第10話 いい夫になるのかも?
一晩経つと、リュカの顔色もかなりよくなってきた。
額にのせていた濡れた布を交換し、そっと頬をつつく。
「リュカさん。朝ですよ、朝」
しばらく続けていると、リュカがゆっくりと目を開けた。寝起きのリュカは、いつも以上にとろけそうな瞳をしている。
「……シルヴィー」
「はい。シルヴィーですよ」
「ずっと一緒にいてくれたの?」
「ええ。ここ、私の部屋ですし」
昨日は結局、一睡もできなかった。床やソファーで休むこともできたけれど、どうしても、リュカのことが気になってしまって。
夜中に急に悪化したらどうしよう……そう思うと、眠る気になんてなれなかった。
「ありがとう。俺、もう元気になったよ」
そう言って起き上がろうとしたリュカの肩を押す。
リュカは目を丸くして、どうして? と首を傾げた。
「今日はずっとここで安静にしててください。仕事は禁止です」
「シルヴィーは仕事でしょ? シルヴィーに会いにいくのも駄目なの?」
「駄目です。とにかく寝ていてください」
それに今、リュカを他の客と同じように扱える自信がない。
「お昼になったら休憩をもらって、戻ってきますから」
「本当!?」
「はい」
「やったー! シルヴィー、大好き!」
安静にするように伝えたばかりなのに、リュカは飛び起きてシルヴィーに抱き着いた。いきなりのことに、抵抗のしようもない。
……なんて、言い訳よね。
「シルヴィー、細いね。ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてますよ。……ここにきてからは、ミレーユさんがいっぱいご飯をくれますから」
少し迷った後、そっとリュカの腰に腕を回した。想像していたよりもずっと、逞しい身体をしている。
あとちょっとだけ、このままでいたい。
◆
部屋の扉を開けるより先に、中から楽しそうな笑い声が聞こえることに気づいた。
リュカの声だけではない。
この声……。
「パトリシアちゃん?」
不思議に思いながら扉を開ける。やはり中にいたのはパトリシアだった。
床に座って、リュカと向き合っている。二人の間には、最近ミレーユが買ってくれたという積み木があった。
「あ、シルヴィー! おかえり」
パトリシアはシルヴィーと目が合うと、笑顔で立ち上がった。相変わらず可愛い。
「あのね、シルヴィーの旦那さんと遊んでたの」
「えっ!?」
「シルヴィーの旦那さん、優しいね!」
「いや、旦那じゃ……」
ない、と言おうとして、なんとなくやめた。こんなにパトリシアが楽しそうにしているのだから、否定をする必要はないかと思ったのだ。
それにリュカさんも、嬉しそうだし。
「リュカさん。起き上がって大丈夫なんですか?」
「うん。パトリシアちゃんがちょっと前に温かいミルクを持ってきてくれて、一緒に遊んでる」
そう言って、リュカがパトリシアを見て笑った。
自分に向けられたものでもないのに、その微笑みを見てどきっとする。
リュカさんって、子供の面倒とか見れるんだ……。
「パトリシアちゃんも、一緒にお昼ご飯食べたいって」
「それは全然、構いませんけど」
リュカさんのことだから、二人きりがいい、なんて言うかと思ったわ。
……って、なんで私、ちょっとがっかりしてるの?
「ねえ、シルヴィー」
「はい」
「俺とシルヴィーの子って、絶対可愛いだろうね」
「……はい?」
「俺に似るかな。シルヴィーに似るかな。俺はシルヴィーに似た女の子がいいなあ。絶対可愛い。あ、安心してね。子供ができても、俺の一番はシルヴィーだから」
幸せそうに未来のことを語るリュカだが、結婚なんてしていないし、付き合っているわけでもない。
「リュカさん」
「なに? あっ、シルヴィーは男の子がいいとか? 男の子なら、俺に似るのかなあ」
……リュカさん似の男の子?
つい、想像してしまう。ふわふわの銀髪に、赤い瞳。リュカに似て甘い顔立ちだろう。でも子供だから、リュカのような男らしさはないはずだ。
リュカに似て甘え上手で、いつも後ろをついてくる。ちょっとでも目の届かないところに行けば、ママ、と泣きそうな顔で追いかけてくるのだ。
まずい。
そんなの、あまりにも可愛いわ!
「ね。シルヴィー。シルヴィーは子供、何人欲しい?」
「……リュカさんは?」
「うーん。二人とか? でも、もっと多くてもいいよね。俺は家族がいなかったから、大家族って憧れもあるんだ」
リュカは面倒くさがりでだらしないところがあるけれど、家族のためならちゃんと働いてくれるだろう。
家事は苦手かもしれないが、子供の面倒は見てくれそうだ。
リュカさんって案外、いい夫になるのかも。
「でも俺、シルヴィーとなら、ずっと二人でもいいよ。シルヴィーが一緒にいてくれたら、それだけで幸せだから」
「リュカさん……」
ありがとうございます、とつい言いかけたその時。
「……ねえシルヴィー。私、邪魔だったかな?」
にやにやと笑ったパトリシアにそう言われた。
これ、絶対後でミレーユさんに言われる! っていうか、ルネさんにもオデットさんにも話がいっちゃうやつだ……!
絶対にからかわれる。そう確信し、シルヴィーは溜息を吐いたのだった。
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