第6章:七不思議の真実

 夕暮れ時の神社。

 紅葉した木々が風に揺れる中、紬、柚子、綾乃、そして三島の4人が向かい合っていた。


 三島が開いた巻物には、聖マリア女学院の創立時の様子が描かれていた。そこには、現在の校舎とは全く異なる姿の学園が記されている。


「これは……」


 柚子が息を呑む。

 紬は巻物をじっと見つめながら言った。


「なるほど、そういうことか」

「紬さん、もしかして……」


 柚子が紬の顔を見る。

 紬はニヤリと笑った。


「ああ、全部繋がったわ」


 三島は深いため息をつく。


「そうです。この学園は、元々は……」

「修行の場みたいなもんやったんやな」


 紬が言葉を継ぐ。三島の心を読んだのだ。


「霊力を持つ少女たちを育成する、秘密の道場みたいなもんや」


 自信満々に紬が宣言する。

 綾乃が驚いた表情を浮かべる。


「え? それって一体……」


 三島は頷く。


「その通りです。聖マリア女学院の前身は、超常的な力を持つ少女たちを守り、育てる場所だったのです」


 柚子が困惑した様子で尋ねる。


「でも、どうして普通の学校に……」

「時代の変化です」


 三島が答える。


「超常的な力を持つ者たちが迫害される時代が続き、表向きは普通の学校として運営せざるを得なくなったのです」


 紬は腕を組んで言った。


「ほんで、あんたはその秘密を守るために、怪奇現象を仕掛けたと」

「はい……」


 三島は悲しげに頷く。


「学園の真の姿を隠しつつ、霊力を持つ生徒たちを守るために……その生徒たちがわたくしにとっての『財宝』なのです……」


 綾乃が突然声を上げた。


「待ってください! それじゃあ、私たち生徒の中にも……」


 三島は綾乃をじっと見つめる。


「そうです、綾乃さん。あなた自身はまだ気づいていないようですが、あなたもその一人なのですよ」


 綾乃は驚きのあまり言葉を失う。

 紬は柚子に向かって言った。


「ほら、言うたやろ。最初からこいつが犯人やって」


 柚子は呆れたような、でも少し感心したような表情を浮かべる。


「もう、紬さんってば……」


 三島は深く息を吐き、懺悔するように話し始めた。


「実は、怪奇現象を仕掛けたのには二つの理由があったのです。まず一つ目は、霊力を持つ生徒たちの能力を隠すためでした。彼女たちの中には、自覚のないまま能力を発揮してしまう者もいます。その現象を"学校の七不思議"として処理することで、能力者の存在を隠蔽できると考えたのです。そして実際、そうでした」


 三島は一度言葉を切り、申し訳なさそうな表情で続けた。


「二つ目の理由は、皮肉にも生徒たちの能力を鍛えるためでした。怪奇現象に興味を持ち、調査する中で、自然と霊感や直感が磨かれていく。そうして、知らず知らずのうちに自身の力に気づき、コントロールできるようになっていくのです」


 紬は腕を組んで聞いていたが、ここで口を挟んだ。


「つまり、七不思議は能力者を隠すためのカモフラージュであり、同時に彼女らの能力を引き出すためのトレーニングでもあったちゅうことやな」


 三島は頷いた。


「はい。でも、これは決して正しいやり方ではありませんでした。生徒たちを不安にさせ、時には恐怖を与えてしまった。私の愚かな判断で、多くの生徒を苦しめてしまったのです」


 三島の目に涙が浮かぶ。


「本当に、申し訳ありませんでした」


 三島は深いため息をつくと、紬たちを見つめ直した。


「実は、私があなた方に依頼したのには、もう一つ重要な理由があったのです」


 紬は眉をひそめる。


「ほう?」


 三島は続けた。


「私は……もうこの秘密を一人で抱え切れなくなっていたのです。学園の真の姿、そして生徒たちの特別な力。これらを守りつつ、同時に彼女たちの未来を守る方法を模索していました」


