10. 赤銅色の奇跡
翌朝、柔らかな日差しが掘っ立て小屋に差し込む中、リリーとゼロは安らかな寝息を立てていた。その静寂を破るように、突如、父親が興奮した様子で飛び込んでくる。その足音は、新たな希望の鼓動のように響いた。
「みんな起きて、起きて! たーいへんだよ!!」
父親の声には、驚きと喜びが溢れていた。その興奮は、まるで子供のようだった。
「うーん、パパ、何なの……?」
リリーは、まだ眠たげな声で返す。その声には、夢と現実の狭間にいるような柔らかさがあった。
「家が! 家が! 完成してるんだよ! それも豪邸だぞ!!」
父親は狂喜乱舞する。その姿は、まるで宝くじに当たった人のように見えた。
ゼロは自分の功績だと思い、密かに誇らしげな気持ちになる。翼で目をこすりながら、小さな体に大きな満足感が広がるのを感じていた。
早速リリーに抱っこされながらゼロは集落の家を目指す。朝露に濡れた草を踏みしめる足音が、新しい人生の始まりを告げるように聞こえた。
「豪邸だって! どんなのかなぁ……、うふふっ」
リリーの声には、期待と好奇心が溢れていた。ゼロはそんなリリーの幸せそうな顔を見れただけであの夜通しの工事が無駄ではなかったと嬉しくなる。その喜びは、彼の小さな体全体に広がっていった。
しかし――――。
家が見えてくると、ゼロは驚愕した。それはゼロが作った簡素な家とは全く異なり、屋根は銅葺きで、窓や扉も完備された豪邸になっていたのだ。まるで、おとぎ話に出てくる魔法の城のようだった。
はぁっ!?
ゼロは思わず飛び上がり、急いで屋根まで飛んで確認する。その銅葺きの仕事は確かで、朝日を受けて、まるで宝石のように美しく赤銅色に輝いている。その光景は、まさに芸術作品のようだった。
「わぁ! すごーい! 誰がやってくれたんだろう? ゼロ! 良かったね!」
リリーはピョンピョンと跳び上がり素朴に喜んでいるが、ゼロはそれどころではない。自分の知らないところで何かとんでもないことがが起きたという不安に冷汗をかく。その冷たさが、背筋を走る。
壁も屋根の構造もゼロの作ったレンガでできている。しかし、窓やドア、銅葺きの屋根はその後に誰かが付け足していた。まるで魔法のように、わずか二時間足らずの間に家が変貌を遂げていたのだ。それは、現実とは思えないほどの奇跡だった。
室内に入ると、高級木材で作られた家具が並び、ベッドもふかふかだった。こんな高級家具、村では見たこともない。つまり、人知を超えた存在の仕業に違いない。しかし……誰が……? その疑問が、ゼロの心を激しく揺さぶる。
ゼロは困惑し、考え込む。しかし、記憶を失っていた自分には一体誰の仕業かは全く分からなかった。その無力感が、彼を苛む。
「うわぁ! すごーい! ふっかふかだわ!!」
リリーはベッドの上で幸せそうに飛び跳ねた。
そんな姿を見ているうちに、ゼロは謎解きは後回しにしても良いかもしれないと思い始める。今は、この幸せな瞬間を噛みしめることが大切だと、ゼロは感じていた。
誰だかは分からないが『ありがとう』と、ゼロは天に向かって頭を下げた。
◇
朝日が新居の窓を明るく照らす中、ごきげんで朝食をとるリリーたち。昨日までは想像もできなかった立派なテーブルには、花瓶に生けられた百合の花が優雅に香りを漂わせていた。その香りは、新しい生活の始まりを祝福しているかのようである。
「今日は遊んでていいぞ」
上機嫌な父親の言葉に、リリーの目が星のように輝いた。
「やったぁ!!」
リリーの歓声が部屋中に響き渡る。父の優しい配慮に、胸が温かくなる。
「じゃあ、釣りに行ってくるね! ニナちゃんも誘おうっと!」
リリーは元気よく返事をし、ゼロを抱き上げると嬉しそうにそのモフモフの羽毛に頬ずりをした。その仕草は、まるで大切な宝物を抱きしめるようだった。
ピィピィ!
嬉しそうなリリーにゼロも胸がわくわくしてきた。翼をバタバタさせ小さな体で精一杯の喜びを表現する。
「ゼロも行きたいの? もちろん一緒だよ!」
ピィ!
リリーの笑顔が、部屋中を明るくする。ゼロは、その笑顔を守ることが自分の使命だと、改めて感じた。
二人が出かける準備をしていると、母親が声をかけた。
「リリー、お弁当作ったわよ。たくさん遊んでおいで」
母親の手には、野菜と干し肉のサンドイッチが詰まった可愛らしい弁当箱。色とりどりのサンドイッチは、まるで小さな宝石箱のようだった。
「ママ! だぁい好き!!」
リリーは母親にぎゅっと抱きついた。その抱擁には、言葉では表現しきれない感謝の気持ちが込められていた。
家を出る時、父親が釣り竿を手渡してリリーの頭をやさしくなでる。
「これは俺が子供の頃に使っていたものだ。きっと大物が釣れるぞ」
「パパ! だぁい好き!!」
その言葉に、リリーの目が更に輝く。家族の愛情に包まれて、新しい一日の冒険が始まろうとしていた。
リリーとゼロは、胸を躍らせながら家を後にする。今日という日が、きっと素晴らしい思い出になるという予感が、二人の心を満たしていた。
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