第7話 私の旦那さま
今日は、久々の休日だ。といっても、店休日ではない。シルヴィー以外の面々でフルールを営業する予定だ。
ちなみに、明日の休みはルネ。その次はオデット。
店休日以外にも休みを作れたら、というミレーユの配慮だ。
「……といっても、暇なのよね。休みでも」
フルールの人以外に知り合いはいないし、これといった趣味もない。どこかへ出かけてもいいのだが、正直なところ、連日の勤務でかなり疲れている。
「ミレーユさんから頼まれた買い出しは午後でいいし、もうちょっと寝ちゃおうかな」
そう考えたシルヴィーが再びベッドに飛び込もうとした、その時。
「えっ!? 今日、シルヴィーいないの!? なんで!?」
リュカの大声が聞こえてきた。
一階がフルールの店舗で、二階と三階が従業員の居住スペースなのだ。シルヴィーの部屋は二階である。
「……リュカさん、きてるんだ」
休みだと伝えていなかったから、今日も朝から会いにきてくれたのだろう。昨日は店にこなかったから、伝えるタイミングがなかったのだ。
リュカが店にくる頻度は、前より少しだけ落ちた。というのも、最近のリュカが精力的に働いているからだ。
そして相変わらず、稼いだ金をフルールで惜しみなく使い、預かってて、などと言いながらシルヴィーに押しつけてくる。
私がいなくて、きっと落ち込んでるわよね。
「顔くらい、見せてあげようかしら」
◆
メイクと着替えを済ませ、一階に降りる。すると、すぐにリュカに見つかった。
「シルヴィー! いた!」
「……旦那さま。申し訳ありません。今日は私、お休みなんです」
「えっ……」
あからさまにがっかりしたリュカとシルヴィーの間に、そういうことだから、とルネが割って入る。
「だから今日は、他の妻と過ごしてみる?」
ルネがそう言った瞬間、反射的に口が動いてしまった。
「だめです! 私の旦那さまなのに!」
「……へえ?」
ルネににやにやとした笑みを向けられてはっとする。
私、今、とんでもないこと言っちゃったんじゃ……。
「うん。俺はシルヴィーの旦那だから、他の子とは話さないよ」
にっこりと笑うリュカとは真逆のあくどい笑みを浮かべたルネが口を開いた。
「でも残念。今日はシルヴィーはお休みなの。お休みだから、客とは話せないわ」
ねえ、と言いながら、ルネはシルヴィーの肩に腕を回した。
口を開こうとすると、鋭い眼差しで制される。
「でも、もし貴方がこの店に資金提供をしてくれる気があるなら……裏で、話を聞くこともできると思うけど」
「……どういうこと?」
ルネの言葉の意味が分からなかったのか、リュカが首を傾げた。
「この店に寄付してくれるなら、今日もシルヴィーと話せるってことよ」
「本当!? 俺、お金なら払うよ。昨日もちゃんと働いたんだ。ねえ、シルヴィー」
「ちょっとルネさん!?」
最近客が増えて儲かっているとはいえ、フルールの経営状況に問題がないとは言えない。店内の改装工事のために、かなりの売上が必要だとミレーユが言っていたのも覚えている。
でもだからって、リュカさんからお金をもらおうとするなんて!
「じゃあそういうことだから、あとはよろしく」
華麗なウインクを披露し、ルネは去っていった。
「シルヴィー」
「……」
「ねえ、シルヴィー。休みだから、今日は本当に話せないの? 俺、今日もちゃんとお金持ってきたよ?」
捨てられた子犬のような目で見られると、この場を立ち去ることなんてできない。
「……とりあえず、ちょっときて」
これ以上店内で会話を続けたら、さすがに他の客に怪しまれてしまう。
どうしたものかと思いながら、シルヴィーはリュカを二階へと連れていった。
◆
「ねえ、シルヴィー。さっきの話、本当? お金を払ったら、店以外でもシルヴィーと話せる?」
「あれは、ルネさんの冗談です。本気にしないでください」
「……じゃあ、どうやったらシルヴィーと外でも話せるの?」
リュカの真っ直ぐな眼差しと言葉は、あまりにも心臓に悪い。
シルヴィーが何も答えられずにいると、ねえ、とリュカは言葉を重ねた。
「俺、本当にシルヴィーが好きなんだ。だから、シルヴィーのためならなんだってする。お願い。俺のこと、他の客と同じ扱いにしないで」
あーもう、とっくに私の中で、リュカさんは他の客とは違うわよ。
今だって、本当は悪いのに店の奥に連れてきちゃったわけだし。
「お願い、シルヴィー」
「……リュカさん。じゃあ今日は、私がリュカさんのお客さんになります」
「え?」
「冒険者リュカさんに依頼です。今日一日、私の買い出しに付き合ってください。その……ちょうど、荷物を持ってくれる、力持ちの人を探していたので」
真っ赤な嘘だ。ミレーユから頼まれた買い物はどれも軽い物ばかりなのだから。
「俺、めちゃくちゃ力持ちだよ! なんだって持つから。なんなら、シルヴィーごと持つし!」
「それはいいです」
「えー、そうなの? 俺が抱っこしたら、シルヴィー、楽に移動できるのに」
リュカは満面の笑みでそう言い、シルヴィーの手をぎゅっと握った。
「今日は店の中じゃないから、手繋いでもいいんだよね?」
「それは……」
「ねっ。シルヴィー。いいでしょ?」
リュカは笑顔でシルヴィーの顔を覗き込んだ。リュカの赤い瞳に映るシルヴィーの顔は、明らかに口角が上がりきっている。
私、リュカさんといるのが楽しいんだわ。
「……分かりました」
「わーい、やった。シルヴィーとの初デートだ」
そう言って、リュカが無邪気に笑う。その無邪気さに、シルヴィーの鼓動は速くなるばかりだった。
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