 彼女は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに話を続けた。


「そんな時、紬さんのことを知ったのです。心を読む能力を持つ探偵さん。あなたなら、この状況を理解し、適切な判断を下してくれるのではないかと」


 紬は静かに頷いた。


「つまり、ワシらに真相を暴かせることで、新しい道を見出そうとしたっちゅうわけやな」

「はい」


 三島は力なく答えた。


「もう私一人では決断できなかったのです。外部の目、そしてあなたのような特別な能力を持つ方の目で、この状況を見てほしかった。そして、もし可能であれば……この学園と生徒たちの未来のために、力を貸していただきたかったのです……ですが予想外だったのはあなたがあまりにも早く真相に到達したことなのです……」


 柚子が驚いたように声を上げた。


「まさか、最初からそこまで考えていたなんて……」


 三島は悲しげに微笑んだ。


「無謀な賭けだったかもしれません。でも、これが私にできる精一杯のことだったのです」


 紬はしばらく黙っていたが、やがてニヤリと笑った。


「なるほどな。そんな自分一人で全部背負い込まんでもええのに。まあでも、あんたの思いはちゃんと伝わったで。何しろワシは心が読めるしな」


 三島の目に、安堵の色が浮かんだ。

 彼女の真意が明らかになったことで、事態は新たな展開を迎えようとしていた。


 そこへ、突然境内にパトカーのサイレンが響き渡った。


「おっと、お迎えが来たみたいやな」


 紬が言う。

 三島は観念したように頭をさげた。


「では行ってまいります。全ての責任は取ります」


 紬は三島に近づき、静かに言った。


「心配せんでもええ。あんたの気持ちも、財宝……生徒たちを守りたかった思いも、ちゃんと警察に説明したるわ」


 三島の目に涙が浮かぶ。


「ありがとうございます……」


 警察が到着し、三島は連行され、事情聴取が始まった。

 紬と柚子は警察に全ての経緯を説明し、三島の意図も伝えた。


 数時間後、事態は一段落。

 夜空に星が輝き始めた頃、紬と柚子は学園の門前に立っていた。


「結局、学園の七不思議は理事長の仕業だったんですね」


 柚子が言う。

 紬は煙草を吸いながら答えた。


「まあな。でも、本当の不思議は、この学園の歴史そのものやったってことや」


 柚子は紬をじっと見つめる。その瞳には若干の疑念の色が浮かんでいた。


「紬さん、本当に最初からすべてわかっていたんですか?」


 紬はニヤリと笑う。


「さあな。それは探偵の企業秘密トップシークレットや」

「もう!」


 柚子が頬を膨らませる。

 その時、綾乃が二人に駆け寄ってきた。


「先生、佐々峰さん!」

「どないしたん?」


 紬が尋ねる。

 紬は教師として堂々と振舞っているが、「佐々峰さん」とクラスメイト呼ばわりされた柚子は少々居心地が悪そうだ。


 綾乃は嬉しそうな表情で言った。


「理事長先生、執行猶予付きの判決になりそうです。そして、学園は特別な生徒たちの力を守りつつ、普通の学校としても継続されることになりました」


 紬と柚子は顔を見合わせ、笑みを交わす。


「よかったな」


 紬が言う。

 柚子も頷く。


「本当に良かったです」


 綾乃は深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました。二人のおかげで、学園の未来が……私たちの未来が守られました」


 紬は照れくさそうに頭をかく。


「いやいや、ワシらは自分の仕事しただけや。ほな、達者でな」


 帰り際、柚子が紬に尋ねた。


「次の依頼はどんなのにしますか?」


 紬はニヤリと笑う。


「どんなんでもええけど、なにしろ面白いのがええな」


 そこまで言って紬はいたずらっぽく柚子を見る。


「次の依頼では最初から犯人に全部言うてもええか?」

「絶対だめです!」


 柚子が即座に答える。


 二人の軽口を交わす声が、夜の街に響く。聖マリア女学院の七不思議は解決したが、紬と柚子の冒険はまだまだ続いていくのだった。


(了)

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