第12話 問うまでもなく
「リュカさん……!?」
「シルヴィー!」
冷酷な表情で男たちを蹴りつけていたリュカが、いつもの笑顔でシルヴィーを見つめる。
そのギャップに、どきん、と心臓が跳ねた。
「大丈夫? 怖かったよね?」
そう言って、リュカはそっとシルヴィーの手を握った。
「手、震えてる」
「……それは」
「ごめんね、遅くなっちゃって」
申し訳なさそうに言うと、リュカはシルヴィーの頭をそっと撫でた。大きな手のひらを感じて、瞳に涙がたまってしまう。
怖かった。
私、ものすごく怖かったわ。
もしリュカがきてくれていなかったら、どうなっていたのだろう。想像するだけで、恐怖で身体が震えてしまう。
「大丈夫だから、シルヴィー」
力強く抱き締められ、リュカの胸に顔をうずめる。
リュカは優しい手つきで、そっとシルヴィーの背中を撫でてくれた。
「落ち着くまで、俺がこうしててあげる」
耳元で囁かれる。リュカの甘い声が、身体中に染みわたった。
◆
「というわけで、シルヴィーをお連れしました」
リュカの話を聞いて、ミレーユは目を丸くした。そして次に、ごめんね! と勢いよく頭を下げる。
「私がシルヴィーにおつかいなんて頼んだから……!」
「いえ! ミレーユさんのせいじゃないですよ!」
慌てて否定しても、私の責任だわ……とミレーユは落ち込んでしまった。そんなミレーユの背中を、パトリシアが優しくさすっている。
あの後、リュカに店まで送ってもらったのだ。
「悪いのは、俺の嫁に手を出したあのクズ共です」
ミレーユに向かって、リュカがはっきりと断言した。その瞳には、未だに彼らに対する怒りの炎が宿っている。
リュカに気絶させられた男たちは現在、ギルドで拘束されている。冒険者ギルドには警察のような役割もあって、特に冒険者の狼藉に厳しい。
おそらく今回の件で、彼らは数週間、冒険者ギルドで仕事を受けられなくなるはずだ。
「でも、シルヴィーが心配なので、これからは一人でおつかいは頼まないでください」
「ええ、約束するわ」
ミレーユが頷くと、リュカも安心したように頷いた。
「じゃあシルヴィー、またね」
「えっ?」
「……俺に帰ってほしくないの?」
期待に満ちた眼差しで見つめられ、とっさに何も言えなくなってしまう。
別れの言葉に驚いたことに、明確な理由があったわけじゃない。でも……。
もう帰っちゃうのって、私、そう思っちゃったわ……。
「でもごめん。俺、明日朝早くから仕事なんだ」
「……そうなんですか」
「うん。シルヴィーのために、またお金稼いでくる」
無理なんてしなくていい。お金なんて、そんなになくていい。
でもそれ、どういう立場で伝えるの?
リュカさんは私のお客さんで、私はキャストなのに。
コンカフェ嬢が客と個人的な関係を持つのは禁止されている。前世で働いていたメイドカフェで、それがバレてクビになった子もいる。
だけどここには、そんな決まりはない。
「あ、あの、なら……店のすぐ外までですけど、お送りします」
「いいの?」
「はい」
ミレーユに軽く頭を下げ、二人で店の外に出る。既に外は暗くて、空では真ん丸な月が輝いていた。
リュカは明日の朝早くから仕事だというのに、遅くなってしまった。
「……リュカさん。本当に、ありがとうございました。リュカさんがきてくれてなかったら、私……」
思い出しただけで身体が震えてしまう。そんなシルヴィーの手を優しく握り、大丈夫だよ、とリュカが微笑んだ。
「シルヴィーには、誰にも手出しさせない。シルヴィーが俺の嫁なんだって、ちゃんとみんなに伝えておくから」
「リュカさん……」
「最近、冒険者としてそれなりに有名になったんだ。だから、俺の嫁ってことにしとけば安心だよ」
出会った頃のリュカさんは、貧乏な冒険者でしかなかったのに。
いつの間にか遠い存在になってしまったみたいで、なんだか寂しい。
「もちろん、本当に俺の嫁になるのが一番おすすめだけど」
そう付け足して、リュカは悪戯っぽく笑った。子供のような笑顔でありながら、シルヴィーを見つめる赤い瞳は真剣だ。
「おやすみ、シルヴィー」
「……おやすみなさい、リュカさん」
大きく手を振って、リュカが去っていく。だんだんと遠ざかっていく背中を見ながら、なぜか不安に襲われた。
このまま、リュカさんが遠くに行っちゃうんじゃないかって。
「リュカさん!」
思わず叫んでしまった。驚いた顔でリュカが振り返る。
「けっ、怪我に気をつけてくださいね! 安全第一で、それから、もし怪我をした場合はすぐに私に連絡してください。看病しますから!」
叫びながら、頬が赤くなっていくのが分かった。夜じゃなかったら、きっとリュカにもバレていただろう。
「ありがとう、シルヴィー! 明日も絶対、店に行くからね!」
もう一度手を振って、今度こそ本当にリュカが去っていく。
完全にリュカの姿が見えなくなった後、シルヴィーはその場に座り込んだ。
「……どうしよう」
帰ってほしくないと思ってしまった。リュカが有名な冒険者になったことを、寂しいと思ってしまった。
なぜ? なんて、自分に問うまでもない。
「私、リュカさんのこと、好きになっちゃったんだ……」
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