言葉は、そこで途切れる。その目には、言葉にできない何かが宿っていた。柚子は、その沈黙の意味を探ろうとする。
◆
「ル・グラン・ブルー」の華麗な舞台裏。
紬と柚子は、その表面的な輝きの下に潜む闇を、一つずつ明らかにしていく。紬の特殊能力が捉える人々の内なる声、そして柚子の鋭い観察眼が拾い上げる微妙な表情の変化。それらが重なり合い、ファッション業界の醜い真実が浮かび上がってくる。
衣装ラックの前で、疲れ切った表情のスタイリストの心の声が紬の耳に届く。
(もう3日も家に帰ってない。でも、これが終われば少しは休めるはず……)
その声には、限界を超えた疲労と、かすかな希望が混ざっている。紬は、スタイリストの青ざめた顔と虚ろな目を見つめ、胸が締め付けられる思いがする。
メイクルームでは、若手モデルが鏡の前で震える手で化粧を直そうとしている。柚子がそっと近づくと、モデルは小さな声でつぶやいた。
「デザイナーさんに怒鳴られて……でも、これが普通なんです。耐えなきゃ……」
その言葉に、柚子の目に悲しみの色が浮かぶ。
紬は、ベテランモデルの内なる葛藤を読み取る。
(この業界で生き残るには、これしかない。でも、あの薬を使い続けたら……)
その声には、恐怖と諦めが混ざっている。紬は、モデルの完璧な笑顔の裏に隠された苦悩を感じ取り、歯を食いしばる。
バックステージの片隅で、若いデザイナーの助手が柚子に打ち明ける。
「高島さんは自分が好きな人を引き上げてくれる一方で、気に入らない人には……」
助手の言葉が途切れる。その目には、恐怖と感謝が入り混じっている。
紬は、カメラマンの内なる焦りを感じ取る。
(この仕事を逃したら、家族を養えない。でも、あのやばい撮影を続けるべきか……)
その葛藤に、紬の表情が一瞬歪む。
柚子は、控室で泣きじゃくる新人モデルを見つける。
「もう限界です。でも、ここを辞めたら、私の夢は……」
その言葉に、柚子は思わず手を伸ばしかける。
紬は、高島の側近の複雑な思いを読み取る。
(高島の手法は明らかに間違っとる。でも、彼女がおらへんかったら、この子らは……)
その声には、憎しみと尊敬が奇妙に混ざり合っている。
次々と明らかになる業界の闇。過酷な労働、理不尽なパワハラ、蔓延する薬物使用。それらが織りなす複雑な人間模様が、紬と柚子の前に広がっていく。
華やかなランウェイの上を歩くモデルたちの輝かしい姿。そして、その裏で苦しむ人々の姿。その極端な対比に、紬と柚子は言葉を失う。
ファッションショーの準備は、まるで何事もなかったかのように進んでいく。しかし、紬と柚子の中では、この業界の真実を暴き、そして変革を起こすという新たな使命が、静かに、しかし確実に芽生え始めていたのだった。
紬と柚子は、バックステージの片隅で情報を共有する。二人の目には、決意と共に、深い悲しみが宿っていた。
「紬さん、聞きましたか? これは想像以上にひどいです……」
柚子の声が震える。
「ああ、予想以上やな。でも、これが真実なんや」
紬の声には、強い意志が感じられる。
「この業界の闇を明らかにして、そして……変えていかなあかんな」
紬の言葉に、柚子が静かに頷く。二人の前には、単なる事件解決を超えた、大きな課題が立ちはだかっていた。華やかな衣装に彩られたホールを見渡しながら、紬と柚子は新たな決意を胸に刻む。この世界の真の姿を明らかにし、そしてより良い方向へ導くこと。それが、今や二人の探偵としての使命となったのだ。
キラキラと輝くスパンコールのドレスの間で、紬と柚子は静かに言葉を交わす。
「なあ柚子」
紬が真剣な表情で言う。その目には、普段見せない深い思慮の色が宿っていた。
「これはもう単なる傷害事件と盗難事件やのうて、もっと大きな、業界全体の事件や」
柚子も頷く。彼女の表情にも、事態の重大さを理解した色が浮かんでいる。
「私もそう思います。でも、それと高島さんの事件は関係あるんでしょうか?」
「その詳細ははまだわからへん。だがやつが真っ黒なのはもう確定や」
紬の言葉に、柚子は小さくため息をつく。
二人の捜査は、さらに深みへと進んでいく。華やかなドレスや煌びやかなアクセサリーに囲まれながら、紬と柚子は業界の闇へと足を踏み入れていった。その道のりは、彼女たちが想像していた以上に深く、そして危険なものだった。
バックステージの片隅で、一枚の写真が風に揺れる。そこには、笑顔の高島と若いデザイナーたちの姿が写っていた。その笑顔の裏に隠された真実を、紬と柚子はこれから解き明かそうとしていた。
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