第4話『ファッションショーの闇 ~紬と柚子、虚飾の舞台に立つ~』

第1章:華麗なる依頼

 大阪の喧騒から一歩離れた、高級ホテル「ル・グラン・ブルー」のロビーラウンジ。豪奢な調度品が並ぶ空間に、紬と柚子の姿があった。珍しくスーツに身を包んだ二人は、高級ブランド「MIYABI」のオーナーデザイナー、高島美也子との待ち合わせに臨んでいた。


 柔らかな照明が落ちる中、紬は不機嫌そうにネクタイを緩めながら、低い声で柚子に話しかけた。


「なぁ柚子、なんでこんな所で会うんや? ウチの事務所でええのに」


 柚子は、紬の耳元で小声で注意する。


「紬さん、ここは一流ホテルですよ。品位を保ってください。無い品位を体中から絞り出してください!」


 紬は鼻を鳴らし、周囲を見渡しながら呟いた。


「ふん。ワシはこういうところ苦手やわ。なんや見栄と虚栄の塊みたいで」


 その時、エレベーターから優雅な雰囲気を纏った中年の女性が現れた。洗練されたシルエットのスーツに身を包み、艶やかな黒髪を緩やかにまとめ上げている。その立ち居振る舞いには、長年培われた気品が滲み出ていた。


「あなたが紬さん?」


 澄んだ声音で女性が声をかける。紬と柚子は立ち上がり、挨拶をする。


「そうや、ワシが紬。で、こっちが助手の柚子や」


「初めまして、高島美也子です。本日はお時間を頂き、ありがとうございます」


 三人はテーブルに着席し、高島が話し始める。彼女の指には、さりげなく但し確実に高級感を醸し出すジュエリーが輝いていた。


「実は、来週開催予定の私のブランドのファッションショーで、重大な事件が起こる可能性があるという情報を入手しまして……」


 紬は、高島美也子の言葉一つ一つに神経を集中させる。高島の口元が動くたびに、紬の目が微かに細くなっていく。その瞳の奥では、特殊能力の発動を示す独特の輝きが徐々に強まっていった。


 周囲の喧騒が遠のき、高島の心の声だけが紬の意識を満たし始める。


(癪だけれど、もうこの探偵に頼むしか手はない。この探偵をうまく利用して……でも、もしこの業界の闇が暴かれたら……)


 高島の内なる声が、紬の心に直接響く。その声には、焦りと不安、そして計算高さが混ざり合っている。紬は、高島の表情と心の声の齟齬に、思わず眉間にしわを寄せる。


 高島の真意を察した瞬間、紬の口が開きかける。


「犯人が分かっ……!」


 言いかけた瞬間、紬は背中に突き刺さるような鋭い視線を感じる。ゆっくりと振り向くと、柚子が厳しい眼差しで自分を見つめているのが分かった。その目には、「ダメですよ、紬さん。まだ証拠が足りません」という無言の戒めが込められている。


 紬は小さく、しかし深く息を吐き、姿勢を正す。

 高島の話に真剣に耳を傾ける表情を作り、心の中で自分を落ち着かせる。


(まあ、ゆっくり話を聞こか。今すぐ真相を暴いても、かえって事態を複雑にしてまうかもしれへん。高島こいつの本当の狙いも、まだはっきりせえへんしな)


 紬の表情が、少しずつプロの探偵らしい冷静さを取り戻していく。同時に、高島の心にあった「利用」という言葉に対する警戒心も、紬の心の中で静かに芽生え始めていた。


 高島の話は続く。紬は表面上は落ち着いた様子を保ちながら、その一言一句を慎重に吟味していく。この依頼の裏に隠された真の意図を探り出すため、紬の鋭い直感と特殊能力が、静かに、しかし確実に働き始めていたのだった。


 高島は、ショーでメインの衣装が盗まれる可能性があること、そしてスタッフの中に不審な動きをする者がいることなどを語る。彼女の表情には、華やかな世界の裏側に潜む不安が垣間見えた。


「なるほど」


 紬が腕を組み、慎重に言葉を選ぶ。


「で、ワシらにどないしてほしいんです?」


 高島は少し躊躇した後、言葉を継ぐ。

 彼女の指先が、テーブルの上で小刻みに震えている。


「できればショーに潜入して、内部から調査していただきたいのです」

「また潜入捜査ですか……」


 柚子が眉をひそめる。その表情には、過去の苦い経験が浮かんでいるようだった。

 一方、紬は目を輝かせる。その瞳には、冒険への期待が満ち溢れていた。


「おもろそうやないか! ワシがモデルで、柚子がスタッフとして潜入したらええやん」


「えーっ!? ちょ、ちょっと紬さん!? またそんな安易に!?」


 柚子は驚いた様子で紬を見つめる。その目には、呆れと諦めが入り混じっていた。


 高島は安堵の表情を浮かべる。

 その表情からは、長年抱えてきた重荷が少し軽くなったような印象を受けた。


「では、そのように手配いたします。よろしくお願いいたします」


 こうして、紬と柚子のファッションショー潜入捜査が決定した。高島との打ち合わせを終え、ホテルを後にした二人。外の喧騒が、再び二人を包み込む。


「まったく、紬さんったら……」


 柚子がため息をつく。

 その表情には、これから始まる冒険への不安と、少しばかりの期待が混ざっていた。


「なんや? おもろそうやろ?」


 紬の声には、いつもの軽さが戻っていた。


「私、ファッションの世界なんて全然分かりませんよ」


 柚子の声には、自信のなさが滲んでいた。


「大丈夫や。柚子ならうまくやれる」


 紬は柚子を励ますように言い、そしていつものように柚子のスレンダーボディをねめつける。その視線に気づいた柚子の頬が、うっすらと紅く染まる。


「……柚子、自分スタッフより子役のモデルとして潜入した方がええか?」

「やかましい! この脳筋探偵が!」

「ほな、明日から早速潜入や! 楽しみやなー!」

「人の話を聞けーーー!!」


 紬の目は期待に輝いていた。華やかなファッションの世界。そこに潜む闇の正体とは? 紬と柚子の新たな冒険が、今始まろうとしていた。二人の姿が、大阪の雑踏に溶けていく。その背中には、これから始まる未知の世界への期待と不安が、複雑に交錯していた。

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