20. 頭の悪い計画

 賢者は眉間にしわを寄せ、渋い顔でゼロを抱きかかえながら、リリーの待つ客間に戻ってきた。その表情には、不本意ながら協力せざるを得ない状況への不満が露骨に現れていた。


 リリーは心配そうな顔で立ち上がり、ゼロを受け取ると、


「ゼロ! 大丈夫だった?」


 と尋ねた。その声には、大切な友人への深い愛情が滲んでいる。小さな手でゼロの体を優しく撫でながら、全身を確認していた。


 ゼロは「ピィ!」と嬉しそうに鳴き、リリーの腕の中でくつろぐ。その姿は、まるで安らぎの居場所に戻ってきたかのようだった。


 しかし、賢者はその和やかな雰囲気を一蹴するかのように言った。


「そんなことよりお前の両親が心配じゃ。おい、ゼロ! お前の出番だ」


そう言うと、ドカッと椅子に座った。その仕草には、長年の権威が滲み出ていた。


 ゼロは「ピィ?」と首をかしげ、状況が飲み込めない。その仕草は、まるで無邪気な子犬のようだった。


 賢者は苛立たしげに言った。


「お前、言葉を使え、言葉を!」


 ゼロは「ピィピィ!」と首を振り、拒否の意思を示した。


 リリーは驚いた様子で、


「え? ゼロ話せるの?」


 と、ゼロの瞳をのぞきこむ。その目には、驚きと期待が入り混じっていた。


「ワシがさっきしゃべれるようにしてやったんじゃ。おい、しゃべってみろ!」


 賢者はニヤニヤしながら言った。その表情には、悪戯っ子のような喜びが浮かんでいた。


 ゼロはキュッとくちばしを結ぶ。せっかくかわいいペットとしてやってきたのに、言葉が閊えるとなったらその関係性が壊れかねないのだ。小さな胸の中で、葛藤が渦巻いていた。


 だが、今は緊急事態である。そんなことを言っている場合ではないのかもしれない。ゼロの心の中で、責任感が恐れを押しのけていく。


 渋々、「そ、そう、しゃべれるように……して……もらったんだ……」とうつむきながら言い、そっとリリーの様子を窺った。その声は、か細くも、確かな意志が感じられた。


 リリーは驚きと喜びで目を輝かせ、「わぁ! すごーい! さすが賢者様!!」と叫び、ギュッとゼロを抱きしめた。その反応に、ゼロの心は少し軽くなった。


 ゼロは渋い顔で賢者をにらんだが、賢者は構わず「いいから早く両親の様子を調べさせな」と言い、悠然とお茶をすすった。その仕草には、長年の経験から来る余裕が感じられた。


 ゼロはしぶしぶうなずくと、目を閉じて分身に意識を飛ばした。その瞬間、ゼロの体から微かな光が漏れ出た。


 リリーは急に寝てしまったかのように見えるゼロを不思議そうに見つめ、賢者は興味深そうにそのゼロの様子をうかがっていた。部屋には緊張感が漂い、時間がゆっくりと流れていくようだった。



       ◇



ゼロは目を閉じ、小さな体を緊張させながら、分身を使って村中を探り始めた。分身ははせかせかと村のあちこちを駆け巡り、ついに騎士団の臨時拠点となっている集会場の奥にある倉庫に、リリーの両親が閉じ込められていることを突き止める。彼らは無慈悲にもしばられ、物置ものおき同然の薄暗い倉庫に閉じ込められていたのだ。周囲には厳重な警備の目が光り、逃げ出す術もない。


 ゼロが目を開けて状況を説明すると、リリーの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。それは堰を切ったかのように、すぐさま大粒の涙となって頬を伝い落ちる。両親の身に起こった不当な扱いを知り、悲しみと怒りが波のように押し寄せたのだ。


「パパぁ……ママぁ……」リリーの声は震え、小さな体が嗚咽に揺れる。その姿は、まるで風に揺れる小さな花のようだった。


「大丈夫! すぐに助けるから」「そうじゃ! 安心するがよいぞ!」


 ゼロと賢者は慌ててリリーをなだめた。その声には、強い決意と温かさが混ざっていた。


 ゼロは小さな翼でリリーの頬を優しく拭い、賢者は長い髭を撫でながら考え込む。


 落ち着きを取り戻したリリーを横目に、ゼロと賢者は救出計画を練る。そこで賢者は意外な事実を明かした。彼は領地こそ持たないものの、身分上は侯爵の爵位を持っており、子爵である現地の領主よりも格上だったのだ。


「おぉぉ! さすが賢者様!」


 ゼロは目を輝かせる。その瞳には、希望の光が宿っていた。


 しかし、賢者は首を振る。その仕草には、長年の経験から来る諦めが見て取れた。


「じゃが、貴族社会はちぃとばかし面倒くさい。すぐに開放というのは無理じゃなぁ……」


 正式な手順を踏めば、賢者が領主に直接抗議して両親を解放させることも可能だろう。しかし、それには貴族間の厳格なプロトコルに則った手続きが必要で、下手をすれば何週間もかかってしまう。


 賢者は思案顔で黙っていたが、突如として表情を変え、パンとテーブルを叩いた。


「困ったときは力業じゃ! 暴力はすべてを解決するからな! カッカッカ」


 悪戯っぽく笑う賢者。その目は、歳に似合わずまるで悪ガキのようだった。


「ち、力業?」


 ゼロの声には、困惑が滲んでいた。


「お主が集会場の壁をぶっ壊せばすべては解決じゃろ?」


 ゼロは賢者の全く頭の悪い計画に唖然として思わず宙を仰いだ。王国の知の頂点とうたわれた賢者の賢い頭脳から、なぜこんなバカな発想が出てくるのか全く理解できない。


 リリーは驚きつつも、希望の光を見出したように目を輝かせた。


「賢者様……本当にそんなこと出来るんですか?」


 その声には、期待と不安が入り混じっていた。


「もちろんじゃ! このゼロ君は実に有能な奴じゃ。きっとやってくれるわい。カッカッカ」


 賢者は楽しそうに笑う。その笑い声は、まるで子供のような無邪気さを感じさせた。


 確かに壁を破るくらい造作もないことではある。しかし、騎士団が詰めている拠点の壁をぶち抜いてバレないわけがない。ゼロは冷や汗を浮かべる。


「お言葉ですが、壁を壊せば音でバレるんですが……」


 ゼロの声には、暴走する老人をどうしたらいいのか困惑の色がこもっている。


「やる前から『できない』は無能の言うことじゃぞ! ワシも手伝ってやるから今すぐ出発じゃ!」


 賢者はゼロを叱り飛ばすが、ゼロは宙を仰ぐしかなかった。


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