19. 女神より……

 賢者の剣がゼロに突き刺さろうとした瞬間、驚くべき現象が起こった。虚空こくうから黄金に輝く微粒子がゼロの身体に蝟集いしゅうし、ブワッと眩い光に包まれる。その輝きは太陽の如く部屋中を満たし、魔道具まどうぐの輝きさえも霞ませるほどだった。


 剣は光に触れるやいなや、まるで生きているかのように痙攣けいれんし、弾き飛ばされ、ガラスケースも破裂して床に転がっていく。ガラスと金属が床にぶちまけられる派手な音が、静謐せいひつな部屋に轟音となって響き渡った。


 あまりの眩しさに賢者はたじろぎ、腕で顔を覆いながら後ずさりする。


「痴れものが……。勝手なことは許さんぞ……」


 若い女性の澄んだ、しかし威厳いげんに満ちた声が空間に響き渡った。その声は、まるで世界の根源から発せられたかのように、賢者の魂を震わせる。


「な、何者だ!? 馬鹿な! ここにはいろんな結界が多数張ってあるんだぞ!」


 焦る賢者の声は、かすれて震えている。長年の研究と自負が、一瞬にして覆される恐怖が彼を襲う。


「くだらぬ! こんなオモチャ、効くわけが無かろう」


 その言葉と共に、部屋中のあちこちの魔道具が虹色に輝きながらパン! パン! と破裂していく。まるで花火のように、魔力の残滓ざんしが空中に舞い散る。その光景は、美しくも儚い、賢者の崩れゆく自尊心の象徴のようだった。


「うわぁぁぁ! け、結界がぁぁぁ!」


 賢者の悲鳴が、はかなく消えていく魔道具の音と共に響く。その声には、長年の研究が水泡に帰した絶望が滲んでいた。


 金色の微粒子が渦を巻くように巻き上がり、若い女性の顔が浮かび上がる。その姿は、まるで黄金の霧から生まれ出でたかのように神聖で威圧感を放った。


「お、おぉぉぉ……。あなた様は……まさか女神……?」


 賢者は驚愕の表情で目を見開く。その目には、畏怖と好奇心が入り混じっていた。


 女性は意味深長な笑みを浮かべる。


「女神? ふふっ、違うわ……、もっと……ふふふふ」


 その笑みには、計り知れない力と知恵が宿っているようだった。まるで宇宙の真理を全て知り尽くしているかのような、そんな微笑ほほえみだった。


「こっ、このゼロの守護神……ということですかな?」


 賢者は恐る恐る尋ねた。その声は小さく震えている。


「別に守護なんてしないわ。ただ……、お前ごときが手を出していい存在ではないってだけ……」


 女性の声には、軽蔑の色が混じっていた。その言葉は、賢者の自尊心を粉砕ふんさいするかのように鋭く突き刺さる。


 部屋に漂う金色の光の中で、ゼロは茫然ぼうぜんと立ち尽くしていた。その小さな瞳には、自分を取り巻く状況への戸惑いと、女性の姿への何か懐かしいような感情が浮かんでいる。しかし、それが何だかは依然として霞がかかったかのように判然としない。


「お、『お前ごとき』とは失礼な! これでも……」


 賢者が不服そうに声をあげた瞬間、突如として地震のような揺れが岩山を襲った。天井から小石がパラパラと降り、まるで天の怒りが具現化したかのようだった。


「『お前ごとき』が口答えするな……」


 女性を形作る微粒子が不穏に揺れ、その表情は明らかに不機嫌さを露わにしている。その瞳は、賢者の魂を射抜くような鋭い輝きを放っていた。


「ひ、ひぃぃぃぃ……、し、失礼しました」


 賢者は頭を深々と下げ、全身を震わせる。その姿は、長年積み重ねてきた威厳が一瞬にして崩れ去ったかのようだった。


「彼らの助けになってやれ。分かったな?」


 女性の声には、もはや拒否の余地はなかった。その言葉は、天啓てんけいのごとく賢者の心に刻み込まれた。


「は、ははぁ……」


 賢者は冷や汗を流しながら応じる。その額には、悔しさと畏怖の入り混じったしずくが光っていた。


 光はすうっとおさまり、また静けさが戻ってくる。部屋には、先ほどまでの騒動が嘘のような静寂が広がった。


 賢者はジト目でゼロを見つめ、つぶやいた。


「お前、とんでもないお方に守られておるな……」


 その眼差しには、羨望と警戒が入り混じっている。


 ピィ?


 首をかしげるゼロ。それは彼自身一体何が起こったのか分からない素直な気持ちだった。


 まるで嵐の中心にいながら、その事実に気づいていない無邪気むじゃきさが感じられる。その姿に、賢者は思わず苦笑を浮かべた。


「脳天気だなぁ……。だが、ワシには言葉で返せ!」


 賢者はフワフワの羽毛の身体を揺さぶった。その動作には、面倒な事に巻きこまれてしまったことへの八つ当たりの色が見え隠れしている。


「うわぁ! やめてぇ!」


 ゼロは可愛らしい悲鳴をあげた。その声は、先ほどまでの神秘的な雰囲気を一掃するかのように、部屋中に響き渡った。


 この予期せぬ出来事により、賢者はゼロたちに協力せざるを得なくなった。


「はぁ……。まいったな……」


 賢者は深いため息をつき、ガックリとうなだれる。しかし、その目には、かすかな期待の光も宿っていた。

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