23. キャンディの呪い
「カッカッカ! 折り紙相手にご苦労様じゃ」
上機嫌で賢者は駆けて行く。その顔には、まるで悪戯を楽しむ少年のような笑みが浮かんでいた。長い白髪が風になびき、その姿は老いてなお
リリーは驚きと感心の入り混じった表情で賢者を見つめる。その目は星のように輝いていた。
「賢者様、すごいです!」
「カッカッカ! まだまだ若いもんには負けんよ!」
賢者は得意げに髭をひねった。その仕草には、偉大な知恵と少年のような好奇心が同居している。
ゼロは呆れたような、でも少し感心したような表情で後ろを振り返る。
「はぁ……これで少し時間が稼げたかな」
果たして一行は無事バスケットにたどり着く。ただのバスケットが一行には自由への希望のように輝いている。まるで、それは魔法の乗り物のように見えたのだ。
後は飛んで逃げるだけ――――。
誰しもそう思っていた。安堵の表情が、一行の顔に浮かんでいる。リリーは両親の手を強く握り、ゼロは深呼吸をして飛翔の準備をする。
その時風が一瞬止み、不吉な静けさが訪れる。木々のざわめきが止み、虫の声さえ聞こえなくなった。その瞬間、賢者の笑顔が一瞬曇り、ゼロの羽が小刻みに震えた。
◇
四人を乗せたぎゅうぎゅう詰めのバスケットを引っ張り、ゼロは一気に大空に飛び上がる。
ゼロは無駄に翼をパタパタさせながら、必死に空高く飛んで行く。その小さな体には、仲間たちを守り抜くという強い決意が宿っていた。太陽が容赦なく照りつけ、汗が羽毛を伝い落ちていく。
リリーは両親の手を強く握り、涙ぐむ。
「パパ、ママ、本当に無事で良かった……」
家族三人で抱き合い、再会の喜びを分かち合う。その光景を見てゼロの心も温かくなる。
しかし、その幸せな瞬間も束の間だった。
「追ってくるぞ! 全速前進!」
賢者の声が風を切る。
「ひぃ! やってますよぉ……」
「無駄口叩く暇があったら飛べ!」
賢者は容赦なく叱咤激励した。その声には、どこか楽しんでいるような響きがあった。
騎士たちは弓や魔法で猛攻撃を仕掛けてくる。矢が風を切る音と、魔法の閃光がかすめて炸裂すた。青空が一瞬、まばゆい光で満たされる。
「キャァァァ!」「ひぃぃぃ!」
悲鳴が響き、リリーと両親が身を寄せ合う。
「ふんっ!」
賢者は鼻を鳴らし、ステッキを騎士たちに向かってくるっと回した。
ぶわっと黄金の魔法陣のシールドが展開されていく。その手つきには、長年の経験が滲み出ている。
攻撃はシールドにことごとくはねのけられ、魔法は虹色の閃光となって空中で散っていく。その光景は、恐ろしくも美しい。
「カッカッカ! ザマァみろじゃ」
賢者は楽しそうに笑った。
しかし、一難去ってまた一難。ゼロの様子がおかしくなる。
「う、うぅ……お腹が痛くなってきた」
脂汗を垂らし始めるゼロ。その小さな体が、ブルブルと震えている。
「ど、どうした、ゼロ?」
賢者が青い顔で声をかける。
「な、なんか出ちゃうかも……」
ゼロは必死に耐えながら絞り出すように言った。
「くぅぅぅぅ。さっき魔晶石を舐めたのがマズかったかも……余計なことしおってからに……」
賢者は額に手を当て、青空を仰ぐ。
「じゃが、どうしようもない。もうちょいガンバレ!」
賢者は激励するが、ゼロの顔色はみるみる悪くなっていく。
「何か出る……」
ゼロの声に不穏な響きが混じる。
「えぇぇぇっ!」「ちょ、ちょっと……」
バスケットはゼロの真下にあるのだ。みんなの顔が青ざめた。
「出したら許さんぞ!」
賢者はこぶしを握り必死に叫ぶが、逆らえない生理現象というものもあるのは良く分かっている。ギリッと奥歯を鳴らした。
「も、もうダメかも……」
ゼロの声が弱々しく響き、バスケットは急速に高度を失っていった。
「ああっ! 落ちちゃうぅぅ!」
リリーの悲鳴が響きわたる。
ほどなく一行は広場に不時着してしまった。昼下がりの静けさを破る鈍い音が響き、土埃が舞い上がる――――。
衝撃で全員が地面に転がり、茫然自失の表情を浮かべる。ゼロは植木の陰に飛び込んで何かを出していた。
「いたぞーー!」「あそこだ!!」
騎士たちが駆けてきて、一行を取り囲む。鎧が日光を反射して眩しく光っている。
まさに万事休す。リリーと両親は抱き合って震えるばかりだった。
賢者はやれやれという顔で取り囲む騎士たちを見回す。その目には、次の一手を考える知恵者の光が宿っていた。
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