第9話 だって、大好きだから
「今日はありがとうございました、リュカさん」
「ううん。デートできて嬉しかった。買い出しでもなんでも付き合うからね」
絶対また誘ってね、とリュカに念を押される。
「はい」
食事の後、少し散歩をしてから鍋を買いに行った。かなり重たそうな鍋だったけれど、リュカは軽々と片手で持ってくれた。
リュカさんのスキルは魔力の無効化。スキル発動後は、魔物と剣で戦うと言っていた。
だからこそ、身体を鍛えてるんだわ。
「明日はシルヴィー、出勤だよね?」
「はい」
「俺、仕事が終わったら絶対くるから」
「ええ。待ってますね」
「それでね、シルヴィー。あの、仕事だから仕方ないっていうのはじいちゃんも言ってたし、分かってるんだけど」
すう、とリュカが大きく息を吸い込んだ。
「あんまり、俺以外の男と仲良くしないでね」
「……はい」
「本当!?」
「本当ですよ。他の方には、あくまでも店員として接するだけです」
今日一日、リュカとデートをして、いろんな話をして、たくさんリュカの笑顔を見た。
そんな今、他の客と同じだと彼を突き放すことはできない。
「嬉しい。俺、シルヴィーのために、明日もいっぱい稼いでくるから!」
◆
もう日が暮れて、かなりの時間が経った。それなのにまだ、リュカは店にきていない。
仕事が長引いてるのかしら? それとも、他になにかあったの?
リュカのことが気になって、仕事に集中できない。いつも通り客の相手をできる自信がなくて、ミレーユと交代で裏に入った。
リュカさんは、ここにくれば私と会える。
だけど私には、ここで待つことしかできない。
シルヴィーはリュカの家を知らない。それどころか、この街に住んでいるのか、どこかの宿に泊まっているだけなのかも分からない。
知らないことばかりだ。
はあ、と溜息を吐いて皿を洗おうとした時、店が騒がしくなった。何事かと様子を見に行くと、そこにはリュカがいた。
全身傷だらけで、今にも倒れそうなリュカが。
「あっ、シルヴィー!」
ぼろぼろの状態だというのに、リュカはシルヴィーを見つけてにっこりと笑った。そのままシルヴィーの方へ歩いてくるが、足どりは重い。
周りにいる客たちも、心配そうな眼差しをリュカへ向けていた。
「リュカさん!!」
とっさに叫んで、シルヴィーはリュカに駆け寄った。
「どうしたんですか、その怪我は!?」
「今日の敵、ちょっとしぶとかったんだ。でも、安心して。俺、ちゃんと勝ったから」
リュカは懐から重たそうな革袋を取り出した。その中には、たっぷりと金貨が詰まっているのかもしれない。
けれど今は、そんなことどうだっていい。
「とにかく治療を……リュカさん、きてください!」
「え?」
「いいから、早く!」
なぜか戸惑っているリュカを強引に連れていく。これほどの怪我人なら、他の客も文句は言えないだろう。
◆
リュカをベッドに寝かせ、水に濡らした清潔な布で傷口を拭いていく。できたばかりの傷からは、わずかだが出血もあった。
それに額に手をあてると、かなり熱い。おそらく無理がたたって、発熱してしまったのだろう。
「シルヴィー、ありがとう。俺のこと、心配してくれたの?」
「当たり前です。どうしてこんな無茶をしたんですか」
「ごめん。でもこの依頼、報酬が高かったから」
「……リュカさん」
少し前まで、リュカは怠惰な冒険者だった。
それなのに今は、報酬のために毎日、ぼろぼろになるまで働いている。
私のせい、よね。
「もう、無理はやめてください」
「でも……」
「お金より、リュカさんの身体がずっと大事です」
「……どうして?」
真っ直ぐな瞳で問われ、シルヴィーは言葉に詰まってしまった。
そんなの、理由は一つしかない。けれどそれを口にしたら、二人の関係性がすごく変わってしまうような気がする。
「俺はね、シルヴィー。ぼろぼろになっても、シルヴィーに会いたいし、シルヴィーに喜んでほしいんだよ」
「……どうして?」
「だって、シルヴィーが大好きだから」
迷いのない優しい目に泣きたくなる。リュカに対して、すごく酷いことをしているような気がしてきた。
「お金以外に、シルヴィーが喜ぶものが分かんないんだ」
「……会いにきてくれるだけで嬉しいです」
「でも、シルヴィーに会うにはお金がいる」
リュカは寂しそうに笑うと、ゆっくりと手を伸ばし、シルヴィーの頬を両手で包み込んだ。
拒めないのは、リュカが病人だから……だけじゃない。
「ねえ、シルヴィー。どうしたら、本当のお嫁さんになってくれるの」
「リュカさん……」
「シルヴィーの理想の夫になれるように、頑張るから」
なにか言ってあげなきゃ。
そう思うのに、シルヴィーの口は動かない。
そうしているうちに、リュカは眠りについてしまった。
◆
「シルヴィー、リュカさんのおじいさんがきてるわよ」
シルヴィーの部屋の扉を開け、ルネが小声で教えてくれた。眠っているリュカを起こさないように部屋を出て、店の外へ向かう。
「リュカが世話になっとると聞いたんじゃが」
「はい。今は、私の部屋で眠っています」
「そうか。よかった。それなら安心じゃ」
リュカのおじいさん……セヴランは、時折リュカと共に店にくる。
だが、こうして二人きりで話すのは初めてだ。
「ところで……なんで、リュカの看病をしてくれとるんかのう?」
「えっ? だって、リュカさんはぼろぼろだったんですよ?」
「じゃが、ただの店員が、わざわざ自分の部屋で客を眠らせるんかのう?」
シルヴィーが答えられずにいると、セヴランはゆっくりと息を吐いた。
「のう、シルヴィーさん」
「はい」
「リュカは、本気でシルヴィーさんを愛しとるんじゃ。……シルヴィーさんがどんな気持ちかは分からんが、あの子を傷つけることだけは、やめてほしい」
セヴランの眼差しが急に鋭くなった。
とっさにシルヴィーが頷くと、いつも通りの穏やかな笑みに戻る。
「それならいいんじゃ。リュカのこと、頼むぞ」
そう言うと、セヴランはシルヴィーに背を向けて歩き出した。遠ざかる背中を見ながら、シルヴィーは頭を抱える。
「私、どうしたいんだろ……」
目を閉じれば、リュカの顔が頭に浮かぶ。
シルヴィー、と甘い声で名前を呼ぶ彼が恋しくて、シルヴィーは溜息を吐いた。
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