第16話 念願の再会

 シルヴィーを見つけた瞬間、リュカの顔がぱあっと輝く。その笑顔を見ただけで、王都までやってきてよかったと思えた。


「シルヴィー」


 大勢の歓声にかき消されて、リュカの声は聞こえない。でも、リュカの口がはっきりと、シルヴィーの名を呼んだ。

 そしてリュカが、ステージの下に飛び降りる。


 いきなりのことに、民衆も、リュカの後ろに控えていた他の勇者も、国王も口を大きく開けた。


「シルヴィー、俺、頑張ったよ!」


 満面の笑みを浮かべたリュカに強く抱き締められる。リュカの身体からは汗の匂いしかしないはずなのに、いい匂いがした。


「会いたかった」


 シルヴィーの首筋に顔をうずめ、リュカが泣きそうな声で囁いた。


 会えない間、寂しかったのは私だけじゃなかったのね。

 というかむしろ、リュカさんの方が寂しかったのかも。


 リュカに会えないとはいえ、シルヴィーにはフルールのみんながいた。店に行けば顔なじみの客だっていた。

 でも、リュカは違う。全く知らない人しかいない中で、過酷な試験に耐えていたのだ。


「シルヴィーがきてくれるなんて、思ってなかったから。すごく嬉しい」


 ようやくシルヴィーを解放したリュカが、シルヴィーの顔を見つめてにっこりと笑う。その時、頭上からリュカ! と慌てたように呼ぶ男の声がした。

 顔を上げると、褐色の肌をした男と目が合う。リュカと同じく、勇者選抜試験に合格した男だ。


「戻ってこい。パレードの途中だぞ!」

「そうですよリュカさん。ほら、戻ってください。私は逃げたりしませんから」


 そっとリュカの背中を押す。

 さっきまでのもやもやが、あっという間に消えてしまった。


 勇者になっても、多くの人に大歓声で迎えられても、リュカはリュカのままだった。相変わらず真っ直ぐに、シルヴィーのことだけを見てくれる。


「私、リュカさんの晴れ姿を見るの、楽しみにしてたんですよ?」

「分かった! 俺、すぐ戻る!」


 リュカが慌ててステージへ戻る。パレードが無事に再開されたが、リュカはシルヴィーしか見ていない。


 困った人ね、リュカさんって。





「シルヴィー!」


 パレードが終わるとすぐ、リュカがステージから飛び降りてきた。壇上に残っている勇者と国王が、呆れたような、それでいて優しい視線をリュカに向けている。


「リュカさん。勇者選抜試験合格、おめでとうございます」

「うん! これでシルヴィーも、勇者の嫁だね!」

「またリュカさんは……」


 そんなことを言って、最後まで口にすることはできなかった。なぜなら、いきなり現れたメイドたちに包囲されてしまったから。

 メイド、といっても、メイドカフェにいるような少女ではない。こちらの世界では、ごく一般的な職業制服であるメイド服を着た女性たちだ。


「あ、あの、えっと……?」


 困惑して周りを見回すと、頭上から国王の声がした。


「今晩、宮殿で新たな勇者の誕生を祝うパーティーが王宮で開催される。リュカの妻である貴女にも、ぜひ参加していただこうと思ってな」

「えっ」

「この二人も、妻を連れてくる。リュカだけ単身というのも見栄えが悪いだろう」


 リュカ以外の勇者も、うんうん、と頷いた。どうやら彼らは、あらかじめ妻を王都へ呼び寄せていたらしい。


 ちょっと待って。

 王宮でパーティー!? そんなの、さすがに参加できないわよ!


「あ、あの、ですが……」

「心配する必要はないぞ。メイドたちにはもう、身支度の用意を頼んでいる」


 目が合うと、陛下は穏やかな笑みを浮かべた。


「リュカは、妻に早く会いたいからパーティーを欠席するとまで言っていた。だが、一番の成績で合格した勇者を欠席させるわけにはいかない」


 リュカさん、そんなこと陛下に言ったの!?


 思わず責めるような眼差しを向けると、すぐに目を逸らされてしまった。あまりにも分かりやすい態度に、溜息を吐いてしまう。


 勇者になれば、人前に立つ機会も、身分が高い人と接する機会も多くなる。

 リュカはちゃんと対応できるのだろうか。


「勇者の妻として、予を助けると思ってくれ」

「……かしこまりました、陛下」


 国民として、国王の命令に背くことはできない。それに、ここまで言ってくれているのだ。


「私も、パーティーに参加させていただきます」


 シルヴィー! とリュカが嬉しそうに叫んだ。その声を聞きながら、どうしよう……と頭を抱える。


 私、リュカさんの妻じゃないのに!





「お綺麗ですよ、奥様」


 鏡に映る自分は、まるで自分じゃないみたいだ。

 いつも下ろしているだけのラベンダー色の髪は繊細に結い上げられ、色とりどりの宝石がついた髪飾りをつけてもらった。

 首元を飾る大きな石は、瞳の色とよく似たアクアマリン。


 薄い桃色のドレスはあちこちにレースがほどこされていて、見ているだけで幸せになれそうなほど可愛い。


 自分で言うのもなんだけど、今の私、綺麗すぎない!?


「リュカ様も、きっと褒めてくださるはずですよ」


 化粧を担当してくれたメイドが、座っている私と目線を合わせて微笑んでくれた。


「奥様、すごく綺麗ですから」

「あ、ありがとう……」


 奥様、なんて呼ばれたのは初めてだ。とはいえもう、訂正するタイミングを失ってしまった。


 今日のところはとりあえず、このまま妻として振る舞うべきよね?


「そろそろ、リュカ様がいらっしゃるはずです」


 メイドが頷いたのとほぼ同時に、部屋の扉がノックされた。扉近くに控えていたメイドが扉を開けると、いつもとは違うリュカが駆けこんでくる。


 シルヴィーと同様、リュカもパーティー用の装いだ。

 赤と黒を基調にした派手な衣服は、リュカによく似合っている。


「リュカさ……」

「シルヴィー、めちゃくちゃ可愛い!」


 きらきらと瞳を輝かせながら、リュカがシルヴィーの手をぎゅっと握った。


「髪も似合ってるし、ドレスも! いつも可愛いけど、今日のシルヴィーは特に可愛い。さすが俺の嫁。本当に可愛い、可愛すぎ」


 リュカさんって、こんなに早く喋れたのね。

 びっくりだけど、褒め言葉の語彙が少ないのはリュカさんらしいわ。


「リュカさんも格好いいですよ」

「本当!? ありがとう、シルヴィー!」


 笑顔で抱き着いてこようとしたリュカだったが、手がシルヴィーの腕に触れる寸前に、慌てて身を引いた。


「危ない。せっかくの髪の毛が、崩れちゃうところだったよね」


 よかった、と安心したように笑う。確かに、勢いよく抱き着かれたら、せっかくのヘアセットやメイクが台無しになってしまっていたかもしれない。


 それはそれで嬉しかったかも……なんて言ったら、リュカさんはどんな顔をするのかしらね。

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