第17話 王命は絶対
扉を開けて広間へ入ると、大歓声に包まれた。着飾った紳士淑女たちの熱い視線が、真っ直ぐリュカに注がれている。
生まれて初めてくる煌びやかな場所に、思わず足がすくんだ。
「シルヴィー?」
この状況でも緊張しないのか、リュカはいつもと変わらない。
「大丈夫だよ。シルヴィーが一番可愛いんだから」
そういうことじゃないんだけど……と思いつつも、リュカの言葉に緊張が少しだけほぐれた。
立食形式のパーティーのようで、壁際のテーブルには美味しそうな料理がたくさんのっている。見たこともない高級そうな料理の数々に、ぎゅる、とお腹が鳴った。
そういえば私、朝から何も食べてないわ。
「シルヴィー、本当に可愛い」
料理に見惚れていたシルヴィーと違い、リュカの視線はシルヴィーにだけ注がれている。広間にいる令嬢や演奏家には見向きもしない。
「あとでいっぱい、チェキ撮りたい。だめ?」
「……パーティーが終わったら、いくらでも」
「本当!?」
早くパーティー終わらないかな、なんてリュカが失礼なことを呟いたものだからひやひやした。
悪気がないことは分かっているけれど、やっぱり危なっかしい。
他の合格者たちも広間に入ってきてから少し経って、国王が妻を伴って入場してきた。広間の真ん中に立って、乾杯! と挨拶する。
そして、華々しいパーティーが始まった。
◆
「ねえシルヴィー。勇者って、こんなに人と話さなきゃいけないの?」
リュカが疲れきった顔で溜息を吐いた。パーティーが始まってからというもの、ひっきりなしにリュカへ挨拶したい、という者が現れたのである。
リュカの前に長蛇の列ができてしまい、当然ながら、シルヴィーもリュカも、食事や酒を楽しむ暇がなかった。
「そうみたいですね」
パーティーの出席者は、貴族と大商人だ。商人は武具や防具の宣伝をし、貴族たちはリュカのことを褒めそやした。もしものことがあった時はよろしくお願いしたい、という言葉を添えて。
「少々、リュカにとっては気疲れしたようだな」
ようやくシャンパンの入ったグラスに手を伸ばそうとしたところで、背後から国王に声をかけられた。
グラスに伸ばしていた手を慌てて引っ込め、深々と頭を下げる。
「そんなにかしこまらずともよい。今日の主役は、予ではなく勇者たちなのだから」
そう言われても、国王の前でリラックスできるはずはない。しかしシルヴィーの隣にいるリュカは、分かりました、とのんびりした笑顔で頷いた。
リュカさんってマイペースっていうか、度胸があるっていうか……。
「それにしても、リュカの奥方に会えて光栄だ。試験の間も、暇さえあれば君の話をしていたし、チェキ? というものをずっと見ていたからな」
リュカさん、陛下にも私の話を?
嬉しいけれど、恥ずかしいわ。
「君のスキルも、素晴らしい才能だ」
「……チェキが、ですか?」
「ああ。使い方によっては、かなり有効なスキルだろう。なにかあった際、証拠を残すこともできる」
言われてみればそうだ。
チェキ、と聞いてコンカフェしか思い浮かばなかったけれど、この世界には写真もないのだから。
「それよりリュカ、褒美はもう決まったのか?」
「……褒美?」
シルヴィーが首を傾げると、国王が丁寧に説明してくれた。
「勇者選抜試験を主席で合格したリュカには、特別な褒美をやると言ったんだ。欲しいものをなんでもやろうと」
「欲しいものを、なんでも……」
「今までの首席合格者は、すぐに言ってきたぞ。王族しか閲覧が許可されていない書物、多額の金……褒美として要求してきた物は、いろいろだったがな」
どうだ? と再度国王に尋ねられ、リュカはゆっくりと口を開いた。
「俺、シルヴィーと結婚したいです」
「……何を言っている? 彼女は、君の妻なんだろう」
「いえ。実は、正式にはまだで……求婚中なんです」
えっ、それ言っちゃうの!?
驚いたのはシルヴィーだけではない。国王も、正気を疑うような眼差しをリュカに向けている。
「だから、俺が一番欲しいものは、シルヴィーです。本物の嫁にしたいんです」
そんな国王の驚きを無視し、リュカが一歩前に出た。あまりの剣幕に気圧されたのか、おお……と国王も消え入りそうな声で頷く。
コホン、と咳ばらいをし、国王はじっとシルヴィーを見つめた。
「……欲しいものはなんでもやる、という約束をしている。そなたには悪いが、王として、約束をたがえることはできぬ」
「……は、はい」
待って。それってつまり……どういうこと?
シルヴィーが上手く状況を整理できずにいると、国王が威厳に満ちた声で言葉を続けた。
「国王として命ずる。汝、勇者リュカと結婚せよ」
「えっ……ええっ!?」
シルヴィーの叫びが広間中に響いた。叫んだ直後に、今がパーティーの真っ最中だったことを思い出す。
慌てて口を手でおさえたものの、もう遅い。
王命でリュカさんと結婚……ってこと!?
「シルヴィー」
リュカに手を握られる。リュカは満面の笑みでシルヴィーを見つめていた。
「これで俺たち、本物の夫婦だね」
「は、はあ……」
「俺、シルヴィーと結婚します!」
リュカは高らかに宣言し、あまり事情を分かっていないであろう人々も盛大な拍手を始めてしまった。
王命で結婚することになるなんて。しかもそれを、パーティーの最中に発表するなんて。
外堀から埋めていく、の極み過ぎるでしょ……!
「シルヴィー」
笑顔だったリュカが、急に不安そうな顔で見つめてきた。捨てられた子犬のような瞳で見つめられたら、もうどうしようもない。
「まったく……私の旦那さまは、本当に仕方のない方ですね」
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