9. 朝焼けの要塞
分身がしばらく森の上を飛ぶと、月明かりに照らされた森の梢の隙間に何かが動いているのがチラリと見えた。狼だ。何頭かが群れをなして行動しているように見える。その姿は、夜の森の支配者としての威厳を漂わせていた。
「追い払ってやる!」
先頭を行くリーダーと思しき狼の目の前に、ゼロは一気に降り立った。まるで流星のように空からいきなり淡い光を纏って降り立つゼロに、リーダーの狼は驚いてタタッと後ずさる。その瞳には、未知の存在への警戒心が光っていた。
狼は森の王者である。自分たちを脅かす存在などほとんどいないはずなのだ。
狼は王者のプライドをかけ、次の瞬間、牙を剥いてゼロに襲いかかる。その動きは、豊富な狩りの経験が凝縮されたかのように鋭かった。
しかし――――。
パンッ!
ゼロは腕を伸ばし、冷静に狼の鼻先をはたき倒す。その小さな体からは想像もつかないほどの威力で狼は吹っ飛んだ。空気が振動し、周囲の木々が揺れる。
「ウゥゥ……」
狼はヨロヨロと立ち上がる。その姿は、今まで経験したことのない力に対する戸惑いと恐怖に満ちていた。
ゼロは森の奥を指さし、気迫を込めて赤い目を光らせた。
「
その圧倒的な威圧感に狼は気おされる。
キュゥゥン……。
一歩二歩後ずさりした後、狼はダッと森の奥へと走り出す。その後ろ姿には、異次元の存在に対する畏怖が滲んでいた。
他の狼たちも、リーダーの敗北を目の当たりにし、一斉に森の奥へと姿を消していった。森にはまた静寂が戻ってくる。
ゼロは、狼たちが去った方向をしばらく見つめていた。この村の守護者は自分であるとしっかり狼に示せたに違いない。これでリリーが怖がることも無くなるだろう。
意識をペンギンの体に戻すと、リリーは安らかな寝息を立てていた。ゼロはその姿を見つめながら、反省する。
リリーをこんな掘っ立て小屋にいつまでも寝かしていてはダメだ。自分がしっかりしてリリーに笑顔を送るのだ! ペンギンはキラリとつぶらな瞳を輝かせた。
そして、ゼロは行動を起こす。分身を使って、瓦礫と化した家を復旧しようと考えたのだ。夜通し作業を続ければ、朝には新しい家が完成しているかもしれない。もちろん家なんて建てたことはないが、自分がやらねば誰がやるというのか?
月明かりの下、ゼロの新たな挑戦が始まろうとしていた。
◇
月光に照らされた静寂の森を、ゼロの分身が飛んでいく。豪快に風を切る音が、夜の森に響いていった。
やがて、昼間に百合を見つけた崖が見えてくる。百合をあげた時のリリーの笑顔がゼロの胸に鮮明に蘇る。あの時の喜び、その思い出が、今の決意をさらに強くした。その笑顔を守るため、ゼロは何でもする覚悟ができていた。
「ここのを試してみるか……」
昼に見た時、ここの崖は粘土でできていたのを覚えていたのだ。ここの粘土を使って家を造ってみようとゼロは考える。百合を育んだ自然の恵みを借りて、新しい未来を築く。その思いが、ゼロの心を躍らせた。
崖に近づくと、ゼロは慎重に無数の棘を打ち込み、次々と崩落させていく。粘土が崩れ落ちる音が、静かな月夜の森に響き渡った。
崩れ落ちた粘土を体で包み込み、空へと舞い上がるゼロ。重さに耐えながら、何度も往復を繰り返す。疲れを感じる度に、リリーの寝顔を思い出し、力を振り絞った。その姿は、家族への愛情そのものだった。
粘土を十分に確保できたら次は更地づくりである。廃墟と化した家を前に、ゼロは躊躇なく古い構造体を取り壊す。過去との決別と、新たな始まりへの期待が入り混じる瞬間だった。
続いて粘土を練り、作ったレンガを積み上げていく。このレンガが家族のこれからの人生を支えるのだ。一つ一つのレンガに、家族への思いを込めていく。その作業は、もはや祈りのようだった。
壁が出来上がるたび、体を広げて覆い、全身から熱線を出して真っ赤に焼いて焼き固めていく。さすがに熱くて仕方ないが、ここは我慢するしかない。水蒸気がもくもく上がる中、ゼロはじっと耐えていた。その姿は、まるで護摩をたく修行僧のようだった。
壁ができたら最後は屋根である。アーチ状にしたレンガをたくさん作り、それをカマボコ状に屋根に並べていく。徐々に空が白み始めていた。急がねばならない。
ゼロはアーチを慎重に運び、設置していく。完成に近づくにつれ、ゼロの胸に期待と不安が入り混じる。果たして家族は喜んでくれるだろうか――――。
鳥のさえずりが聞こえ始めた頃、新しい家が姿を現した。朝焼けの茜色の雲がたなびく中、堅固な壁と屋根が、家族を守る要塞のようにそびえ立っている。
「ヨシッ!」
ゼロはグッとガッツポーズをしながら満足げに新居を見上げた。窓やドアこそまだないものの、掘っ立て小屋とは比べ物にならない立派な家の完成である。その姿は、ゼロの決意と愛情の結晶だった。
クタクタになったゼロは、リリーのそばで眠る小さなペンギンの姿に戻っていく――――。
驚きと喜びに満ちた家族の表情を想像しながら、小さな体で大きな幸せを感じていた。
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