第6話 彼女の家に行きたい

 美味い――美味すぎるッ!

 涙し、感動するほどに信乃の料理は超絶に美味かった。今日は特に味付けが完璧だ。いや、いつも美味しいのだが今日は格別だった。

 なんだこの宮廷料理みたいなレベル。

 シェフが作ったと言われても信じるぞ、これは。


「どうかな~?」

「最高だよ。信乃は料理に関してはもう超人かと思っていたけど、まだ上の段階レベルがあったんだな」

「わたしなんてまだまだだよ。それにね、料理研究家の人のおかげかなー」

「料理研究家?」


 聞いてみると、信乃はスマホの画面を見せてくれた。

 そこには動画投稿サイトのチャンネルの詳細があった。リョウジという料理研究家が毎日レシピを公開しているらしく、その人を参考にしているのだとか。

 しかも、憧れの存在らしい。

 ああ、このイケメンひとなら知っている。

 たびたび話題になっているし、名前くらいは記憶していた。


「凄い人なんだよ~。コラボもいっぱいしてるし」

「ほー。レベルアップの秘訣はこれか~」

「今のところはね」


 一粒も残さず、俺は完食した。

 ふ~、美味かった。

 これをお昼に食べられるとは、なんて幸せなんだ。

 驚くほどに満足感がある。

 そして幸福感で包まれている。


「ありがとう。本当に美味かった」

「また明日も作るからねっ」

「マジ助かるよ。信乃の料理は何度食べても飽きないし」

「褒めてくれるなんて嬉しいな!」


 照れくさそうに微笑み、信乃は席を立った。……天使かな。

 俺もちょっと顔が熱くなった。

 困って視線を泳がせていると、信乃がすぐ戻ってきた。弁当箱を置きに行っただけらしい。


「そ、そうだ。信乃」

「ん~?」

「今度さ、信乃の家に行ってもいいかな」

「え……? えっ!? どうしちゃったの、社くん!?」


 思わずなのか非常に驚く信乃。

 そうだよな。俺から家に行きたいなんて初めて言った。でも、今までがおかしかったんだ。

 ……勇気がなかったというのが正しいけれど。

 今はひとつひとつ丁寧にゆっくりと、慎重に前進する。それが俺に出来る唯一の方法なのだから――。


「どうしても行きたいんだ。頼む……」

「もちろん大歓迎だよ!」

「本当か!」

「うん。今まで何度か誘ったけど、ずっと保留にされていたもん。やっと家に来てくれるんだね。嬉しい」


 今まで何度も先送りにしていた。

 付き合っている関係なのに、悪いことをしたと思う。これで嫌われなかったのが不思議なくらいだ。

 でもそれでも信乃は俺を好きでいてくれた。

 だから、これからは俺の方からも寄り添っていく。


「いつがいいかな?」

「じゃあ、今日で」

「きょ、今日!? いいのか……今日で」

「いいよ。ぜひ来てほしいから」

「本当に本当に良いんだな?」

「今すぐに、早退してでも来てほしいくらいっ!」

「そんなにか! 分かった。今日行こう」

「やったー! 約束だからね。嘘ついたら、ハリセンボン飛び越えてハリマンボンだからね!」


 それは恐ろしいな。

 もちろん、約束を破るなんてことはしない。むしろ楽しみだ。

 天変地異が起ころうが、なにがあろうとも信乃の家に行く。絶対にだ。


 そうして午後の授業を受けながらも、俺はずっとソワソワしていた。ずっと信乃のことが頭に離れなかったからだ。

 家に行ける、そう考えただけで落ち着かなかった。



 ――放課後。



 ついにこの時が来た。

 すぐに信乃のところへ向かおうとしたが、俺の名を呼ぶ声がした。


「あの、社くん」

「あれ……邑崎むらさきさん」


 同じクラスの女子・邑崎むらさき ともえだ。

 背が低くて可愛い系の女の子。

 礼儀正しくて同級生にも敬語なんだよな。

 一度だけ告白され、断った過去がある。なので少々気まずいのだが……。でも、それは一年前の話だ。記憶も薄れた頃合い。もう大丈夫だろう。


「少し話をいいですか」

「別に構わないけど、手短に頼む」

「大門寺さんのことなのですが」

「信乃のこと? なにかあった?」

「はい。やっぱり、まだ付き合っているんですよね……?」

「え。ま、まあ……関係は続いてるよ」

「そうですか。やはりお二人はラブラブなんですね」

「ラ、ラブラブって! いや、それはどうかな~…」


 なんて困惑していると、邑崎さんはブツブツ言いながら去っていった。……な、なんだったんだ?

 まあいいや。それよりも信乃だ。

 カバンを手にし、俺は信乃のところへ向かった。

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