第4章:真相解明
夜8時、ホテルの大広間。宿泊客たちが不安そうな表情で集まってきた。
紬と柚子は部屋の前方に立ち、集まった人々を見渡している。
「紬さん、本当にこれでいいんですか?」
柚子が小声で尋ねる。
「これや、これ! くぅ~~~! 探偵しとるって感じやなあ、なあ柚子!」
柚子の心配をよそに、紬は集まった宿泊客たちの前でひたすらひとりで盛り上がっていた。
これはもう何を言っても無駄だな、と思った柚子は黙って口を閉じた。
一応事前に二人は事件の経過と真相をすり合わせていたのでなんとかなるだろう、と柚子は決め込んだ。
全員が揃ったところで、紬が前に進み出た。
「皆さん、ここに集まってもろたんはほかでもない……」
そこまで言って紬は柚子を振り返った。
(くぅ~、この
(そんなことはどうでもいいですから、ちゃんとやってくださいよ! この脳筋探偵!)
柚子が視線で殺せるほどの眼力で紬を睨みつける。
紬はこほん、と咳払いして先を続ける。
「ワシは探偵の紬・ゴンザレスや。ワシが今回の事件の真相を、ここで明らかにしたる!」
紬の言葉に、場の空気が一気に緊張感に包まれた。
「まず、オーナーの死因やけど……」
紬が話し始める。
「毒殺や」
驚きの声が上がる。
「そして、その毒は晩餐会でオーナーさんが摂取するように仕向けられていました」
補足する柚子の言葉に、会場は一気にざわめきに包まれた。
「ちょっと待ってください!」
中年の男性が声を上げた。
「晩餐会では皆同じものを食べたはずですよ。なぜオーナーだけが……?」
「そうよ」
年配の女性も続いた。
「私たちも同じワインを飲んだわ。どうしてオーナーさんだけが……」
部屋中が混乱に陥り、様々な声が飛び交う。
「これは一体どういうことなんだ?」
「私たちも危険なんじゃないの?」
「もしかして、まだ誰かが……」
不安と疑問が渦巻く中、紬は冷静に状況を見つめていた。
柚子が一歩前に進み出て、説明を続ける。
「皆さん、落ち着いてください。詳しくご説明します」
柚子は言葉を継ぐ。
「オーナーの胃の内容物から、極めて特殊な毒物が検出されました。その毒は、ワインと一緒に摂取することで初めて効果を発揮するものだったんです」
柚子は冷静な口調で説明を始めた。
「この毒物は非常に特殊なものです。単体では無害ですが、ある特定の物質と結合すると強い毒性を発揮します。今回の場合、その物質とはワインに含まれるタンニンでした」
柚子はさらに詳しく続けた。
「オーナーは晩餐会の前に、犯人からサプリメントと称して毒物を摂取させられていました。そして晩餐会でワインを飲むことで、体内で毒が活性化したのです。つまり、」
柚子は強調した。
「オーナー以外の方々は安全です。この毒がワインと結合する時間は限られており、サプリメントを摂取した後、一定時間内でなければ効果を発揮しないのです」
会場の緊張が少し和らいだのを感じ取り、柚子は最後にこう付け加えた。
「この毒物は非常に珍しく、入手困難なものです。ですので、これが重要な手がかりとなりました」
会場が再びどよめきに包まれる。
(まあ、全部紬さんが犯人の心から読み取った情報なんですけどね)
柚子は心の中でペロッと舌を出した。
紬が続ける。
「つまり、犯人はオーナーを狙って、あらかじめ毒を仕込んどいたっちゅうことや。そして犯人は……」
会場が騒然となる中、紬は七三分けの黒メガネ……もとい、一人の男性に向き直った。
「お前や! 副支配人の佐藤直哉!」
佐藤は青ざめた顔で後ずさりした。
「な、何を言っているんだ! しょ、証拠はあるのか?」
「柚子、見とったか、今の! ワシ、最高に輝いとったやろ! アカデミー賞も夢やないぐらいの名演技やったやろ!」
狼狽える佐藤をほっておいて紬が盛り上がりに盛り上がる。
しかし凍てつくような柚子の視線を感じた紬はあわてて本題に戻る。
「証拠? ああ、もちろんありまっせ」
彼女は目を閉じ、佐藤の心の声に耳を傾けた。
(まさか……バレるはずがない……完璧だったはずなのに……)
紬は目を閉じ、佐藤の心の声に集中した。その表情が徐々に変化していく。
「ほほう……」
紬が呟いた。
(まさか…どうやって知ったんだ……あの毒のこと……)
紬の眉が少し上がる。
「せやなあ、こんな特殊な毒のことなんて誰も知らんはずやもんなあ」
にやりと笑う紬。
佐藤の顔から血の気が引いていく。
(サプリメントのことまで……誰も知らないはずなのに……)
「せやなあ、サプリのことも誰も知らんはずやもんなあ。晩餐会の直前にいつものサプリにちっさい奴をばれんように一錠だけ混ぜたことなんて誰も知るはずないもんなぁ~」
紬がゆっくりと佐藤を睨めつける。佐藤の額に汗が浮かび始めた。
(オーナーとの口論……リゾート開発の計画書……もしかして全部バレてるのか?)
