第11話 頭から離れない

「シルヴィー。申し訳ないのだけれど、おつかいを頼んでもいいかしら?」


 仕事を終えて自室でのんびりしていると、ミレーユが部屋に入ってきた。


「おつかい、ですか?」

「ええ。今日は月に一回、遠方から珍しい香辛料を持ってきてくれる商人が広場にくる日なの。なんだけど……」

「仕込みが終わらないんですよね?」


 シルヴィーの質問に、ミレーユは溜息で応じた。


 ありがたいここに最近、フルールの客はどんどん増えている。それに伴い、提供する料理の量も増えているのだ。

 フルールにはシルヴィーを含めて四人の店員がいるが、料理担当はミレーユだけだ。


「ええ。ルネとオデットは、遊びに出かけてしまっていて」

「大丈夫です。散歩がてら行ってきますよ」

「ありがとう。夕飯を作って待っているわね」


 ミレーユの作ってくれる料理は美味しい。今日の夕飯はなんだろうかと楽しみにしながら、シルヴィーは身支度を始めた。





 夜でも街は賑わっている。仕事を終えた冒険者たちにとっては、これからが楽しい時間の始まりなのだろう。

 道には客引きをする者も多く、昼間とは違う雰囲気だ。


 そういえば最初は、私たちも呼び込みをしていたのよね。

 リュカさんと出会ったのも、その時だったわ。


 新婚カフェとしてフルールをオープンした日が、もうずいぶんと昔のような気がする。


 もしあの日リュカさんに声をかけていなかったら、知り合ってすらなかったのよね。

 それに、もしあの日、声をかけたのが私じゃなかったら?


 もしも、のことを想像しても意味はない。分かっているけれど、ぼんやりとそんなことを考えてしまう。


 ぼーっとしているうちに、広場に到着した。

 ミレーユが言っていた商人はかなり派手な服を着ていたから、すぐに分かった。

 言われた通りの香辛料を購入する。ついでに他の商人の品も見てみよう、とシルヴィーは視線をめぐらせた。


 食べ物、装飾品、玩具……ここには、あらゆる物が売っている。

 国中、いや、世界中からたくさんの物が集まる場所だ。


 とにかく故郷から逃げたくてここへきたけれど、いい場所よね。ミレーユさんに助けてもらったおかげで、仕事も見つかったし。


 ふと、これからのことを考えて立ち止まる。


 現世での私はもう、19歳。この世界では、そろそろ結婚を考えるのが一般的な年齢だわ。

 新婚カフェのキャストとして働く、なんていつまでもできることじゃないし。


 前世でも、コンカフェ嬢として働くことが年齢的にきつくなり、不動産営業に転職したのだ。


 結婚……と想像すると、リュカの顔が頭に浮かんでしまう。あまりにも彼が、俺の嫁だとシルヴィーに言ってくるせいだ。


「あーもう、なんでリュカさんのことばっかり考えちゃうのよ」


 溜息を吐いて歩き出すと、中年の女性が並べている品物が目にとまり、彼女の前で立ち止まった。

 女性が広げている風呂敷の上には、いろいろな髪飾りがおいてある。


 髪を縛るゴムから、髪を束ねてとめるバレッタまで。髪飾りというのは、元いた世界とここでたいした違いはないらしい。

 もちろん、デザイン的な違いは大きいのだが。


「……これ、綺麗」


 つい手にとったのは黒曜石の埋め込まれたバレッタだ。黒を基調とした色合いで派手ではないものの、つい手にとってしまう魅力がある。


 リュカさんの銀髪には似合いそうよね。最近、ちょっと髪も伸びてきたし。

 ……って、なんで私、そんなこと……。


「気に入りましたか?」


 女性から問われ、シルヴィーはびくっと肩を震わせた。目が合うと、柔らかい微笑みを向けられる。


「実はそれ、私の息子が作った品なんです。駆け出しの職人で……気に入ってくださった方がいたと分かったら、息子も喜びますよ」


 そんなこと言われたら、買わない、なんて選択肢ないじゃない。


 フルールで暮らしているため、衣食住は保障されている。最近は給料も増えたから、金銭的な余裕はそれなりにあるのだ。


「……これ、ください」


 あーもう、これ、なんて言ってリュカさんに渡せばいいのかしら?





 広場を出る頃には、すっかり暗くなっていた。あまり遅くなってしまったら、夕飯を作って待ってくれているミレーユに悪い。

 歩調を速めたところで、そこのお嬢ちゃん、と声をかけられた。


「無視はないだろ、無視は」


 シルヴィーが返事をするよりも先に、柄の悪そうな男が目の前に立ちふさがる。避けようとすると、背後にも違う男が立った。


「……何の用でしょう?」

「俺たち、この街にきたばっかりなんだ。だから全然、この辺に詳しくなくてなあ。美味しい夕飯が食べられるところでも、紹介してくれないか?」


 にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、背の高い男が近づいてくる。とっさに後ろへ下がったが、背後の男にぶつかってしまった。


 どうしよう……!


 この街には、いろんな人が集まる。

 だからこそ、あまり治安がいいとは言えない。


 そんなこと、すっかり忘れてたわ。


「それにしても、可愛い顔をしてるな。どうだ? 金はやるぞ。俺たち、結構稼ぎのいい冒険者なんだ」


 男はそう言って、腰に帯びた剣をちらつかせた。


「あ、あの、やめてください!」


 とっさに大声は出たが、男たちは笑っているだけだ。シルヴィーの抵抗なんて、彼らからすれば何の意味もないだろう。

 拳をぎゅっと握り締め、男たちを睨みつける。意味がないとしても、抵抗はやめたくない。


「そんな顔されると、もっとやめたくなくなるな」


 そう言って男が、シルヴィーの肩に触れた、その瞬間。

 ものすごい勢いで、男が吹っ飛んだ。


「……え?」


 そして、背後の男も地面に倒れる。


「俺の嫁に触るな、このグズども」


 地面に倒れた彼らを蹴りつけながらそう言ったのは、リュカだった。

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