第2話 コンセプトは『新婚』

「可愛いはお金になる? それって……身体を売れ、ってこと?」


 ミレーユさんは顔を顰め、パトリシアの耳を両手でおさえた。


「違います。ぜんっぜん、違いますから! 勘違いしないでください!」


 シルヴィーが慌てて訂正すると、ミレーユは困惑しきった顔で首を傾げた。

 確かに、さっきの言い方が誤解を招いてしまうのも無理はない。


「えーっと……」


 前世の知識によると、なんて胡散臭いよね。


「その、旅人から聞いた話なんですけど」


 うん。これでいいわ。どこからきた人? って聞かれても、分からないって言っちゃえばいいし。


「設定を決めて営業するカフェがあるらしいんです」

「設定?」

「はい。たとえば、店員はお客さんのメイドだとか、妹だとか。お店にいる間だけ、お客さんとその関係を楽しむんです」

「……なるほど?」

「喋ったりはしますが、基本的に接触は禁止。見た目を売りにはしますけど、妓楼とは全く違いますよ」


 ミレーユはゆっくりと時間をかけて頷いた。シルヴィーが言っていることを理解するのに時間がかかったのだろう。


「それ、案外いいかもしれないわね」


 そう言ってくれたのはルネだ。


「若い美人が接客する酒場はよくあるけど、カフェはないわ。それに、設定を作る、っていうのも新しいし」


 うんうん、とルネが頷くと、そうかも……とミレーユが呟いた。


「それに正直、美貌以外にうちが売り出せるものはないわ」


 あまりにも正直すぎるルネの言葉にオデットが肩をすくめたが、反論はしない。


「で、どんな設定がいいと思うの?」


 ルネが目の前にやってきて、シルヴィーの顔をじっと見つめた。


「……そうですね」


 コンセプトカフェといえば、一番有名なのはメイドカフェだ。でも、日本でのメイドのイメージと、この世界でのメイドはイメージが違いすぎる。

 ここではメイドという職業は一般的だ。


 お金がないから、制服を新しく作るのも大変よね。内装を工事するお金もないはず。

 だとすれば……。


「新婚カフェ、なんてどうでしょう!?」

「……新婚?」

「はい。私たちが新妻で、お客さんが旦那様。どうです? これなら私服でいいですし、提供するメニューも一般的な家庭料理で問題ありません」


 初期費用がおさえられる上に、新妻、というのはイメージがしやすい。

 それに冒険者ギルドの多いこの街には、癒しを提供するようなコンセプトがいいだろう。


「ミレーユ、どう思う?」


 ルネがミレーユに視線を向ける。ミレーユが、覚悟を決めた顔で頷いた。


「やってみましょう。なにもせずに潰れるより、新しいことに挑戦したいもの」





「宣伝で最も大切なことは、恥じらいを捨てることです」


 シルヴィーの言葉に、ルネとオデットが深く頷いた。

 今日は新婚カフェ・フルールの開店初日である。といっても、営業方針を変えただけで、内装やメニューは全く変わっていない。


 ミレーユは店内で料理の準備をしている。その間、シルヴィーたちが店の宣伝をすることになった。


 前世では、飽きるほどビラ配りをやったわね。なんだか、懐かしいわ。


 コンセプトカフェで働いていた時も、不動産営業として働いていた時も、頻繁にビラ配りをしていた。


「見ててください」


 すう、と大きく息を吸い込む。周りを確認すると、多くの通行人がいた。

 ここ、メールには多くの冒険者ギルドがある。そのため、人の出入りが活発で、しかも、若い男が多い。


 やるわよ。せっかく掴んだチャンスだもの。


 ミレーユが助けてくれなかったら、今頃シルヴィーは死んでいた。前世の知識を活かして働くことなんてできなかった。

 その恩に報いるため、なにより生きていくために、金を稼がなくてはいけない。


「旦那さま! おかえりなさいませ!」


 笑顔でそう言って、二人組の若い男の前に飛び出す。いきなりのことに驚いた二人が固まったのを見て、シルヴィーは内心でガッツポーズした。


 いけるわ、これ。


「私、今日からオープンした新婚カフェで働いてるんです。寄っていきませんか?」

「いや、えーっと……新婚カフェって、なに?」


 男たちは困惑しているようだが、逃げる様子はない。


「私たち店員が妻になって、旦那さまであるお客様を癒すカフェです。一度体験してみませんか? ご飯も、飲み物もありますよ?」


 にっこりと笑って、ぐいっ、と距離を詰める。上目遣いで可愛く見つめていると、男たちは顔を見合わせた。


「お願いです、旦那さま。実はオープンしたばかりでお客様がいなくて……私を助けると思って。お願いできません?」

「……まあ、腹も減ってるしなあ」


 でれでれとした顔で、年長者らしき男が呟いた。


 よし。もう、勝利が見えたようなものだわ!


「本当ですか!? 嬉しい! じゃあ、こっちにきてください。私以外にも、可愛い子がたくさんいますから!」


 わざとらしく飛び跳ねて喜び、二人をルネたちのところへ誘導する。

 後はよろしく、と耳元で囁いた後、シルヴィーは再び客引きに戻った。


 私の客引きスキル、なまってなくてよかったわ。


 周囲を見回し、次のターゲットを探す。複数人の方が、ノリで来店してくれる可能性が高い。

 とはいえ、選り好みをするより、多くの人に声をかける方が効率的だ。


「あ。旦那さま!」


 たまたま目に入った二人組に声をかけた。振り返った二人を見て、シルヴィーは一瞬固まってしまう。


 この人、めちゃくちゃイケメンなんだけど!?


 一人は若い男で、もう一人は初老の男だった。祖父と孫、という印象を受ける。


「……旦那さま? 俺のこと?」


 若い男が、きょとんとした顔でシルヴィーを見つめた。

 銀髪に赤い瞳。ふわふわの髪と、とろんとした瞳がどことなく母性をくすぐるわりに、高身長で体格はいい。


 正直、めちゃくちゃタイプだ。


「は、はい。私はあそこの、新婚生活をモチーフとしたカフェで働いていて……」


 シルヴィーが店の説明を終えるより先に、男がいきなりシルヴィーの腕を掴んだ。


「……じいちゃん。俺、既婚者だったみたい」

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