第13話 突然の別れ
「……ねえ、シルヴィー」
いつも通り店にやってきたリュカの表情は、いつもとは全く違う。日頃はきらきらと輝いている瞳が、今は暗く沈んでいる。
一目見ただけで、なにかがあったのだと分かる表情だ。
シルヴィーが近寄ると、リュカがきょろきょろと周りを気にする。
「ちょっと、二人で話せない?」
今は仕事中です。
そう答えたら、リュカはさらに落ち込んでしまうだろう。
これ以上元気のないリュカさんなんて、見たくないわ。
「少しの間だけなら、抜けられます。私がいなくなって少ししたら、私の部屋にきてください」
リュカの耳元で囁く。こんなことが他の客にバレたら大変なことになるのは分かっているけれど、リュカを放っておけない。
だって私、自分の気持ちに気づいちゃったんだもの。
◆
部屋にきて二人きりになっても、リュカは相変わらず暗い表情のままだ。じっとシルヴィーを見つめたかと思ったら、気まずそうに目を逸らす。
「リュカさん」
名前を呼んで、リュカの肩に手を置く。驚いたリュカと目が合った。
「なにかあったんですか? ちゃんと話してくれないと、分かりませんよ」
「……シルヴィー」
「私に、話があるんでしょう?」
こくん、とリュカは頷いた。
リュカさんの話って、いったいなにかしら。
告白? じゃないわよね。好きだとか結婚したいとか、いつも言ってるし。その類の話なら、こんな表情になることもないだろう。
「実はしばらくの間……ここには、全くこられないんだ。たぶん、一ヶ月くらいだと思う」
「えっ!? お仕事ですか!?」
思わず、大声を出してしまった。
リュカさんに会えない? それに、一ヶ月も?
リュカとは出会ってから、ほぼ毎日顔を合わせている。一ヶ月も会えないと想像するだけで、きゅっと心臓が締めつけられた。
「リュカさん。その仕事、受けなきゃだめなんですか? 報酬がいいのかもしれませんけど、一ヶ月もなんて……」
ただ寂しいだけじゃない。一ヶ月も自由がない仕事なんて、危ないに決まっている。
「シルヴィーは、俺に会えないのが寂しい?」
じっと見つめられ、シルヴィーはゆっくりと頷いた。
「嬉しい。俺もだよ。シルヴィーに一ヶ月も会えないなんて、耐えられないし、心配過ぎる。その間に、どんな男がくるかも分かんないし」
深い溜息を吐いた後、でも、とリュカは言葉を続けた。
「断れないんだ。王命だから」
「王命……?」
「うん。俺、勇者選抜試験を受けることになったんだ」
「……そんな」
この世界には、勇者制度と呼ばれるものがある。国から勇者と認められた冒険者に対する支援制度のことだ。
国から安定的な給与や様々な特権を与えられる代わりに、勇者は王命があればどんな危険な戦いにもいかなければならない。
そして、勇者になるには、勇者選抜試験で合格する必要がある。試験には誰でも参加できるわけではない。参加できるのは、王に選ばれた一部の冒険者のみ。
つまりリュカは冒険者として、国王に認められたのだ。
確かにここ最近のリュカさんの活躍を考えれば、おかしい話じゃないわ。
「じいちゃんは、名誉なことだって喜んでくれた。じいちゃんが喜んでくれるのは俺も嬉しい。……でも、シルヴィーに会えないのは嫌だ」
言いながら、リュカはシルヴィーの髪に手を伸ばした。シルヴィーの長い髪を、宝物を扱うかのように優しく撫でる。
この国で生きる以上、王命は絶対だ。リュカは、勇者選抜試験への参加を断ることはできない。
本当に一ヶ月も、リュカさんに会えないのね。
それに、名誉なことだけど、勇者は危険な職業だわ。
強い魔物と戦い、命を落とす勇者は毎年のようにいる。普通の冒険者のように、仕事を選べるわけじゃない。
「それでね、しばらくこれないから……これ」
リュカは懐から、重たそうな革袋を取り出した。中には、金貨がびっしりと詰まっている。
「支度金に、ってもらった。半分はじいちゃんにあげちゃったけど、もう半分はシルヴィーに預ける」
「リュカさん……」
「俺が無事に戻ってきたら、このお金は全部あげるし、足りなかったら、もっと払う」
真剣な表情で言うと、リュカはシルヴィーの手をぎゅっと握った。その手は、かすかに震えている。
「だから俺がいない間、絶対、誰かの物になったりしないで」
「リュカさん……」
「ごめんね、シルヴィー。俺、お金以外に、どうやって気持ちを伝えたらいいか、分かんないんだ」
もう十分なほど、リュカの気持ちは伝わっている。
眼差しでも、言葉でも、リュカはたくさんの愛情を伝えてくれた。
「リュカさん」
「なーに?」
「リュカさんのチェキ、撮ってもいいですか?」
「え? 俺のチェキ?」
「はい。会えない間、リュカさんの顔を見られないのは寂しいですから」
シルヴィーの言葉に、リュカが目を見開く。期待に満ちた眼差しを向けられて、シルヴィーは降参した。
「リュカさん、安心してください。私もリュカさんが好きなので、他の人になびいたりしませんよ」
放っておけないほど子供っぽいところもあって、それなのに強くて頼りになって、飽きれるほど一途に私のことを思ってくれている。
そんなリュカさんのことを、好きにならないはずがなかったんだわ。
本当はまだ、気持ちを告げる準備はできていなかった。でも、リュカを不安な気持ちで旅立たせたくなかったのだ。
「それから、リュカさんにプレゼントがあるんです」
「えっ!?」
リュカが目を丸くして驚く。先程までの表情とは大違いで、すごく幸せそうだ。
私が、リュカさんのことを好きだと言ったからよね。
単純で、分かりやすくて、どうしようもなく可愛い。
「ちょっと待っててください」
恋心を自覚したとたん、リュカへの愛情が体積を増していく。
それなのに一ヶ月も会えないのかと思うと、泣きそうになる。
だめよ。私が泣いたりしたら、リュカさんが心配しちゃうもの。
棚を開けて、先日買っていた黒曜石のバレッタが入った箱を取り出す。元々、リュカのために買ったものだ。
「リュカさん。ちょっと、目を閉じてくれません?」
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