第3話 彼女ができた日

 俺と信乃の出会いは高校一年の時にさかのぼる。


 自分の家は海が近所だから、よく黄昏たそがれに来ていたんだ。

 どうしようもない、ぼっち人生。

 夢も希望もない将来。

 毎日が不安で今すぐに引きこもりたい。そんな願いばかりが先行していた。

 だから海だけが俺の友達だった。


 静かに水平線を見つめる。

 そんな時だった。


 誰かが足を滑らせて海へ投げ出されたような、そんな気配を感じた。


「…………?」


 少し視線をそらしてみると、人らしき影が海に流されていた。……って、オイオイ。服を着たまま流されているぞ!?


 一瞬だったが、あれはウチの高校の制服に間違いない。しかも、女子だ。



『……た、たすけ…………』


「……!」



 周囲に人の気配はなく、俺しかいなかった。

 マジか!!


 この場合、俺が彼女を助けるしかない……よな。

 悩んでいる場合じゃない。

 目の前で人が死ぬかもしれない、そんな切迫した状況に遭遇してしまったのだ。見過ごすことなんてできるはずもなかった。


 正直、超絶陰キャぼっちの俺にはキツすぎる仕事だった。でも、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。


 やるしかない、そう思ったんだ。


 だから俺は決死の思いで海へ飛び込んだ。

 あの女子の流された場所へ。


 だが、そこで俺はハッと思い出した。

 過去のニュースが脳裏をよぎった。

 溺れている人を助けにいった人は、大体が帰らぬ人となっていることを。……そうだ。溺れている者がパニックになっている可能性が高く、一緒に溺れてしまうことがある。それを思い出した。


 だから、今彼女を助けにいっても……俺も死ぬ……?

 不吉な予感がよぎって俺は足が止まった。


 ……こ、これは“恐怖”ってヤツか。

 そうだ、俺は怖いんだ。


 助けようと覚悟したはずなのにな……。なんで今になって足がすくむんだ。……ふざけるなよ、俺。助けるって決めただろうがッ……!


 ネガティブな気持ちを無理やり抑え込み、俺は前進する。


 一歩。

 また一歩と。


 激しい波が行く手を阻む。

 そういえば、この時間は満潮か。そうか、だから足を取られて彼女は飲まれていったんだ。

 早くしないと深いところへ落ちるぞ。


 急いで向かうと彼女はどんどん海の底へ引きずり込まれていた。俺は泳いで向かった。 幸い、水泳は得意だった。

 子供のころ、市民プールで散々泳いでいたからな。あぁ、あの頃はまだ毎日が明るかったな。――いや、それは今はいいな。


 全速力でクロールを繰り返す。

 何度も何度も荒波に揉まれ、俺自身も身の危険を感じた。……これはマズいな。早くしないとあの子の体力が――!


 だめだ、もうすでに力尽きている。


 海の底へ落ちていっている。くそ、間に合わなかったか。…………いや、まだだ。俺は諦めない。

 人生は諦めたけど、目の前のこの瞬間は諦めたくない。


 力いっぱい海の中へ。

 すると、底へ落ちていく少女の姿が見えた。


 まだ間に合う。俺はそう確信した。


 手を伸ばせばすぐそこに……!



(……取った!)



 抱き寄せ、俺はすぐに浜を目指した。

 早くしないと酸素こきゅうが尽きる。

 このままでは共倒れだ。


 危険を感じたが、意外にも海の中は静かだった。こればかりはラッキーだったとしか言いようがない。

 一気に浮上して海面へ。

 荒れ狂う波に押し出され、けれど引き戻される。……ダメだ。戻れんッ!


 もうだめかと思ったその時だった。


 ロープに繋がれた浮き輪が飛んできた。



「おい、君! 大丈夫かい!」



 見知らぬ人が叫んでいた。

 誰だか知らないが助かった……!


 安堵しつつ、浮き輪を掴んだ。そして、すぐに引き上げられ俺と少女は助かった。


 浜に上がり直ぐに救急隊が駆けつけてきた。どうやら、俺が自殺したんじゃないかと間違われたらしく……通報されたようだ。

 おかげで迅速に少女を助けることができた。


 治療を救急隊に任せ、俺は家を目指した。

 あの浮き輪を投げてきた人物は誰だったんだ……?

 お礼を言おうとしたが、早々に立ち去ったそうで特定できなかった。……多分、男だったと思うけどな。


 まあいい。とにかく、あの子が助かったのなら俺はそれで満足だ。



【三日後】



 またつまらない日々が続き、この先にこれといったイベントがないと確信していた。

 あの三日前の出来事は誰にも知られない。


 そう思ったのだが――。



「――社くん。ちょっといいかな」



 教室内ではじめて誰かに話しかけられた。

 俺の存在はてっきり忘れ去られていたものと思っていたんだがな。映画インビジブルも驚きの透明人間だし。

 だから思わず、こんな反応をしてしまった。



「え……?」

だいもん 信乃しのだよ。この前はありがとね」


「まさか同じクラスの女子だったの……!?」

「クラスは隣。いつか同じクラスになれるといいね」

「そ、そうなのか。でも、なんでわざわざ」


「わたしを助けてくれたからだよ」



 そう言って大門寺はスマホの画面を俺に向けてきた。

 なんだ?

 ネットの記事……?


 ――って、これは……この前の!


 そこには俺が大門寺を助けたというネットニュースが書かれていた。しかも、ヤッホーニュースのトップ!?


 てか、本名載ってるし!

 いつの間に……。


 ああ、だから今日は教室内がザワザワしていたのか。あんまり気にしていなかったけど、妙に視線を感じていたんだよな。


「なるほど……」

「だからね、お礼をしたくて」

「お礼を? なにかくれるの?」

「うん。わたしと付き合ってほしいなって……」


 大門寺は頬を赤く染め、恥ずかしそうに告白してきた。



 え……。



 ええッ!?

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