30. 世界の真理
「こ、これが……ワシらの星か?」
賢者の声は震えていた。目の前で繰り広げられる超常の技術に戸惑いを隠せない。そもそも、自分たちの星がこのような形になっていたことさえ知らなかったのだ。
「そうですね、ドラゴンに半分消されてしまいましたが」
ゼロの声には、不思議と冷静さが漂っていた。
「ど、どうするつもりじゃ?」
賢者の問いかけに、ゼロは何事もないかのようにコーヒーをすすりながら答えた。
「魔王が悪さする前の時点でのバックアップデータを復元します」
「バックアップ……? 何のことじゃ?」
賢者は一体何を言っているのか
コーヒーの香りが漂う中、賢者の脳裏では、これまでの常識が次々と覆されていく。星を管理する。バックアップを復元する。これらの概念は、彼の知識の
しかし、その眼差しには新たな知識への渇望が宿り始めていた。未知なる世界の扉が開かれ、賢者ノアの新たな冒険が、今まさに始まろうとしていた。
◇
「そうだ! リリーは、リリーはどうなるんじゃ?」
その声には、ゼロの隙を突いてみたい思惑が潜んでいた。
「彼女なら元気ですよ。時間は止まってますけどね。ほら」
ゼロは指を軽く動かすと、空中に楽しそうに笑うリリーの姿が浮かび上がった。その笑顔は、まるで太陽の光のように明るく温かい。
「い、生き返る……ということか?」
「そうですね、生きていた時代を再現すると言った方が正確ですが」
賢者は眉をひそめ、キュッと口を結ぶとうなだれる。その表情には、理解しようとする懸命さと、理解できない苛立ちが交錯していた。
「いったい……、この世界は何なんじゃ?」
絞り出すように賢者は言葉を紡いだ。
ゼロは穏やかな笑みを浮かべ、答える。
「そうですね……。『世界は情報でできている』と、言ったら分かりますか?」
「情報? 世界は物質が集まっていてできとるんじゃないのか?」
けげんそうな目で賢者はゼロを見た。
「宇宙にとって、物なのか情報なのかは全く同じことです。ここに『リンゴがある』ことと、『リンゴがあるという情報があること』は科学的にも全く同じことですね」
「冗談言わんでくれ、情報が食えるかい!」
賢者の声には、いささかの怒りが混じっていた。物質と情報が等価な訳がない。物は物、情報は情報だ。なぜこんな当たり前のことが一緒なのか?
「では食べてみてください」
ゼロは指先をクルクルッと優雅に動かすと、空中に真っ赤なリンゴを出現させた。
「はぁっ!?」
「さぁどうぞ、お食べください」
芳醇な香りを放つリンゴが、ゆったりと回転している。賢者は恐る恐る手を伸ばし、それを掴んだ。
シャクッ――。
歯を立てると、ジューシーなエキスが口内に広がった。
「美味い……。……。コレが情報の味……。いやちょっと待ってくれ。これが情報だったら俺もお主もこの空間も全部情報ってことじゃないか?」
賢者の目が驚きで見開かれる。
「そうですよ? 気づきませんでしたか? ふふふっ」
「いや、いやいやいやいや。情報だから保存してその時点に巻き戻せるってことか? そんな荒唐無稽な話あるかい!」
「えーっと、ノアさんの生きている間にも三回システムトラブルでロールバック……つまり、巻き戻ってますね。気がつきましたか?」
「へ? い、いつじゃ?」
「最近だと五年くらい前ですね」
「し、知らん、知らんぞそんなの……いつの間に……」
賢者の声が震える。自分の知らぬ間に世界が何度もやり直しされていた。そんな重大な事があったにも拘らず何も分からなかった。一体自分は何をやっていたのか……?
「まぁ、気がつかれるようなことがあったらロールバック失敗ですからね。はははっ」
ゼロの笑い声が響く中、賢者は齧りかけのリンゴを見つめ、深いため息をついた。
「な、何なんだこの世界は……」
その呟きには、長年信じてきた世界観が崩れ去る音が聞こえるようだった。賢者の肩が落ち、その姿は世界の真理の前に立ちすくむ一人の小さな人間のようだった。
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