第6話 どうしたらいいの!?

「ドラゴン討伐……!?」


 魔物討伐、というのは一般的な冒険者の仕事だ。対象の魔物が強ければ強いほど、報酬額が高くなる。

 その中でもドラゴン討伐は特別で、ドラゴンを倒した冒険者はドラゴンスレイヤーと称され、周囲から一目置かれる存在となる。


 リュカさんが、本当にドラゴンを……!?


「ほ、本当ですか!? ドラゴンって、すごく強いんですよね……?」

「うん。だから俺、めちゃくちゃ疲れた。でも、シルヴィーに会いたかったから、会いにきたんだよ」


 甘い笑顔で見つめられ、心臓が飛び跳ねた。

 ただでさえ顔がいいと思っていたのに、ドラゴンを倒してきた、なんて言われたら、さらにどきどきしてしまう。


 リュカさんって、ただの無気力で面倒くさがりな冒険者じゃなかったんだ……。


「俺、すごい?」

「す、すごいです」

「好きになった? 旦那としても頼れる?」


 ぐいっ、と顔を近づけてきて、リュカは大きな瞳でシルヴィーを見つめた。あまりにも真っ直ぐな眼差しに、シルヴィーは一瞬息をするのも忘れてしまう。


 リュカさんは客で、私はキャスト。

 大好きです、頼れますって言うのが、当たり前だわ。

 なのに……!


「は、はい。旦那さまのこと、大好きです。強くて、頼りになります」


 なんで私、こんなに照れちゃってるの!?


 赤くなった顔を隠したいけれど、至近距離で見つめられていてはどうすることもできない。


「本当!? よかった、頑張って。ねえ、シルヴィー。俺ともチェキ撮ってよ。ね?」


 とろけそうなほど甘い眼差し、子供のように可愛らしい表情、そしてとんでもなく整った顔と、ドラゴンを倒せるほどに鍛え上げられた体躯。


 まずい。

 リュカさん、私のタイプ過ぎるわ……!


「じゃあ、私が撮影するわ。ツーショットチェキとソロチェキ、どっちにします?」


 ルネに尋ねられ、リュカはどっちも、と即答した。

 ツーショットチェキは客とキャストの二人で撮るチェキで、ソロチェキはキャストだけのチェキである。

 ちなみに、どちらも料金は同じだ。


「シルヴィー、どういう風にしたらいいの? 教えて」

「はい、旦那さま」


 チェキでも接触は禁止だが、かなり近づかないと撮影が上手くできない。

 近寄ると、リュカからは汗の匂いがした。


「ごめんね。俺、臭いよね?」

「そんなこと……」

「とにかく早くシルヴィーに会いたくて、急いできたんだよ」


 はい、可愛い。


 だめじゃない、私。リュカさんのことが可愛くてたまらなくなっちゃってるわ……!





「すごい。チェキって最高だね」


 大量のチェキを見ながら、リュカが満面の笑みで言った。あれから閉店までリュカとのチェキ撮影が続いたのだ。

 しかしまだ、大量の金貨は底をついていない。


「あ、そうだ。シルヴィー」

「なんですか?」

「これ、思ったより余ったから……いる?」


 そう言ってリュカは、無造作に金貨の入った革袋を差し出してきた。

 いきなりのことにシルヴィーが何も言えずにいると、どうしたの? と首を傾げる。


「お金、いらない? シルヴィー、喜んでくれると思ったんだけど」

「も、もらえません。チェキや食事の代金でもないのに!」

「そうなの? お金をあげれば誰でも喜ぶって、ギルドにいた人が言ってたんだけど」

「誰ですかその人は!」


 そうなんだ、とリュカがあからさまに落ち込んだ表情になる。喜ばせてくれようとしてくれたのだと思うと嬉しいけれど、理由もなく金銭を受け取るわけにはいかない。


 リュカさんって、危う過ぎない? もし私がねだったら、ドラゴンを倒してまで稼いだお金をあっさりくれるってこと?


 彼のことを全て知っているわけではない。しかしそれなりの時間を過ごしてきて分かったこともある。

 リュカは、本当に子どものような性格をしているのだ。


 悪い女にでも騙されたら、大変なことになっちゃうじゃない!


「リュカさん、よく聞いて」

「うん。俺、シルヴィーの話ならちゃんと聞くよ」

「お金は大事にしないとだめです。気軽に人にあげちゃいけないし、なにかを買ってあげたり、奢ってあげたりもだめです。きちんと、自分のために使ってください」

「シルヴィー……」

「チェキを撮ってくれるのは嬉しいですけど、無理はしないでください。なにかあった時のために貯金も必要です」

「分かった、シルヴィー」

「分かってくれましたか」


 シルヴィーが安心して胸をなでおろした、次の瞬間、リュカは晴れ晴れとした笑顔で言った。


「俺の嫁って、金銭感覚がしっかりしてるんだね!」

「……はい?」

「じいちゃんが言ってたんだ。結婚するなら、金銭感覚がしっかりしてて、お金の管理をちゃんとできる人がいいって」

「それはまあ……そうでしょうけど」

「やっぱり、シルヴィーのことだよね。うん」


 何度も頷くと、リュカは金貨の入った革袋をシルヴィーに押しつけた。


「だからこれは、シルヴィーが持ってて。俺が持ってたら、たぶん適当に使っちゃうから」

「ちょ、ちょっと……! お金は大切にって言いましたよね!? 私が勝手に使ったりしたらどうするんですか!?」

「だってシルヴィー、そんなことしないじゃん」


 もちろん、他人の金を勝手に使ったりなんかしない。

 だけど、こんなにあっさり信用されると、調子が狂ってしまう。


「じゃあ、お店も閉まったし、今日はもう帰るね。シルヴィーも、ゆっくり休んで」

「……はい」

「おやすみ、シルヴィー。大好きだよ」


 大きく手を振りながら、リュカが店を出ていく。彼の姿が見えなくなってから、シルヴィーは頭を抱えた。


「私、どうしたらいいの!?」

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