第9話 だって、大好きだから

「今日はありがとうございました、リュカさん」

「ううん。デートできて嬉しかった。買い出しでもなんでも付き合うからね」


 絶対また誘ってね、とリュカに念を押される。


「はい」


 食事の後、少し散歩をしてから鍋を買いに行った。かなり重たそうな鍋だったけれど、リュカは軽々と片手で持ってくれた。


 リュカさんのスキルは魔力の無効化。スキル発動後は、魔物と剣で戦うと言っていた。


 だからこそ、身体を鍛えてるんだわ。


「明日はシルヴィー、出勤だよね?」

「はい」

「俺、仕事が終わったら絶対くるから」

「ええ。待ってますね」

「それでね、シルヴィー。あの、仕事だから仕方ないっていうのはじいちゃんも言ってたし、分かってるんだけど」


 すう、とリュカが大きく息を吸い込んだ。


「あんまり、俺以外の男と仲良くしないでね」

「……はい」

「本当!?」

「本当ですよ。他の方には、あくまでも店員として接するだけです」


 今日一日、リュカとデートをして、いろんな話をして、たくさんリュカの笑顔を見た。

 そんな今、他の客と同じだと彼を突き放すことはできない。


「嬉しい。俺、シルヴィーのために、明日もいっぱい稼いでくるから!」





 もう日が暮れて、かなりの時間が経った。それなのにまだ、リュカは店にきていない。


 仕事が長引いてるのかしら? それとも、他になにかあったの?


 リュカのことが気になって、仕事に集中できない。いつも通り客の相手をできる自信がなくて、ミレーユと交代で裏に入った。


 リュカさんは、ここにくれば私と会える。

 だけど私には、ここで待つことしかできない。


 シルヴィーはリュカの家を知らない。それどころか、この街に住んでいるのか、どこかの宿に泊まっているだけなのかも分からない。

 知らないことばかりだ。


 はあ、と溜息を吐いて皿を洗おうとした時、店が騒がしくなった。何事かと様子を見に行くと、そこにはリュカがいた。

 全身傷だらけで、今にも倒れそうなリュカが。


「あっ、シルヴィー!」


 ぼろぼろの状態だというのに、リュカはシルヴィーを見つけてにっこりと笑った。そのままシルヴィーの方へ歩いてくるが、足どりは重い。

 周りにいる客たちも、心配そうな眼差しをリュカへ向けていた。


「リュカさん!!」


 とっさに叫んで、シルヴィーはリュカに駆け寄った。


「どうしたんですか、その怪我は!?」

「今日の敵、ちょっとしぶとかったんだ。でも、安心して。俺、ちゃんと勝ったから」


 リュカは懐から重たそうな革袋を取り出した。その中には、たっぷりと金貨が詰まっているのかもしれない。

 けれど今は、そんなことどうだっていい。


「とにかく治療を……リュカさん、きてください!」

「え?」

「いいから、早く!」


 なぜか戸惑っているリュカを強引に連れていく。これほどの怪我人なら、他の客も文句は言えないだろう。





 リュカをベッドに寝かせ、水に濡らした清潔な布で傷口を拭いていく。できたばかりの傷からは、わずかだが出血もあった。

 それに額に手をあてると、かなり熱い。おそらく無理がたたって、発熱してしまったのだろう。


「シルヴィー、ありがとう。俺のこと、心配してくれたの?」

「当たり前です。どうしてこんな無茶をしたんですか」

「ごめん。でもこの依頼、報酬が高かったから」

「……リュカさん」


 少し前まで、リュカは怠惰な冒険者だった。

 それなのに今は、報酬のために毎日、ぼろぼろになるまで働いている。


 私のせい、よね。


「もう、無理はやめてください」

「でも……」

「お金より、リュカさんの身体がずっと大事です」

「……どうして?」


 真っ直ぐな瞳で問われ、シルヴィーは言葉に詰まってしまった。

 そんなの、理由は一つしかない。けれどそれを口にしたら、二人の関係性がすごく変わってしまうような気がする。


「俺はね、シルヴィー。ぼろぼろになっても、シルヴィーに会いたいし、シルヴィーに喜んでほしいんだよ」

「……どうして?」

「だって、シルヴィーが大好きだから」


 迷いのない優しい目に泣きたくなる。リュカに対して、すごく酷いことをしているような気がしてきた。


「お金以外に、シルヴィーが喜ぶものが分かんないんだ」

「……会いにきてくれるだけで嬉しいです」

「でも、シルヴィーに会うにはお金がいる」


 リュカは寂しそうに笑うと、ゆっくりと手を伸ばし、シルヴィーの頬を両手で包み込んだ。

 拒めないのは、リュカが病人だから……だけじゃない。


「ねえ、シルヴィー。どうしたら、本当のお嫁さんになってくれるの」

「リュカさん……」

「シルヴィーの理想の夫になれるように、頑張るから」


 なにか言ってあげなきゃ。

 そう思うのに、シルヴィーの口は動かない。

 そうしているうちに、リュカは眠りについてしまった。





「シルヴィー、リュカさんのおじいさんがきてるわよ」


 シルヴィーの部屋の扉を開け、ルネが小声で教えてくれた。眠っているリュカを起こさないように部屋を出て、店の外へ向かう。


「リュカが世話になっとると聞いたんじゃが」

「はい。今は、私の部屋で眠っています」

「そうか。よかった。それなら安心じゃ」


 リュカのおじいさん……セヴランは、時折リュカと共に店にくる。

 だが、こうして二人きりで話すのは初めてだ。


「ところで……なんで、リュカの看病をしてくれとるんかのう?」

「えっ? だって、リュカさんはぼろぼろだったんですよ?」

「じゃが、ただの店員が、わざわざ自分の部屋で客を眠らせるんかのう?」


 シルヴィーが答えられずにいると、セヴランはゆっくりと息を吐いた。


「のう、シルヴィーさん」

「はい」

「リュカは、本気でシルヴィーさんを愛しとるんじゃ。……シルヴィーさんがどんな気持ちかは分からんが、あの子を傷つけることだけは、やめてほしい」


 セヴランの眼差しが急に鋭くなった。

 とっさにシルヴィーが頷くと、いつも通りの穏やかな笑みに戻る。


「それならいいんじゃ。リュカのこと、頼むぞ」


 そう言うと、セヴランはシルヴィーに背を向けて歩き出した。遠ざかる背中を見ながら、シルヴィーは頭を抱える。


「私、どうしたいんだろ……」


 目を閉じれば、リュカの顔が頭に浮かぶ。

 シルヴィー、と甘い声で名前を呼ぶ彼が恋しくて、シルヴィーは溜息を吐いた。

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