第5話 スーパー陰キャぼっち俺の人生変化

 呼吸を忘れるくらい、信乃の横顔を追っていた。

 そう……そう。

 息ができないくらいに――って、なんか息苦しいぞッ! ぐっ、ぐぅ、ぐぅぅぅぅ……!?


「――――ハッ」


 目を覚ますと俺はベッドの上にいた。

 どうやら姉ちゃんが迷い込んでいたようだ。その豊満な胸が俺の口をふさいでいた。


 うぉい!!


 苦しい……!

 嬉しいよりも苦しいぞ!


 姉を引き剥がし、俺は事なきを得た。

 ……あぶねぇ。一瞬、三途の川の向こうに死んだじいちゃんの顔を見た。あと一瞬遅ければ俺はじいちゃんの手を握っていたことだろう。


「…………」


 すやすやと眠る姉。なんでここにいるかなぁ。

 昨晩はおこづかいをもらってから……記憶がない。俺はどうしたっけ。まあいいか。たまに記憶が飛ぶんだよな。


 気にせずスマホをチェック。

 時刻は七時ちょい。

 そろそろ学校へ行く準備をせねばな。

 とはいえ開始は八時から。早すぎた。


 メッセージをチェックすると信乃から『おやすみ~』なんて可愛らしいスタンプが送られていた。と、同時に『いつもの時間に行くねー』なんてメッセージも飛んできた。


 付き合い始めた頃から登校は一緒だ。

 けど、途中から合流する形。本当なら俺が迎えにいくべきなのだろうが……。信乃の家がどこか分からないのだ。

 そろそろ一度くらい行ってみてもいいかもなぁ。


 朝の支度を終え、のんびしていると時間になった。


 家を出て少し歩くと制服姿の信乃が現れた。いつも通り、タイミングばっちりだ。


「おはよ~、社くん」

「おはよう、信乃」


 挨拶を交わし、学校を目指す――のだが、信乃はいきなり俺の腕に抱きついてきた。良いニオイと柔らかい感触に支配され、俺は脳がとろけそうになった。

 この前の『別れよう』から、信乃はずいぶんと距離感が近くなった気がする。前はここまでしなかった。


「このまま歩こうね」

「マジか。でも、ジロジロ見られて恥ずかしい気が……」

「大丈夫だよ。わたしと社くんは付き合ってるんだもん」


 納得の答えだ。

 しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 さすがに校門前で離れようっと……。



 予定通り校門前で離れようとしたのだが、信乃は拒否した。


「え……信乃?」

「離れたくないっ! このままいくのっ」

「おいおい。さすがにクラスメイトに笑われるし、からかわれるって」

「構わない。気にしないし!」


 俺が気にするんだが。

 いやしかし、この本気マジな目を向けられては……振りほどくのもためらってしまう。


 三秒ほど考えた末、俺は諦めることにした。

 まあいいか。

 信乃とラブラブであると周囲に示す方が都合がいい。

 なぜなら、俺は信乃を助けてから英雄視されているのだ。一年の時のネットニュースがいまだに“伝説”と語り継がれており、今の一年生から三年生まで噂になっているというか……毎度毎度、校長が自慢げに話すものだから、風化することがなかった。


 おかげでスーパー陰キャぼっちの俺の人生は大きく変化して、今やスーパーヒーローのような扱いを受けていた。

 モテ期も到来して何度告白されたことか。

 だが、俺には信乃がいた。

 浮気することなく、ここまで付き合っていた。……これぞ純愛かな。

 でも、それでも俺は彼女を幸せにしてやれるのか疑問に思ってしまっていた。最近の俺は自分でもおかしいと思う。

 いや、昔の自分に戻りつつあるのかもしれない。進化どころか退化しちまっているのかもなぁ……。ダーウィンが本当に正しいのか疑いたくなるね。



 ――結局、そのまま教室へ入った。



 驚くべきことに、みんなスルーしていた。

 見なかったことにしたいらしい。

 どういうことだ……!?



 適当に授業を受け続け、ようやく昼休みを迎えた。瞬間に信乃がトコトコと小動物のようにやって来た。動くだけで可愛い。



「お昼にしよっ」

「そうだな。今日も手作り弁当?」

「うん、今日は超気合いれてきたからね!」


 信乃は毎日のように手料理を振舞ってくれていた。そもそも、料理が好きらしくてその様子を動画投稿しているほどだった。その料理動画が人気を博して結構なチャンネル登録者数を誇っている。

 割と有名で人気者らしい。

 それもそうだよな。

 こんな美人で料理ができるなんて人気にならない方がどうかしている。


 目の前の空いている席に座る信乃は、弁当箱を広げていく。

 和風の重箱で俺はびっくりした。

 いつもと違う……!?


「お、おい。それ……」

「驚いた?」

「あ、ああ……まさかこれほどとは」


 三段の重箱とかはじめて見たぞ。

 こんな弁当箱を学校に持ってくるヤツも初めて見た! てか、これは弁当と言えるのか?


 しかし、料理はとてつもなく美味そうだ。

 こ、これは金銀財宝か!?

 キラキラと輝き、まずは目で楽しめた。


 なんだこの、おせちみたいな豪華な感じ! けれど、よ~く見ると、おにぎりにタマゴ、から揚げと割とシンプルだった。

 重箱のせいで豪華に見えるだけかな?


「今日はお弁当箱に気合を入れてみました」

「そっちかよ!」


 料理に気合を入れたのかと思ったが、箱の方だったかっ!

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