第4話 可愛い。可愛すぎる
「――そんなこともあったっけな」
過去を少し思い出し、俺は笑うしかなかった。
冗談みたいな出会い。
おかげで俺の人生は一変した。
そうだった。毎日が幸せすぎて、この海を見るまで忘れていた。
「だからね、別れるなんて言わないで。社くんは、わたしのヒーローなんだから」
そんな風に信乃は尊敬のまなざしを俺に向けた。
ヒーローか……。
俺はそんな大層な存在ではないと思うけどな。
世界を救ったわけでも、悪と戦っているわけでもない。ただの
それに。
未だになぜ信乃が俺なんかを好きでいてくれるのか謎のままだ。
あの時、助けたとはいえ……それだけだぞ。
深く追求したことはない。
もし聞いてしまえば、友達ですらいられなくなるなような――そんな予感がしたからだ。
だから俺は信乃のことをあまり知らなかった。
「俺は……ナマケモノだよ」
「すぐ自虐するー! 君は、君が思っている以上に本当はすごい人なんだよ」
「ちなみに聞くけど、どこが……?」
単純に興味があって聞き返した。
信乃は優しいから、きっと当たり障りのない答えを出してくるのだろうと思った。
けれど、それは違った。
「好きでいさせてくれること」
俺は『全部』だとか、そんなシンプルに返ってくると思った。でも、これが信乃の答えだった。予想外すぎた。
好きでいさせてくれること……。
そんなに俺のことが……。
ぐっ……。
ぐうううううぅぅぅ……可愛い。信乃が可愛すぎる。
正直、ひねくれている俺自身を殴りたいほどだ。
己がいかに愚かでバカか理解した。
「ありがとう、信乃。そろそろ帰ろう」
「うん。もう暗くなるね」
すっきりしたような表情で信乃は、俺の手を握る。俺もその手を握り返す。
もうちょっと頑張ってみようかな。
高校生活はあと一年ある。
せめて、あと一年だけ様子を見る。
そして信乃ことをもっと知って、お互いの気持ちが真に通じ合った時に俺は、改めて自分から告白しようと、そう誓った――。
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
『信乃の家へ行ってみたい』
かなり勇気を振り絞り、俺は信乃にそうメッセージを送った。
震える手でスマホを握り、その画面を食い入るように見つめた。
こんなこと今までこちらから言ったことがない。付き合っているはずなのに、彼女の家に行ったことすらもなかった。
そう、勇気がなかったからだ。
今までは近所をウロウロするだけだった。
デートもロクにしていない。
ただ、友達のように喋って毎日を繰り返すだけ。
これは本当に付き合っていると言えるのか――?
俺はふと、そう疑問に感じたのだ。
今日、信乃からたくさん好きを言ってもらえて俺は気づいた。もう少し彼女を知ろうと。知らないから、気持ちが沈み『別れよう』なんて口走ってしまったんだと思う。
悩んでいると声がした。
「おい、社。なにをニヤニヤしている」
「――はっ!? ね、姉ちゃん!?」
俺の部屋の扉を勝手に開け、俺を白い目で見つめる姉ちゃんの姿があった。電子タバコのシーシャを吸い、ずかずかと入ってきた。入ってくるな!
実の姉であり、俺のことを常に気にしてくれている。毎日のように俺の部屋に来ては様子を見に来ていた。多分、俺が死体になっていないか確認しに来ているのだろう。
「ん、なんだ。また信乃ちゃんか」
「う、うるさいな。いいだろ……彼女なんだから」
「家に連れてきたことないクセに?」
「……うぐっ。近所までは連れてきたし!」
「近所の海だろうが。ていうか、なんでお前なんかにあんな美少女が……信じられないね」
「俺も同じ感想だよ。さあ、用事がないなら出ていけ」
姉ちゃんはシーシャを吹かす。
煙のニオイが甘ったるい。なんだこの……フルーツ系の甘いニオイ。ったく、毒じゃないだろうな。毎度のことだから別にいいけど。
それにしても、姉ちゃんは相変わらず家の中だと軽装というか。サラシにショートパンツという謎ファッションで家の中をウロついている。
どうやら、姉ちゃんは
意味が分からなかった。
「用事はあるよ」
「なんだよ?」
「ほら、こづかいだ」
「へ…………? こづかい? 姉ちゃんが!? どういう風の吹き回し!?」
「今日、ボートレースで大勝したんでね。それもあるが、お前信乃ちゃんと本格的に付き合うつもりなんだろ。なら少しはマシなカッコしろ。あとデート代でもある」
と、姉ちゃんは俺の事情を察しているかのようにそう言った。……ま、まてまて。姉ちゃんには俺のことなんて何も話していないんだが!
そりゃ、信乃となんとなく付き合っていることは理解している。でも、ここまで詳しく知っているなんて、どうなっているんだ。
「どうして……?」
「ふふーん。そりゃ企業秘密だ」
「企業秘密って……。姉ちゃん、大学生じゃん」
最近はほとんど通っていないようだけど。
「気にするな。そら、一万円」
「こんなに? いいのか」
「それくらは必要だろう。社、がんばれよ」
ニカッと笑う姉ちゃんは、部屋から早々に立ち去っていく。
ありがてぇ…………!!
優しい姉を持ち、俺は幸せだよ。
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