第7話 虹の橋

 三十キロの道のりを走らせて、目的地であるマイナーなショッピングセンターに着いた。中に入ると、工具や資材といった作業用の物品が半分以上占めており、余った隅っこに食料品店が存在している。並べられている品の中には、近辺の農家や酪農家から取り寄せた物も置かれている。


 小百合は予め決めていた物をカートに乗せているカゴに入れていく。食事関連の知識が無い冥は、丸裸で置かれている野菜や、パックに閉じ込められている肉を物珍しい目で見つめながら、カートを押して小百合についていく。      




「冥ちゃんは何か食べたい物ある?」




「美味しい物なら、何でも」




「それ、作る人が一番困る言葉だよ? 食べたい物の一つや二つはあるでしょ。例えば、ハンバーグとか、オムライスとか」




「ハンバーグ? オムライス?」




「オッケ。早速二つ決まったね」




 小百合はハンバーグとオムライスの材料を追加でカゴに入れた。




「あ、オヤツとかは? お菓子とか、チョコとか」




「あー、ならアレがいいです」




「良かった! オヤツは分かるんだね!」




 そうして、冥が移動した先は缶詰コーナー。果実系の缶詰を買うのかと思っていた小百合であったが、冥はコンビーフを手に取った。




「あの時のコンビーフが本物かどうか、ずっと気になってたんですよね。あとは、豆と……乾パンってあるんですかね?」




「遠征にでも行くの? ま、まぁ、災害時には役立つし……今の内に缶詰をいくつか買っておこうかな」




 次に二人が向かったのは、海鮮コーナーであった。生まれて初めて魚を見た冥は、遊園地に訪れた子供のように目を輝かせていた。都会では既に人工食品が主流になっており、口にする物全てが人工的に生み出された紛い物。それは、環境や動物の未来を危惧した末に生まれた産物であった。 


 その為、初めて本物の魚を見た冥は、興奮と気持ち悪さの両方を覚えていた。




「都会なら、こういった物は目にしないでしょ?」




「はい……魚って、気持ち悪いんですね」




「アハハ! これはもう死んじゃってるけど、釣ったばかりの魚はピチピチ跳ねるんだよ?」




「殺傷力がありそうですね」




「そんな初めての冥ちゃんに食べてもらう魚は……サンマだね」




 サンマを二尾袋に入れ、カゴの中に入れた。袋に詰められた二尾のサンマの視線に耐えられず、冥はカゴに入れていた豆腐をサンマの上に乗せた。 


 店内を一周し終えると、カゴには溢れんばかりの食品が入れられていた。肉や魚といった期限が短い食品は少なめで、日持ち出来る食品が多く入れられている。カゴに入れられている物だけでなく、カートの下には米十キロが置かれている。


 レジを通し、小百合が会計をしている間に、冥は買った食品を袋に詰めていく。




「お待たせ! 全部袋に入っ―――」




 小百合は絶句した。冥は左腕にパンパンに膨れ上がった袋をぶら下げ、米十キロの袋を右肩に担いでいた。成人男性でもキツイ量の荷物を冥は涼しい顔で持っていた。その姿は、まさに人間重機。


 


「小百合さん? どうしました?」




「……あ、いや……冥ちゃん、力あるんだね」




「え? あー、これくらいどうって事無いですよ。このくらい持てなきゃ、インチキ共の相手が出来ませんから」




「インチキ?」




「体の内や外を強化した奴らです。人外じみた力や凶器を備えていて、全身を改造した奴もいましたね。そいつも、金の無駄になりましたが」




「そ、そう。都会って、怖い所なのね……」




「昔は普通だったらしいんですが、時代の流れですね」




 二人は店を出ると、買った物を軽トラの荷台に乗せて、シートで覆った。車に乗り込み、冥はタバコに火を点けてから、車を発進させた。


 運転する冥の横顔を小百合が眺めていると、その視線に気付いていた冥が口を開く。




「見惚れてどうしました?」




「……なんだか、現実味が無くて」




「何が?」




「私じゃない誰かが隣にいる事が」




「私も信じられませんよ。私が誰かを隣にいさせるなんて」




「じゃあ、私達は夢を見てるのかもね?」




「幸せな夢ですね」




 会話を交わし、小百合が飲み物を飲もうと緑茶のペットボトルの蓋を開けようとした矢先、空に橋を掛ける虹を見つけた。車を道路の端に停め、車から降りて、二人は空を見上げた。


 雲一つない青空に掛かる虹は色濃く、現実のものとは思えない程に異彩であった。




「虹だ! こんなにハッキリと見えるのは珍しいね! でも、雨も降ってないのに虹が出るなんて、何だか不思議だね?」




「……あれが、虹?」




 小百合が冥を見ると、表情に喜びを露わにしながら、涙を流していた。そんな冥の反応に、小百合は嬉しさと悲しさを覚える。冥の左手に小百合の右手が絡みつくと、二人はしっかりと手を繋いだ。




「虹を見るのも初めて?」




「はい……あっちじゃ、空を見上げる暇もありませんでしたから……」




「虹はね、雨が降った後に見えるものなの。ずっと残るわけじゃなくて、すぐに消えちゃう珍しいもの」




「雨なんて、降ってませんでしたけど?」




「そうね。きっと、神様が冥ちゃんに虹を見せてあげようとしてくれたんじゃないかな?」




「ハハ。都合の良い」




「私は学者さんじゃないんだから、確かな事は言えないの! だから、これは神様のおかげ」




 手を繋ぎながら虹を眺めていると、突然強い突風が二人を通り過ぎていく。視界を風に塞がれてしまい、二人が再び空を見上げた時には、もう虹は見えなくなっていた。

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