21. キャンディ?
賢者は奥の部屋に姿を消し、何やら準備を始めた。時折、上手くいかなくてイライラしている独り言が聞こえてくる。
一方、ゼロは賢者の荒唐無稽な計画に頭を抱えながらも、分身を操作して集会場の裏の壁面を慎重に調査していた。植木に隠れた場所は人目につきにくいものの、音を立てれば一巻の終わりだ。分身はレンガ造りの壁面を撫でながら、どうやってこれを静かに壊せばいいものかと、難しい表情で首をひねった。それはとても不可能に思えたのだ。
そんな中、暇を持て余したリリーは部屋の棚に置かれている雑多な雑貨類を興味深げに眺めていた。その目は、まるで宝探しをする冒険者のように好奇心に輝いている。突如、虹色に輝くキャンディらしき物の入った瓶を見つけたリリーは、小さな歓声を上げ、ペンギンのゼロを呼んだ。
「ゼロ、見て! こんなに可愛いお菓子があるよ!」
ゼロは慌てて分身から意識を戻した。
「リリー、勝手に触っちゃダメだよ」
と諭したが、退屈していたリリーの目にはもうキャンディしか映っていない。その瞳には、まるで世界で一番美味しそうな宝物を見つけたかのような喜びが溢れていた。
諦めたゼロは、「じゃあ、まず僕が試してみるよ」と言って、一粒を口に入れた。
しかし、苦いハーブの様な風味が口いっぱいに広がってゼロは思わず顔をしかめた。
「どう? 美味しい?」
リリーが期待に満ちた眼差しで尋ねる。
「これ……、キャンディじゃないかも……」
渋い顔をしながらゼロは首を傾げた。
「準備ができたぞ!」
意気揚々と戻ってきた賢者は、キャンディを勝手に舐めているゼロを見て、突如として顔色を変えた。
「何をしておる! それは食べ物ではない!」
賢者は慌ててゼロの口に指を突っ込んで取り出した。それは魔晶石で魔道具に使う一種の
しかし、ゼロは平然としている。賢者はリリーが食べなくて良かったと安堵の表情を浮かべ、瓶を棚の一番上に置いた。
「ゼロ、お前、大丈夫なのか?」
賢者が心配そうに尋ねる。
「え、えぇ、別に何ともありませんが……」
ゼロは首を傾げた。
「そ、そうか……。勝手に何でも食うんじゃない!」
賢者はゼロの頭をパシッとはたいた。
ゼロは恨めしそうにリリーの方を見たが、リリーは残念そうに瓶を見上げている。
「せっかく美味しそうだったのに……」
◇
賢者が奥の部屋から持ち出してきたのは、大きなバスケットと
彼の計画は、ゼロにロープを取り付け、人の乗ったバスケットを持ち上げて飛んでもらうというものだった。
「さあ、ゼロ! 君の力を見せてくれたまえ!」
賢者の目は、まるで新しい魔法を発見したかのように輝いていた。その瞳には、長年の研究生活では味わえなかった冒険への期待が宿っている。
ゼロは自分が人を運ぶことに強い抵抗を感じた。
「えっ、ぼ、僕が……やるんですか?」
ゼロの声は震えていた。これまで隠してきた能力を使うことで、リリーたちとの関係が変わってしまうかもしれないという恐れが、彼の心を固くしていたのだ。
しかし、賢者の熱心な説得と、両親を救出するという大義名分に、ゼロは渋々ながら承諾する。
庭先でゼロにロープを結び付けた賢者は出発しようとしたが、そこでリリーが予想外の行動に出る。
「私も行く!」
そう言ってガシッとバスケットにしがみついたのだ。リリーの声には、揺るぎない決意が込められていた。
彼女は両親の救出に自分も手伝うのだと言い出し、頑として聞く耳を持たなかった。賢者とゼロは危険だからと説得を試みるが、リリーは泣いて喚き、最後にはバスケットに勝手に乗り込み動かなくなった。
「もう、リリー……」
ゼロは困惑の表情を浮かべる。
「仕方ない、連れて行くか」
賢者は諦めたように首を振った。
二人は顔を見合わせ、深いため息をつく。結局、リリーの強い意志に負け、三人で行くことに決まった。
高度が上がるにつれ、意外にも賢者が子供のように目を輝かせ、はしゃぎ始めた。
「うほぉ! 素晴らしい! ゼロ、君は素晴らしいのう!」と叫び、両手を広げて風を切る仕草までし始めた。その姿は、まるで少年に戻ったかのようだった。
リリーは思わず笑みをこぼし、「賢者様、まるで子供みたい!」と声を上げる。
その笑顔は、心配や不安を吹き飛ばすかのように明るい。
「子供でいいんじゃよ! 心のままに生きることこそが人間の正しい生き方なんじゃ」
賢者は満面に笑みを浮かべ、大空の遊覧を満喫していた。
「気をつけてください。落ちたら大変ですよ」
ゼロは苦笑いを浮かべながら諭す。
大空を飛びながらゼロの心には不安と期待、そして冒険心が入り混じっていた。きっと予想もつかない展開が待ち受けているにちがいない。それが良いものになるのか悪いものになるのか……。ゼロはブルっと武者震いをした。
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