第15話 旦那さま!

 揺れる馬車の中から、窓外の景色を眺める。ぎゅうぎゅうな車内とは真逆で、どこまでも続いていそうな草原が広がっていた。

 相乗り馬車に乗って、シルヴィーは街を出た。向かう先は王都だ。懐に隠している革袋には、フルールで稼いだ金が入っている。


 王都へ行くのは、生まれて初めてだわ。


 王城がある、華やかな都。国内外から多くの物や人が集まる場所だとは知っているけれど、具体的な想像はできない。


 勇者選抜試験の合格発表は明後日の正午だ。広場に特設ステージを作って、そこで発表が行われるらしい。


 リュカさん、合格できたのかしら。

 ていうか勢いできちゃったけど、もしリュカさんが不合格だったら、どうやってリュカさんを探せばいいの?


 合格者はパレードに参加するから、簡単に見つけることができる。しかし、不合格者の扱いは分からない。

 試験終了と同時に帰宅するのなら、すれ違ってしまう可能性もあるのではないか。


「ど、どうしよう……ううん、リュカさんを信じるのよ」


 深呼吸をして、もう一度外を見つめる。

 シルヴィー! という甘い声が聞こえた気がして、懐からリュカのチェキを取り出した。


 もう、長い間リュカに会っていない。


「……早く会いたいわ」





「すごい……! これが王都なの!?」


 馬車を下りてすぐ、興奮して叫んでしまった。あたりを見回せば、どこもかしこも、人であふれている。

 狭い道にぎゅうぎゅう並んだ店、道に風呂敷を広げている行商。

 様々な物が売られている。ここで手に入らない物なんてないんじゃないか、と思うほどに。


「……もっと気合を入れてくるべきだったかしら」


 せっかく王都にくるのだから、と新しい服を着てきた。意識して派手な物を選んだつもりだったけれど、王都の人の装いはもっと華やかだ。


「王都の人ってお洒落よね」


 もしリュカが合格すれば、きっと多くの人が勇者を一目見ようとパレードを見にくる。その中にはきっと、女の子も多いだろう。


 そっと深呼吸をし、持ってきた金を眺める。帰りの費用は残しておかなければならないが、まだ余裕はある。

 それに、パレードは明日だ。


「この機会に、お買い物も楽しんじゃお!」


 そうと決まれば行動あるのみ。シルヴィーは大股で、目についた服屋へと駆け出したのだった。





 もうすぐ、パレードの開始時間だ。特設ステージの前には、かなり多くの人が集まっている。

 国王と合格者たち一行は、王都の外から派手な馬車に乗ってやってくる。人の波を通り、最終的にこのステージへたどり着く。


 門のところで待ってようかとも思ったけど、落ち着いてちゃんと見られるのはステージ前だけなのよね。


 馬車はかなり早く進む。それに、人混みに埋もれてしまったら、合格者の顔も見えないだろう。


「最前だもの。絶対、ちゃんと見えるわ」


 どうしても最前ど真ん中を確保したくて、シルヴィーは太陽が昇るよりも先に宿を出た。その前に身支度を整える必要があったから、今日はほとんど眠っていない。


 でも、助かったわ。この世界の人たちは、そんなに早くから並ぶ文化がないみたいだもの。


 早朝から場所とりをするのは体力的にきついとはいえ、オタク文化が根づいた日本では珍しいことじゃない。

 前世の記憶を取り戻していて本当によかった。


 そっと息を吐いた瞬間、背後が急に騒がしくなった。振り返っても馬車は見えないが、一つの場所を見て、熱狂的に騒いでいる人々は見える。


 いよいよ、パレードが始まったんだわ!


 次いで、盛大なラッパの音があたりに響き渡った。その音に呼応するかのように、シルヴィーの鼓動が速くなっていく。


 どうか、リュカさんがいますように……!





 屋根のついていない純白の馬車が、ステージ横にとまった。そこから、四人の男たちがステージに上がってくる。

 先頭を歩いているのが国王だ。赤いマントを羽織り、大きな宝石が埋め込まれた冠をかぶっている。


 そして。


 最後尾に、リュカがいた。


 リュカさん……!


 最後に会った時より、少しだけ日に焼けている。そして、髪が伸びていた。


 私があげたバレッタ、今日もつけてくれてるのね!


 他の二人の男と比べ、リュカはかなり若い。そして整った顔立ちをしているからか、リュカを見つめている人が多い……と思うのは、シルヴィーの贔屓目ではないはずだ。


「よく集まってくれた。我が誇り、愛する国民たちよ」


 ステージの中央に立った国王が、民衆を見つめてそう言った。声を荒げたわけではない。それなのに、威厳たっぷりな声は、騒がしい中でもよく通る。

 静かになった民を満足そうに見つめ、国王は背後に立つ三人を振り返った。


「ここいる三名が、今回の勇者選抜試験における合格者だ。我が国を守る、未来の英雄たちだぞ!」


 国王が拳を掲げるのと同時に、わーっ! と今日一番の歓声が上がる。

 歓声が少し落ち着いたところで、国王が続きを話し始めた。


「一名ずつ前に出て、名乗ってくれ。まずは、一位の成績で合格した者から」


 最初に前に出てきたのはリュカだった。大勢の人を前にして緊張しているのか、いつもより表情が硬い。


「あ、えーっと……リュカ。21歳です」


 それだけ言って、リュカはぺこりと頭を下げた。覇気のない挨拶だが、そんな勇者の態度にも民衆は大盛り上がりだ。


「勇者リュカ!」

「リュカー!」

「格好いいー!」


 自分の名前を呼ぶ声に、リュカは照れたように笑った。その笑顔が可愛くて、ときめくと同時にもやもやする。


 なんだかリュカさんが、遠い人になってしまったみたいだわ。


「リュカさん!」


 叫んでみても、すぐにシルヴィーの声はかき消されてしまう。その上、興奮した人に押されて、せっかく整えた髪も乱れてしまった。


 なんだか泣きたくなって、ステージ上のリュカを見つめる。リュカはシルヴィーに気づかず、ぼんやりとした表情のままだ。


 なんで、私に気づいてくれないの。


 すう、と思いっきり息を吸い込む。


「だ・ん・な・さ・まー!!」


 自分でもびっくりするほどの大声が出て、リュカと目が合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る