第14話 決めたわ!

 目をつぶったリュカに近寄り、そっと髪の毛に触る。リュカの銀髪は、見た目よりもずっと柔らかかった。

 丁寧に髪をまとめ、バレッタをつける。正面からは見えないけれど、鏡があればリュカにも見えるだろう。


「目、開けてください」

「……え? もう? いいの? 本当に?」

「大丈夫ですよ」

「でも俺、まだシルヴィーにキスされてないよ?」


 まさかリュカさん……私が、プレゼントは私からのキスです、なんて言うと思ってたの?

 さすがにそんなこと言わないわよ。


「ねえ、シルヴィー。ねえってば」


 そう言いながら、リュカはまだ目を開けない。

 もしかして、シルヴィーがキスするまで、このまま目を閉じているつもりなのだろうか。


 本当にリュカさんって、子供みたい。


「シルヴィー、お願い。キスして。俺のこと、好きなんでしょ?」

「……分かりましたよ」

「やった!」


 リュカが両手の拳を握って喜ぶ。それでもまだ目を開けようとしない徹底ぶりだ。


 改めて見ると、やっぱり綺麗な顔。

 当たり前だけど、睫毛まで銀色なのね。


 そっとリュカの頬に触れ、ゆっくりと唇にキスをする。かさついた唇が、なんだかどうしようもなく愛しかった。

 目を開いたリュカが、甘い笑顔でシルヴィーを見つめる。


「ありがとう、シルヴィー。俺、頑張るから。絶対、合格して戻ってくる」

「リュカさん……」

「俺のこと、待ってて」

「……はい。待ってますから、ちゃんと」


 冒険者でないシルヴィーは、勇者選抜試験について詳しくは知らない。しかし、現役の勇者が試験監督として参加するため、命の危険がないことは知っている。

 だが、怪我をして、冒険者を引退することになった参加者も過去に存在している。


 リュカさんが、無事に帰ってこられますように。


 合否なんてどうでもいい。ただ、リュカが戻ってきてさえくれたら。


「じゃあ、チェキ、撮りますね」

「うん。いっぱい撮って!」





「行ってくるね。シルヴィー、じいちゃん」


 大きなリュックを背負ったリュカが、二人を交互に見つめて言う。

 リュックの中には、支度金で購入した武具や防具がたっぷり入っているそうだ。


「リュカ。お前ならできる。信じて待っておるからの」

「じいちゃん……」

「お前が戻るまでの間、わしの心配はしなくていい」

「うん」


 セヴランは嬉しそうでもあるけれど、同時に、泣きそうな顔をしている。二人の間に血の繋がりはないとはいえ、家族としての絆があるのは明らかだ。


「リュカさん」


 今日のリュカは、シルヴィーがプレゼントしたバレッタをつけている。いつもよりちゃんと身支度をした今日のリュカは、見惚れてしまうほど美しい。


「待ってますから」

「うん」

「私もその間、ちゃんと仕事を頑張ります」

「……あんまり他の客と仲良くなりすぎないでね」


 不貞腐れたように言うリュカは相変わらず子供みたいだ。はい、と返事をすれば、笑顔で頷いてくれる。


「いってらっしゃいませ、旦那さま」

「うん。いってきます」


 リュカは手を振って去っていった。背中が見えなくなるまでの間、何度も振り返っては、大袈裟に手を振ってくれる。

 彼の姿が完全に見えなくなった後、シルヴィーの瞳から涙がこぼれ落ちた。





「リュカさん、今頃どうしてるのかしら……」


 リュカのチェキを見つめながら呟く。はあ、と思わず溜息を吐くと、いきなり背中を叩かれた。


「最近それしか言わないわよね、アンタ」


 呆れた顔で言いながらも、ルネはシルヴィーの隣に腰を下ろした。

 リュカが街を出てから、約三週間。日に日に元気がなくなっていくシルヴィーを心配し、ルネが頻繁に部屋へきてくれるようになったのだ。


「……だって」

「あいつ以外のアンタ目当ての客、かなり増えたじゃない」

「そりゃあ、そうですけど」


 シルヴィーにリュカという熱狂的な客がいることは、フルールの常連なら誰でも知っている。

 大金をはたいてリュカがシルヴィーの時間を買うため、彼がいる間は、他の客の相手をすることができなかった。

 そのため最近は、シルヴィーの固定客が増えつつある。


「寂しいの?」

「……まあ」


 シルヴィーが答えた瞬間、部屋の扉が開いた。そして、今度はオデットが入ってくる。


 最近ルネさんが私に構ってくれることが多いから、オデットさんに嫉妬されてる気がするのよね……。


 オデットはルネの隣に座り、そういえば、と会話に入ってきた。


「勇者選抜試験って、終わったらすぐに王都で合格者を讃えるパレードがあるそうよ」

「そうなの?」

「ええ。もしリュカさんが合格したら、すごく人気になるでしょうね。あの顔だもの」


 オデットの言う通りだ。

 贔屓目抜きに見ても、リュカの顔は整っている。その上、勇者という社会的地位まで得たら、かなりモテるに違いない。


 王都には、女の子もたくさんいるわ。

 言い寄られたりするんじゃないかしら。


 リュカを疑うわけではないが、そもそもリュカは、シルヴィーに一目惚れしている。彼好みの女性が声をかけたらと想像するだけで、もやもやした。


「ちょっとオデット。なんでそんな、シルヴィーが不安になるようなこと言いにきたのよ」


 ルネに軽く叩かれ、オデットは拗ねたように唇を尖らせた。


「助言しにきたんです」


 ルネに対して弁明すると、再びオデットはシルヴィーを見つめた。


「ここで待つんじゃなくて、迎えにいけばいいんじゃないの?」

「迎えに……」

「王都までの旅代くらい、とっくに稼いでるでしょ」


 ここから王都まではそれなりに距離があるが、頻繁に馬車が出ている。相乗りの馬車に乗れば、それほど費用はかからない。


「旦那も、嫁が迎えにいった方が喜ぶんじゃない?」


 そう言って、オデットはにやっと笑った。クールな彼女には、そんな表情がよく似合う。


 確かに、リュカさんなら喜んでくれそうだわ。

 それに、ここでもやもやしながら待つより、私もすっきりする。


「決めたわ。私、王都へリュカさんを迎えにいく!」

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