14. 衝突

 木漏こもれ日が輝く中を、リリー、ニナ、そしてゼロの三人は楽しげに家路を歩いていた。


 大漁の喜びに満ちた笑い声が、森の静けさを心地よく破る。


「ねえニナ、パパたちびっくりするわよね?」


 リリーは目を輝かせながら言った。


「うん! きっと大喜びよ!」


 ニナも嬉しそうに頷く。


 ピッピッピィィィ! ゼロも同意するように鳴いた。


 三人の間には、今日の冒険で培われた特別な絆が感じられる。バスケットいっぱいの魚は、彼らの勇気の戦利品せんりひんだった。


 しかし、その楽しい雰囲気は突如途切れてしまう。道の向こうから、威圧的な足音と共に三人の人影が近づいてきたのだ。


「あ……」


 リリーの声が小さく震える。


 近づいてきたのは、領主の息子ザカリーと二人の護衛だった。領主は近くの森の中に大きな別荘を持ち、良く休暇に逗留とうりゅうしているのだ。


 リリーと同い年のザカリーは尊大で、会うたびにちょっかいを出してくる嫌な奴だった。


 ザカリーは大きな狩猟犬を連れ、護衛の一人は立派なキジを担いでいる。ザカリーの手には、きらびやかな魔道銃が握られていた。


 リリーとニナはとっさに道の脇に避け、静かに身を潜める。ゼロも、何かを察したように動きを止めた。


 ザカリーは意気揚々と近づいてくる。その姿は、子供ながらまるでこの森の主であるかのような振る舞いだった。


「ふん、平民か」


 リリーたちの前で足を止めたザカリーは一行をあざけるように見た。その声には露骨な軽蔑が込められている。


「小汚い服を着て、平民は貧しくて嫌だねぇ」


 リリーたちは黙って頭を下げる。しかし、ザカリーの目は彼らが持つバスケットに留まった。


「ほう、随分と良い漁だったようだな。さては密漁か?」


「い、いいえ! そんなことは……」


 リリーが慌てて否定すると、ザカリーは冷笑を浮かべた。


「そういえば、この前見かけた汚らしい犬も、お前の飼い犬だったな。あんな雑種、見るに堪えん。犬というのはこうでないと……」


 そう言いながら白黒模様の大きな狩猟犬の頭をなでる。


 リリーの顔が曇る。大切な友達のフクを侮辱されて、胸が痛んだ。


 そして、ザカリーの目がゼロに向けられた。


「こいつは何だ? ペンギン? こんな奇妙な生き物を連れ回すとは」


 ゼロの目が鋭く光る。仲間を侮辱されたことへの怒りが、小さな体から溢れ出ていた。


「なんだ、その目は?」


 ザカリーの声が低くなる。


 ザカリーとゼロは火花を散らし合い、にらみ合う。


「生意気な……。ロッキー。こいつを懲らしめてやれ」


 大型の狩猟犬ロッキーは唸り声を上げ、ゼロに向かって飛びかかろうとした。


 しかし――――。


 ゼロの目が怒りで鋭く真っ赤に輝く。その輝きには太古の魔物の持つ圧倒的なオーラが込められており、ロッキーは本能的に湧き上がる恐怖心に思わずビクッとして動けなくなる。


 グゥゥゥゥ……。


 ゼロは低くうなり、さらに気迫を込めた。


 キャンキャン!


 ロッキーは恐怖に耐えられず、シッポを巻いて逃げだして、ザカリーの後ろに隠れてしまう。


「な、何やってんだお前!?」


 ザカリーの声が裏返る。


 クゥンクゥン……。


 すっかり怯えてしまったロッキーは耳をぺたんとおろし、ブルブルと震えている。


 自尊心を傷つけられたザカリーは、怒りに任せて魔道銃を取り出した。


「こいつ、ロッキーに何をした!? 成敗してやる!」


 ガチャリと鋭い音が響き、銃口がゼロに向けられる。


 リリーとニナは息を呑んだ。狩猟用の魔道銃など撃たれてしまっては無事では済まないのだ。


「や、やめて!」


 リリーが叫ぶ。


 しかし、ザカリーは引き金に指をかけ、ゼロをにらんだ。


 それでもゼロは一歩も退かない。むしろ、ぶわっとオーラを放ち、さらに威圧的な眼差しでザカリーをにらみ返した。


 くぅぅぅ……。


 ザカリーの手がガタガタと震える。ゼロに息づく深淵なる偉大なオーラに当てられ、本能的に恐怖を押さえられない。


 しかし、領主の一族として振り上げたこぶしを引っ込めるわけにもいかない。


「ぶ、無礼ものぉぉぉ!!」


 恐怖と怒りが入り混じった表情で、彼は引き金を引いた――――。


 魔道銃は激しい閃光を放ち、魔力エネルギーを弾としてはじき出す。


 閃光はまっすぐゼロを目指して光跡を描いた。


 ズン!


 激しい爆発がゼロの前で巻き起こる――――が、弾を受けたのは彼の分身だった。草陰から飛び出した分身は大の字になって身を挺して弾をボディで受けたのである。


 爆発の衝撃波はすさまじく、直撃を受けたザカリーははもんどりうって地面に転がった。


「ゼ、ゼロー!!」


 リリーは涙目で駆け寄ったが、ゼロはニッコリと笑いかける。


 ピィィ!


 傷一つついていないゼロを見て、リリーは不思議そうに首をひねった。


「あ、あれ……?」


 分身はすぐに身を隠したので、リリーたちには見えていないのである。


「くっ……」


 ザカリーは顔を歪めながら立ち上がる。


「覚えていろ。これで済むと思うなよ!」


 捨て台詞を吐いて、ザカリーは二人の護衛と共に足早に立ち去っていった。


 森に静けさが戻る。リリーたちは、まだ起こったことが信じられないという表情でその場に立ち尽くしていた。


「ゼロ……」


 リリーがそっとゼロを抱き上げる。


「大丈夫? 本当に怪我はない?」


 ピィピィ! 


 ゼロは嬉しそうに鳴いてうなずいた。


「良かった! じゃぁ早く帰ろ!」


 気を取り直した三人は手をつなぎ、ニッコリと笑う。


「おっ日さ~ま ぽっかぽか~♪ 手つなぐ ぼくときみ~♪」

「ぼくときみ~♪」

 ピッピッピィィィ!


 楽しい歌を響かせながら一行は楽しく村へと帰っていった。


 ただ、ザカリーはこのままで終わるはずもないだろう。ゼロは歌いながらも対策を考えねばと頭を悩ませていた


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