第6話 間接キス
暇を持て余していた冥は、家の近くに棄てられていた廃車で的当てをしていた。五十メートル先の廃車に狙いを定め、プロ野球選手並みの投球フォームで石を投げた。運転席側と助手席側の窓ガラスを割ると、ドアに何度も石をぶつけて穴を開けた。
これまで暴力の世界で生きてきた冥の破壊衝動を鎮める都合の良いサンドバックだ。
「そこの非行少女! そろそろお昼にするわよー!」
縁側から冥の様子を眺めていた小百合が、お昼の時間を報せる。冥は小百合に手を振ると、握っていた石を空に投げ飛ばし、落下してきた石を廃車に向けて蹴飛ばした。
食卓に行くと、既に小百合が食事の準備を済ませており、椅子の背もたれに寄りかかりながら、冥を待ち構えていた。
「ちゃんと玄関から入って来た?」
「どっちだと思う?」
「冥ちゃんのお昼ご飯無し!」
「ごめんごめん。ちゃんと玄関から入ったから。私も食べさせてよ」
「よろしい。変に私をおちょくらずに、最初から素直に言えばいいのに」
「それが非行少女の性質みたいなものでね」
冥が席につくと、二人は手を合わせてから、箸を持った。今日のお昼ご飯は、素麺とぬか漬け。冥が来てから四日経ったが、その間の三食全てが同じメニューであった。
路上生活でマトモな食事をとっていなかった冥であったが、流石に飽きを感じていた。
「小百合さん。なんでいつも素麺とぬか漬けなんですか?」
「嫌い?」
「嫌いじゃないですけど。飽きません?」
「全然。私は季節によって食べる物を決めてるの。夏は素麺とぬか漬け。秋は蕎麦とぬか漬け。冬はうどんとぬか漬け。春はパスタ」
「なんで春だけ洋風なんですか……たまには、何か違う物を食べたくありませんか?」
「例えば?」
「例えを出せる程、私の食事はきちんとしていませんよ。あっちで最後に食べた物は、期限切れの缶詰ですね。コンビーフなんて良い物を手に入れたはいいものの、開けてみると肉が白くて、泥を喰っているような味でしたね」
「決めた! 私が冥ちゃんに美味しい物を食べさせる! 一ヶ月ぶりの買い出しじゃー!」
冥の壮絶な過去のエピソードを垣間見て、母性が爆発した小百合は燃えていた。自分の分のお昼ご飯を早々に食べ終えると、軽トラの鍵を手にしながら、自分のペースで食べる冥を急かし続ける。若干の鬱陶しさを感じながらも、お昼ご飯を食べ終えた冥は食器をシンクに運ぶと、小百合と共に外に出た。
軽トラの助手席に行こうとする冥に、小百合は軽トラの鍵を投げ渡し、助手席に座る。素直に運転を任せてくれた事に冥は安堵し、運転席に乗り込んで軽トラのエンジンを点けた。
「それで? 買い出しって何処に? ここには何も無いって言ってましたよね?」
「ここから三十キロ先にスーパーがあるよ」
「往復六十キロ……軽いドライブじゃないですか」
「だから一気に買い溜めしてたのよ。さぁ、ガイド役は任せて! 冥ちゃんは運転に集中! 出発ー!」
「あいあいさー」
小百合を気遣い、冥はスピードを抑え気味で軽トラを走らせた。それでも、小百合にとっては十分速いスピードであった。
小百合の指示通りに軽トラを走らせていくと、やがて一本道に出て、しばらく真っ直ぐ進む事になった。窓から見える景色は広大な田んぼと、並び立つ電柱だけで、新鮮味が生まれない。
冥は気分転換にラジオをかけようとして、運転に集中しながらチューナーをいじる。しかし、どれだけいじってもノイズだけが聴こえてくるばかり。どうやら、ラジオが壊れているようだ。
「これ、壊れてませんか?」
「そうなの? 私、ラジオって聴かないから気付かなかったよ。この軽トラ、近所のオバちゃんが譲ってくれた物なんだ」
「慈悲深い小母様ですね」
ラジオの電源を切り、冥はタバコを口に咥えて火を点けようとする。隣に座っている小百合がそれを許す訳もなく、両手をハンドルとシフトレバーに取られている冥は、呆気なくタバコを没収されてしまう。
「私、タバコを吸わないと運転出来ないんですよ」
「駄目です。というか、どれだけタバコ持ってるのよ!? 今までかなりの量を没収したわよ!?」
「私の荷物は衣服が一割、タバコ九割ですよ」
「ドヤ顔で言う事じゃないでしょ……そもそも、どうしてタバコなんか吸うのさ」
「言ったでしょ? 味が好きなんです。食い物と呼べない物を食べる時でも、タバコがあれば辛うじて食べれました。生きる為に必要な物だったんですよ」
「病気のリスクがあるタバコが、生きる為に必要だなんて。なんだか皮肉ね」
小百合は妥協する事にした。冥から没収したタバコを口に咥え、火を点けて少しだけ吸ったタバコを冥の口元に近付けた。
「フフ。未成年には吸わせないって言ってたじゃないですか」
「一日三本まで。それ以上は許しません」
「せめて一箱……いや、吸えるだけありがたい話ですよね」
冥はタバコを口に咥え、深く吸い込んだタバコの煙を窓の外に吐き出した。タバコの味はいつもとは少し違い、思春期の子供が異性に対して抱く想いのような胸の高鳴りが、冥の胸にも起きていた。
「これは、あれですね。間接キスってやつですね」
「アハハ! 久しぶりに聞いたよ、その言葉! 若いって感じがするなー!」
「……そうですね」
落雷のような刹那の痛みが、冥の胸に走り、苦笑いを浮かべてしまう。そんな冥の気持ちなど知る由もない小百合は、流れていく外の景色を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます