自分の仕事




 綿原が事務所に戻ると焦ったように、惣領主任が近寄って来た。

「無事だったか綿原さん、良かった」

 また無事って言われた。


「この会社の事を少しは分かってくれたと思うが、綿原さんが思うよりも危険だという事は知って欲しい」

 そんな言葉で惣領が説明してくる。

「まあ、この部屋がある一階は比較的安全なのだが、二階より上は修練の力が漏れている時があって、まあ巻き込まれて怪我をする事もある」

 それは危険だろうなと、綿原が苦笑する。廊下を歩いているだけで怪我をする会社とかは、他に聞いた事がない。


「そうだ、これが君の社員証だ。これで出入りが出来るし認証もされるから便利だ。これに入れて首から下げていてくれ」

「はい。ありがとうございます」

 綿原は写真入りのカードを貰ったケースに入れて首から下げる。それから眉を顰めた。写真は何時提出したろうか。


「この写真は?」

 綿原は、提出しましたっけ?の言葉まで言えなかった。

「あ、私の念写だ。大丈夫、ここの社員証は全部私の念写だから」

「は」

 呆然と目の前の人物を見てしまう。もう一度自分の社員証を確かめる。全く違和感のない綺麗な写真だ。少し笑っている所が出来過ぎてはいるが。

 呆けた顔の綿原に惣領主任が苦笑する。


「あー。多分、本当に能力がない一般人は綿原さん以外いないと思うから、そこは頑張って慣れてくれ」

「…はい」

 複雑な気持ちで答える綿原に、席を指定した惣領が書類を渡してきた。

 受け取ってノートパソコンを開いた綿原は、開いた書面の文章にぎょっとする。しかし洗礼はもう受けたのだと構えて入力をしだした。

 依頼先への提出書類の清書がしばらくの仕事になると言われて、貰った書類の誤字脱字、整合性などを入力していくが、じんわりと玄武に言われた事が分かって来た。この文章をいきなり見ても納得は出来なかっただろう。


『海に現われた魚人を十五体処置した。死骸は海辺で焼却後祝詞をあげた』

『泣き止まぬ赤子の霊を払う事に成功。部屋に札を這って後日確認に行く予定』

 そんな文章の見出しで始まる書類は、かかった時間、使った道具、行った人員。そういった文字も羅列されている。仕事だから当たり前だが、かかった金額も記載されていて、祈ったりしただけの報告書に驚くぐらいの請求金額が書かれていると、少しやるせない。


 霊感商法とあまり変わりがないのではと、何処かで思ってしまうが、それにしては此処は会社なのだと考え直す。

 清書し続けていると、まるで、どこかのオカルト雑誌の内容のような書類内容が、人の死も扱っている事が多くて、文章を打つだけで綿原の気が滅入ってくる。


「綿原さん、余り根詰めなくてもいいから」

 自分のパソコンから顔を上げた惣領主任が話しかけてくる。

「でも、書かないと終わりませんし」

 頑張ろうと思っている綿原が答えると、惣領が首を横に降った。

「暗い気持ちで続けると悪い気が寄ってきて、あまりよろしくない」

「え?」

「田淵くん、一緒にコンビニでも行ってきなさい」

 綿原の斜め相向かいの田淵に声がかかる。顔を上げた田淵はにんまりと笑った。

「やった。行こうよ綿原さん」

 そう言って綿原は手を引かれて外に連れ出される。外に出ると空気を暖かいと思ってしまった。真剣にパソコンを叩き過ぎたのか、少し身体が冷えている気がする。


 コンビニに行きながら田淵が話してくる。

「文面に飲まれないようにするのが最初の難関だね」

「そうなんですか」

「そう。酷い事件の物をリライトすると凹んだりして引き摺られるから、そこから気持ちを離さないと」


 一体何に引きずられるのだろう。綿原は疑問に思いながらタバコを買う。まだ悩んでいる田淵を見ながら、もう一度レジに行って甘い缶コーヒーとおにぎりも買った。悩んでいた田淵は結局グミを一つ買った。


 田淵は綿原の手元を見る。

「煙草吸うんだ?」

「はい、けっこう」

「それなら、それで気分転換しながら頑張っていこう」

「休憩時間は何時ですか?」

 綿原がそう聞くと田淵が笑った。


「うちはそれが良い所で、煙草休憩とかお茶休憩とか決まってないから。好きなだけ行って大丈夫。気が済むまでっていうのが重要視されてる会社だから」

 他の会社員が聞いたら羨ましがられる環境ではある。

 隣を歩いて帰る田淵が気になる綿原はなるべく見ないように話しながら会社に帰った。

 この人の能力は何だろう。


 そう考えたら思考が止まらない。受付嬢も能力者だろうか。あの警備の人も?カフェテリアの店員さんも?掃除のお姉さんも?

 本当に俺一人が能力無しなのだろうか?


 会社に戻った綿原が思考を止めないように書類をうっていると、ポロンポロンと小さなスピーカーから曲が流れて来て、田淵が席を立った。

「お疲れさまでした」

 二人にそう言って帰って行った。どうやらさっきの曲がチャイムの代わりらしいと綿原が気付く。

 ふうと惣領も溜め息を吐いて立ち上がる。


「綿原さんも終わりにしよう。事務はあまり残業が無いんだ」

「はい、分かりました」

 綿原もパソコンを切って机の上を片付ける。


 惣領にお疲れさまと言われて外に出た綿原は、会社を出て帰りにコンビニに寄った。マンションに帰るまでに三件のコンビニがあるのは、ここら辺は戦争区域なのかもしれない。確かにオフィスと住宅がたくさんある道沿いだから、コンビニが乱立しても赤字にはならないかも知れない。

 弁当を買って飲み物も数本買った。インスタントコーヒーと砂糖を買って、牛乳とパンも買って。食材が何もないから結構な買い物をして帰った。


 後でスーパーにでも行って何か買って。それ以外の必要品はドラッグストアにでも行って。そこまで考えて、綿原はふっと笑った。


 この間まで死ぬことしか考えていなかったのに。

 今は生きていく先を考えている。

 それは全て夜兎のおかげで。


 そこまで考えて、綿原は肩を落とす。

 ああ、夜兎に会えればいいのだけど。どうやって逢えばいいのかな。社長室に突撃とかは出来ないだろうし。

 会う機会は少ないだろうけど、夜兎がいる場所に来たのだから会える機会は遠く離れているよりもあるだろう。電話が出来ればいくらでも声を聞かせて喜んでもらえるのだけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る