第2話 可愛いじゃねぇかっ!!

 信乃との関係はいったん“保留”となった。

 俺は……正直まだ自信がない。

 今まで普通に思えたことが、今では不安しかない。


 でも、救いはあった。


 信乃の笑顔が可愛いことだ。

 それに、俺のことを信頼してくれている。明らかな好意を寄せてくれている。これを無碍になんてできるはずがなかった。


 そうだな、今は別れるとかそういう感情は忘れよう。



 時間帯は放課後。

 教室内は俺と信乃しかおらず、今まで別れ話で時間を忘れていた。

 そろそろ帰らないと日が沈む。



「帰ろう、信乃」

「うん♪ 社くん、手を繋ご」


 自然と手を伸ばしてくる信乃は、半ば強制的に俺の手を握った。細くて長い指が俺の手を握ってくれた。

 分かったいたけど、積極的だ。

 付き合い始めた頃から信乃の距離感は近くて、俺を引っ張ってくれた。


 ……ああ、なのに俺は別れるなんて。

 ヒドイことを言ってしまったかもしれない。

 しかしそれでも俺は、まだ迷っていた。……いや、忘れよう。


 それよりも学校から俺の家は、それほど遠くはなかった。

 徒歩十分というご近所さんなのである。


 少しして【緑谷みどりたに】という表札が見えてきた。


 俺の家だ。

 一般的な普通の家。平凡な一軒家だが、生まれた時からここに住み暮らしている。

 信乃との下校もここまでか。


「着いたな」

「え~、もう終わり!? まだ社くんと一緒にいたい」

「そう言っても家に到着しちゃったし」

「じゃ、寄っていこうかな。社くんのお父さんにもご挨拶しておきたいし」

「親父にィ?」


 正直、俺は乗り気ではなかった。

 親父は俺と信乃の関係をからかってくるし、おこづかいもくれない。ケチな親父なのである。


「じゃあ、他で寄り道する~?」

「そうだな。その方がありがたい」

「決定だね! どこへ行こっか?」

「う~ん。具体的なプランはないからな。適当にブラブラかな」

「分かった。そうしよっ」


 嬉しそうに微笑む信乃は、今度は大胆に俺の腕に絡んできた。豊満な胸がぐいぐいと当たり、俺は顔が熱くなった。信乃の顔も真っ赤だ。

 ここまで距離をつめてくるのは初めてだ。

 いつもはせいぜい手を握る程度だ。

 も、もしかして……信乃は別れ話を気にしているのか。

 だから、こんなに必死に俺に構って……。



 可愛いじゃねぇかっ…………!!



 俺は脳内でじたばたした。

 う、ぐっ……!

 別れたくなくなってきた。


 ガチガチのロボットみたいになって、どこかへ歩いていく。……どこへ行こう?



 アテもなく、ただただ歩く。

 周囲から笑われているような気がするけれど、気にしている余裕なんてなかった。



「…………信乃。そんな密着されると歩きづらい」

「社くんを離したくないからっ」

「う、うむぅ……」


 そこまで言われては突き放すこともできない。

 むしろ嬉しすぎて幸せ。


「海の方へ行こ」

「あ、ああ……」


 少し歩けば周辺は海だ。

 浜辺が広がっていて景色が最高なんだよな。

 そろそろ初夏で遊泳も開放される頃だ。


 到着すると、泳いでいる人はいないが観光している人が多数見えた。


 夕日で茜色に染まる海がとてもキレイだ。


「最高だよね、ここ」

「近所にこんないい場所があるなんて幸せだよ」


 俺の家の周辺は立地だけは最高だった。

 学校が近いだけでなく、このように海が近い。それにコンビニやスーパー、ホームセンターなど、なんだったら駅も近いという好条件。

 昔はなにもなかった平凡な田舎だったが、最近は開発が進んで最強になっていた。


「社くん、いつもありがとね」

「ん? 俺なんかしたっけ……」

「そばにいてくれるだけで嬉しいから」

「え、マジで。そんなんでいいのか……?」

「いいんだよ。わたしはね、社くんの顔が見れるだけで幸せなの。その何気ない仕草だとか、いつも不安げなところとか全部好き」


 最後はよく分からないが、とにかく信乃は俺を好きということだ。

 ここまで俺を好きでいてくれるなんて、本当にありがたい。普通ではありえないことだ。

 だが、あの高校一年の時に“運命”が変わった。


 あれはそう、ちょうどこのような夕刻に信乃と出会ったんだ。

 この海でニュース級の『事件』が起きたのだ。

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