第15話 旦那さま!
揺れる馬車の中から、窓外の景色を眺める。ぎゅうぎゅうな車内とは真逆で、どこまでも続いていそうな草原が広がっていた。
相乗り馬車に乗って、シルヴィーは街を出た。向かう先は王都だ。懐に隠している革袋には、フルールで稼いだ金が入っている。
王都へ行くのは、生まれて初めてだわ。
王城がある、華やかな都。国内外から多くの物や人が集まる場所だとは知っているけれど、具体的な想像はできない。
勇者選抜試験の合格発表は明後日の正午だ。広場に特設ステージを作って、そこで発表が行われるらしい。
リュカさん、合格できたのかしら。
ていうか勢いできちゃったけど、もしリュカさんが不合格だったら、どうやってリュカさんを探せばいいの?
合格者はパレードに参加するから、簡単に見つけることができる。しかし、不合格者の扱いは分からない。
試験終了と同時に帰宅するのなら、すれ違ってしまう可能性もあるのではないか。
「ど、どうしよう……ううん、リュカさんを信じるのよ」
深呼吸をして、もう一度外を見つめる。
シルヴィー! という甘い声が聞こえた気がして、懐からリュカのチェキを取り出した。
もう、長い間リュカに会っていない。
「……早く会いたいわ」
◆
「すごい……! これが王都なの!?」
馬車を下りてすぐ、興奮して叫んでしまった。あたりを見回せば、どこもかしこも、人であふれている。
狭い道にぎゅうぎゅう並んだ店、道に風呂敷を広げている行商。
様々な物が売られている。ここで手に入らない物なんてないんじゃないか、と思うほどに。
「……もっと気合を入れてくるべきだったかしら」
せっかく王都にくるのだから、と新しい服を着てきた。意識して派手な物を選んだつもりだったけれど、王都の人の装いはもっと華やかだ。
「王都の人ってお洒落よね」
もしリュカが合格すれば、きっと多くの人が勇者を一目見ようとパレードを見にくる。その中にはきっと、女の子も多いだろう。
そっと深呼吸をし、持ってきた金を眺める。帰りの費用は残しておかなければならないが、まだ余裕はある。
それに、パレードは明日だ。
「この機会に、お買い物も楽しんじゃお!」
そうと決まれば行動あるのみ。シルヴィーは大股で、目についた服屋へと駆け出したのだった。
◆
もうすぐ、パレードの開始時間だ。特設ステージの前には、かなり多くの人が集まっている。
国王と合格者たち一行は、王都の外から派手な馬車に乗ってやってくる。人の波を通り、最終的にこのステージへたどり着く。
門のところで待ってようかとも思ったけど、落ち着いてちゃんと見られるのはステージ前だけなのよね。
馬車はかなり早く進む。それに、人混みに埋もれてしまったら、合格者の顔も見えないだろう。
「最前だもの。絶対、ちゃんと見えるわ」
どうしても最前ど真ん中を確保したくて、シルヴィーは太陽が昇るよりも先に宿を出た。その前に身支度を整える必要があったから、今日はほとんど眠っていない。
でも、助かったわ。この世界の人たちは、そんなに早くから並ぶ文化がないみたいだもの。
早朝から場所とりをするのは体力的にきついとはいえ、オタク文化が根づいた日本では珍しいことじゃない。
前世の記憶を取り戻していて本当によかった。
そっと息を吐いた瞬間、背後が急に騒がしくなった。振り返っても馬車は見えないが、一つの場所を見て、熱狂的に騒いでいる人々は見える。
いよいよ、パレードが始まったんだわ!
次いで、盛大なラッパの音があたりに響き渡った。その音に呼応するかのように、シルヴィーの鼓動が速くなっていく。
どうか、リュカさんがいますように……!
◆
屋根のついていない純白の馬車が、ステージ横にとまった。そこから、四人の男たちがステージに上がってくる。
先頭を歩いているのが国王だ。赤いマントを羽織り、大きな宝石が埋め込まれた冠をかぶっている。
そして。
最後尾に、リュカがいた。
リュカさん……!
最後に会った時より、少しだけ日に焼けている。そして、髪が伸びていた。
私があげたバレッタ、今日もつけてくれてるのね!
他の二人の男と比べ、リュカはかなり若い。そして整った顔立ちをしているからか、リュカを見つめている人が多い……と思うのは、シルヴィーの贔屓目ではないはずだ。
「よく集まってくれた。我が誇り、愛する国民たちよ」
ステージの中央に立った国王が、民衆を見つめてそう言った。声を荒げたわけではない。それなのに、威厳たっぷりな声は、騒がしい中でもよく通る。
静かになった民を満足そうに見つめ、国王は背後に立つ三人を振り返った。
「ここいる三名が、今回の勇者選抜試験における合格者だ。我が国を守る、未来の英雄たちだぞ!」
国王が拳を掲げるのと同時に、わーっ! と今日一番の歓声が上がる。
歓声が少し落ち着いたところで、国王が続きを話し始めた。
「一名ずつ前に出て、名乗ってくれ。まずは、一位の成績で合格した者から」
最初に前に出てきたのはリュカだった。大勢の人を前にして緊張しているのか、いつもより表情が硬い。
「あ、えーっと……リュカ。21歳です」
それだけ言って、リュカはぺこりと頭を下げた。覇気のない挨拶だが、そんな勇者の態度にも民衆は大盛り上がりだ。
「勇者リュカ!」
「リュカー!」
「格好いいー!」
自分の名前を呼ぶ声に、リュカは照れたように笑った。その笑顔が可愛くて、ときめくと同時にもやもやする。
なんだかリュカさんが、遠い人になってしまったみたいだわ。
「リュカさん!」
叫んでみても、すぐにシルヴィーの声はかき消されてしまう。その上、興奮した人に押されて、せっかく整えた髪も乱れてしまった。
なんだか泣きたくなって、ステージ上のリュカを見つめる。リュカはシルヴィーに気づかず、ぼんやりとした表情のままだ。
なんで、私に気づいてくれないの。
すう、と思いっきり息を吸い込む。
「だ・ん・な・さ・まー!!」
自分でもびっくりするほどの大声が出て、リュカと目が合った。
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