紬が佐藤の耳にそっと口を寄せる。
「ああ、もちろん知っとるで。あんたとオーナーがなんで揉めとったかもな」
佐藤の顔が一気に青ざめていく。
(もうダメだ……全てお見通しなのか……)
紬が静かに佐藤から離れた後、彼は顔面蒼白となり、がくがくと震えていた。
「さて、佐藤はん、全部話してくれまっか?」
紬が静かに問いかけた。
しかし佐藤がとても喋れるような状態でないことを見て取った柚子が前に出て、冷静に説明を始めた。
「佐藤さん、あなたはオーナーの経営方針に不満を持っていましたね。リゾート開発による自然破壊を危惧し、オーナーを説得しようとしましたが聞き入れられなかった」
紬が柚子の台詞を受ける。
「それでお前は、オーナーを殺害し、経営権を握ることを決意したんや。毒を用意し、晩餐会でオーナーに事前にサプリと一緒に摂取させた。そして、オーナーが部屋に戻った後、オーナー自身に鍵を閉めさせて密室に見せかけた。遅効性の毒やったさかいな」
佐藤は崩れ落ちるように膝をつき、顔を覆った。
「そうだ……私がやった……でも、それはあの自然を守るためだったんだ……」
佐藤は震える手で顔を覆い、絞り出すような声で話し始めた。
「私は……この島を愛していたんだ。この美しい自然、この島の文化……全てが大切だった」
彼は深く息を吸い、続けた。
「しかし、オーナーは違った。彼は利益ばかりを追求し、大規模な開発計画を進めようとしていた。森を切り開き、海を埋め立て……この島の魂を奪おうとしていたんだ」
佐藤の声が少し強くなる。
「私は何度も説得した。しかし、オーナーは聞く耳を持たなかった。『これが進歩だ、文明だ』と言って……」
彼は一瞬言葉を詰まらせ、そして再び話し始めた。
「そして、あの日……オーナーが最終的な開発計画書を持ってきた時、私は……頭が真っ白になった……。気がついた時には、あの毒を……」
佐藤は顔を上げ、涙を浮かべながら会場を見回した。
「私のやり方は間違っていたのかもしれない。でも、この島を、この自然を守りたかった。それだけなんだ……」
彼の声が震えて途切れた。
部屋は重苦しい沈黙に包まれた。
多田刑事が佐藤に近づき、静かに手錠をかけた。
紬は柚子に向かって微笑んだ。
「あー、気持ちよかった! もう探偵小説の定番シーン、まんまやん! めっちゃ気持ちよかった! なあ、柚子もっかいやってええか?」
「いいわけないでしょ、この脳筋探偵が!」
そう怒鳴ったあと、柚子はほっとしたような、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「でもがっかりです、せっかくの休暇がこんな形で……」
紬は柚子の肩を軽く叩いた。
「なあに、まだ明日があるやないか。最後の一日、思いっきり楽しもうや!」
こうして、南の島での密室殺人事件は幕を閉じた。
翌日、紬と柚子は最後の一日を心ゆくまでエンジョイした。
ビーチでの水泳、マリンスポーツ、そして夜には星空の下でのディナー。
帰りの飛行機の中、紬は窓の外を見つめながら呟いた。
「ええ休暇やったな」
柚子も頷いた。
「そうですね……でも、次はもう少し平和な場所に行きたいです」
紬はくすりと笑った。
「そうやな。でも、ワシらがおる限り、どこに行っても事件は起きるんやで!」
「もう、紬さんったら……」
二人の軽い言い合いが機内に響く。大阪への帰路につく探偵コンビ。
彼女たちの前には、まだまだ多くの謎が待ち受けているのだった。
(了)
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