8. 断固たる決意
夜の帳が静かに降りる頃、小さな掘っ立て小屋の中は家族の温もりで満ちていた。その温かさは、取り巻く厳しい現実を一時忘れさせてくれるかのようである。窓の外では風が木々を揺らし、月明かりが優しく小屋を照らしていた。
「さあ、みんなで寝床を作ろう」
父の優しくも力強い声に、リリーは希望に満ちた瞳で嬉しそうに頷いた。三人で協力して、床一面に藁を丁寧に敷き詰めていく。その作業には、まるでキャンプのような新しい挑戦があり、リリーは目を輝かせながら藁を運並べた。
「リリー、こっちにもう少し藁を持ってきてくれるかな」
「はーい!」
リリーは小さな腕いっぱいに藁を抱えて、よたよたと歩みを進める。その姿を見守る両親の目には、愛おしさが溢れていた。
最後に藁の上に真っ白なシーツをかぶせると、たちまち広々としたベッドの出来上がりである。
「わぁい!」
リリーは歓声を上げ、軽やかに飛ぶとポスっとベッドに飛び込む。その無邪気な姿は、つかの間の幸せを全身で噛みしめているかのようだった。
「広~い! きゃははは!」
ベッドの柔らかさに包まれ、リリーの笑い声が小屋中に響く。
リリーの笑顔が小屋を明るく照らす中、ゼロは幸せそうにうなずいた。
「明日は忙しいぞ、早く寝よう」
父の言葉に、リリーは少し残念そうな表情を見せたが、すぐに大きく頷いた。ランプの明かりを落とすと、家族は川の字になって横たわる。
ゼロはリリーに優しく抱きかかえられ、その温もりに深い安らぎを覚えた。太古の昔から魔物だった自分にこんな温かい時が訪れるとは夢にも思わなかったのだ。
ゼロの小さな体に、家族の一員となった喜びが広がる。それは、長い孤独の時を経て、ようやく見つけた居場所のようだった。
「おやすみなさい」「おやすみ」
両親の静かな声が、小屋の中に優しく響く。その声に包まれ、リリーも目を閉じ、大きく息をついた。
しかし、徐々に外の風が強まり、掘っ立て小屋はガタガタと不気味に揺れ始める。その音は、平和な眠りを脅かすかのようだった。
「ん……」
リリーの目がパチッと開く。不安げな瞳が、闇の中でゼロを探すように見つめた。その目には、恐怖と不安が宿っている。
ピィ……
ゼロは安心させるように小さく、しかし気持ちを込めて鳴いた。その声に、「大丈夫だよ」という強い意志を込めている。
リリーはキュッとゼロを抱きしめ、そのモフモフの羽毛に顔をうずめた。その仕草には、ゼロへの信頼と安心感が表れている。
リリーの心臓の鼓動がゼロに伝わってくる――――。
この信頼を裏切らないようにせねばと、ゼロはキュッと口を結び、誓いを新たにした。そして、小さな翼でリリーの背中をそっと撫でる。その優しい仕草に、リリーの体の緊張が少しずつ解けていくのを感じた。
風の音と、家族の寝息が交錯する中、ゼロは静かに夜を見守り続ける。この家族を守るという使命が、彼の小さな体の中で大きく燃え上がっていた。
◇
ゼロが暗闇の中で天井を見つめていると、突如として奇妙な感覚に襲われた。自分の意識が畑の中に浮かんでいるような不思議な感覚。それは、長い眠りから目覚めたような、懐かしくも新鮮な感覚だった。
「え……?」
直後、ブワッと月夜に照らされた麦畑が広がって見えた。銀色に輝く麦の穂が、夜風に揺れて波打っている。
(こ、これは……?)
見れば自分の身体は幼児ほどの大きさの漆黒の微粒子の集合体。懐かしい元のゼロの身体だった。どうやら畑や森に飛び散っていた自身の一部が、徐々に集まってきて身体を構成できるサイズにまで育ったらしい。それは、まるで散り散りになっていた記憶のピースが一つに集まったかのようだった。
ペンギンの身体は失われたわけではなく、この分身とは意識のフォーカスを合わせると行き来できるようだった。二つの存在を同時に感じる不思議な感覚に、ゼロは戸惑いと共に可能性を感じた。
(おぉ……いいね……)
分身のゼロは麦畑の中でピョンピョンと跳び、そのまま一気に月夜に飛び上がってみた。漆黒の分身は一気に音速を突破して衝撃音を放ちながら雲を突き抜けていく。夜空に描かれた一筋の黒い軌跡――――。
「おっほぉ!」
大きかった頃の以前の力強さはなかったが、十分に戦闘にも耐えられそうな手ごたえを感じる。風を切る感覚、空を自由に飛ぶ喜びが、ゼロの全身を駆け巡った。
「いいね、いいね!」
ゼロは自分の存在が広がっていく感覚に、不思議な高揚感を覚える。それは、新たな世界を切り開いたような感情だった。
と、その時、衝撃音に刺激されたのか狼の遠吠えが聞こえてくる。その声は、夜の静けさを引き裂くように響き渡った。
「ひっ!」
リリーの体が小刻みに震える。その震えは、ペンギンの身体を通じてゼロの心にも伝わってきた。
村はずれの掘っ立て小屋では、集落のレンガ造りの家にいる時とは狼の脅威が格段に違う。リリーが怖がるのも仕方なかった。
リリーを怖がらせる奴は断固排除せねばならない!
ペンギンのゼロはキュッと口を結び、分身を遠吠えの方に飛ばした。その姿には、守護者としての断固たる決意がみなぎっていた。
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