22. 折り紙のドラゴン

 一行は目立たぬように林沿いに村に近づき、集会場の裏手の森にそっと着陸した――――。


 集会場の建物は二階建てのレンガ造りで、林の向こうそびえ立ってみえる。茂みをかき分け、分身の案内で集会場の裏までやってきた一行。


 レンガ造りの壁の下の方に鉄格子のついた通気口が見える。


 そっと覗き込むと、両親が後ろ手に縛られて座っている姿が見えた。リリーはその光景を目にして思わず小さな悲鳴を上げそうになったが、賢者が素早く口をふさぐ。しかし、両親はリリーの気配を感じ取ったようで、わずかに体を動かした。その僅かな動きに、リリーの心は激しく揺れ動く。


 ゼロは賢者の耳元で「レンガを音もたてずに壊すのは無理です」と囁いた。賢者はレンガをコンコンと手の甲で叩き、何かを考え込む様子を見せる。


 突然、何かが閃いた賢者は地面に黄色い魔法陣を展開し始めた。


「さて、ちょっとした魔法の実演だ」


 ニヤリと笑う賢者。


 やがて魔法陣が完成すると、土魔法が炸裂し、地面がモコモコモコっと盛り上がり始めた。土は人の背を超えるほどに膨らみ、やがてバラバラと崩れ落ちて、後には深い穴が残った。その光景は、まるで大地が生き物のようだった。


「こういう時は地下から行けばいいんじゃ」


 賢者は得意そうにゼロを見つめた。


「わぁ! すごーい! さすが賢者様!!」


 リリーは目を輝かせて小さく驚嘆の声を上げた。


「な、なるほど……」


 ゼロが穴をのぞきこんでいると、賢者はゼロを捕まえ、穴に落とした。


 うわぁぁぁ!


「地下を掘っていって床を抜け」


 賢者は冷徹に指示する。


 ゼロはムッとしながら穴から上を見上げた。しかし、確かにこれであればバレずに救出できそうではある。


 ゼロは大きくため息をつくと、早速壁の下を掘り進めていった。


 しかし、わずかな距離で予想外の障害にぶつかってしまう。いきなり岩盤にぶち当たったのだ。なんと集会場は巨大な岩の上に建てられていたのだ。


「岩盤にぶつかりました。これ以上は進めません」


 賢者は眉をひそめる。


「岩盤じゃと? うーん、それは想定外じゃった」


 宙を仰ぐ賢者。


リリーは不安そうな表情を浮かべ、両親の姿を思い出しては歯を噛みしめている。その姿に、ゼロは胸が痛んだ。


「仕方ない、音が漏れんよう蓋をしてやるからぶち壊せ!」


 賢者はニヤッと笑ってサムアップして見せた。その表情には、悪戯っ子のような喜びが溢れていた。


 ゼロは頷き、目をつぶって気合いを込めていく。


 賢者は青い魔法陣を穴の上に展開し、防音してゼロにサインを送った。その動作には、長年の経験から来る確かな技術が感じられた。


 岩盤をにらみ、翼にパワーを込めていくゼロ。


 ソイヤー!


 憎きザカリーの顔が思い浮かび、怒りエネルギーの乗った拳が岩盤を貫く――――。


 ズン!


 激しい衝撃が大地震の様に辺り一帯を覆い、集会場が小舟のように揺れた。木々が揺れ、鳥たちが驚いて飛び立つ。その衝撃は、まるで大地の怒りそのもののようだった。


「うわぁぁぁ!」「何だ!? 何が起こった?」「分かりません!」


 騎士たちは大騒ぎである。


「バカが! やりすぎじゃ!」


 賢者は頭を抱えた。その表情には、驚きと呆れ、そして少しばかりの感心が混ざっていた。


 リリーは目を丸くして、ゼロの力に驚きの声を上げる。


「す、すごい……ゼロ、あなたってば……」


「もはや時間との勝負じゃ!」


 賢者は壊れて崩落した壁の隙間から忍び込んでいった。



     ◇



 両親を救出した瞬間、リリーの目に涙が溢れる。抱き合う彼女の頬を、大粒の涙が滑り落ちた。


「パパ! ママ!」


 喜び合うリリー家族だったが、両親の顔は蒼白そうはくで、拷問の痕が残る。そんな姿を見てゼロは胸が締め付けられる思いだった。その小さな体には、自分の不甲斐ふがいなさに対する怒りが満ちていた。


「さあ、感動の再会は後だ。今は逃げるぞ!」


 賢者の声に我に返り、一行は一斉に駆け出す。落ち葉を踏む足音が林に響いた。


 バスケットまで行けば後は飛んで逃げるだけなのだ。


 だが、さすがに両親たちが逃げたことはすぐに知れ渡る。


「逃げたぞ! 追え! 追え~!!」


 ピーッ! ピーーッ!!


 騎士たちが大勢飛び出してきて一行を追ってくる。ドドドドという地響きのような足音が、追手の接近を告げている。


 屈強な騎士たちの猛追に子連れでは分が悪い。


 一計を案じた賢者は振り向きざまにスティックを振り、水色に輝く巨大な魔法陣を展開した。ニヤリと笑う子供のような笑みにその目は若々しく輝く。


「ワンダーランドにご招待じゃ!」


 そう言うと魔法陣から盛大に白煙が噴き出し、騎士たちを飲み込んでいく。まるで一気に雲に包まれたかのようである。


「うわぁ! 何だこれは!」


 混乱する騎士たちの声が、煙の向こうから聞こえてくる。その声には、恐怖と驚きが入り混じっている。


「お前らの相手はコイツじゃ」

 そう言うと賢者はポケットから折り紙のドラゴンを取り出し、キスをして輝かせると煙内へと放った。その仕草は、まるで舞台の魔術師のようである。


 ドラゴンは白煙内で巨大化し、ギュワァァァァ! と極低音の咆哮をぶちかました。その音は地面さえも揺るがすほどだ。木々が震え、小鳥たちが驚いて飛び立つ。


「ぐわぁぁ! か、怪物だぁ! に、逃げろぉぉぉ!」


 白煙内で何も見えない中、恐ろし気な咆哮を聞かされた騎士たちはパニックに陥る。鎧がぶつかり合う音と悲鳴が入り混じり、カオスな状況に陥った。その様子は、まるで喜劇のような滑稽さだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る